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妄想日記  作者: ハギモケ
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第二章 デートと契約(認)

俺は何故か楠本と手をつないでIRICOモールを歩いている。

これではまるでデートのようではないか。

嬉しい状況ではあるが、唐突過ぎる状況に疑念すら湧くぞ。


そもそも俺はどうしてた。

今の状況を整理しよう。




楠本に誘われたIRICOモールに出向いた俺は、車で一階のB-1駐車場に駐車し、その近くにあったB-1出入口に入った。

そこでまず驚いたのが、集合場所を決めていたわけでもない楠本がそこにいた事。


大型ショッピングモールというのは大抵広い駐車場を区別するため、AだのBだのの区分に別れていたりする。

IRICOモールもそこは同じく、AからGまでの駐車場が存在した。


更に西と東に別れ、それに加えて2回駐車場のAからJまでの駐車場がある。


合計24の駐車場のそれぞれに入口があり、つまるところ24分の1でたまたま入った入口に楠本の姿があった。


なんというエスパーだ。


「やあ。早かったね。」


楠本がそう言うと、俺は左腕に付けた安物の時計で時間を確認した。

11時30分。

確かに予定より30分早い到着だが、それよりこの女は早く来ていたのか。


平日にも関わらず真昼間にデートとは、楠本も俺に負けず劣らず暇人だな。


「時間もちょうどいいし、お昼食べてから回りましょう。」


遊べることがよほど楽しいのか、楠本は満面の笑みで俺を食事に誘った。

ちょうど腹が減っていたところだ。

俺は楠本の誘いに乗ることにした。


「美味しいサンドイッチのお店を知ってるの。行きましょう。」


楠本はそう言って俺の手を引いた。

俺は慌てたが、主張性のない俺は流されるままに楠本の手を握り返した。



そして現状。



食事が出来る店に真っ直ぐ向かうのかと思いきや、楠本は所々に立ち並んだ服やら雑貨やらの店に興味を持ち、その度に俺は急に手を引かれた。


自己中にも程がある。

だがそれが苦痛ではないのが困る。


そしていつの間にか完全にデートの雰囲気。


手を繋いだまま歩くことに慣れ、気付けば楠本のペース。

そう言えば2年まえまで付き合っていた元カノともこんな感じだったな。


逃れえない過去。

忘れる事など到底不可能な、トラウマにも似た過去。

それでも後悔などしない過去。


俺はその過去を思い出していたが、それはまた別のお話。




「何ぼーっとしてるの?」


楠本が俺の顔を心配そうにのぞき込んで来た。


過去の記憶に囚われて現実を見失っていた俺は、突然目の前に現れた楠本の顔に驚いた。


着いたわよ、と楠本が一軒の店を指すと、早く食事がしたいと言わんばかりに俺の手を今まで以上に強く引っ張った。


楠本が引っ張った先にあったのは、“Bus_Bread”と言う全国規模のサンドイッチチェーン店があった。

パンの種類から中に入れる具材まで客が選択出来て、オリジナリティあふれるサンドイッチを作ることが出来ることでも有名な店。

そこが楠本の誘ったサンドイッチ屋だった。


俺も頻繁にこの店には世話になっている。

いつも食べているメニューは決まっていて、30センチ大のフランスパンにレタスとベーコン、そしてタンドリーチキンを挟み、仕上げにマヨネーズをかけたシンプルなタンドリーベーコンサンドだ。


自分の好みで注文するので当然旨い。


だがこの時俺は、なぜだかいつものメニューとは別の物を無性に食べたくなった。


確かに俺は気まぐれで、稀に意見や好みが変わる事がよくある。

そのせいなのか、俺が頼んだのは、コッペパンに納豆とカツとキャベツを挟み、それに唐辛子と特性ソースをかけた、一風変わったカツサンドを注文した。


店員は、パンの種類、焼き加減、具材と順に俺に聞き、その注文通り手際よくサンドイッチを作っていた。

俺が具材に“納豆”と言うと、「お、出たw」と言う、いかにも笑いを堪えた顔で「納豆ですか?」と聴き直してきた。

俺はそれに対し、はっきりと滑舌良く「納豆で」と答えた。


納豆に唐辛子を入れると旨いと思うのは、俺が辛いもの好きだからだろうか。

誰か100人位にアンケートをとって、その結果を公表しはくれないものか。


そんな思いから俺は納豆×唐辛子をサンドしてもらう注文をした。

俺の意思で。




レジで会計をする時に、当然の様に「お会計はご一緒でよろしいですか?」と聞くのはやめてもらいたい。

そこは男として「はい。」と答えざるを得まい。

ニートだが。

俺は見栄を張ってしまう性格なのだよ。

預金が5万を切ってしまっているが。

俺と言う奴は…。


俺が会計を済ませた頃には、俺が頼んだ辛口納豆カツサンドと、楠本が頼んだ至極普通の照り焼きサンドが、トレーの上に並べられた。

それをテーブルまで運び、俺は「よっこいしょ…」と言う言葉と共に椅子に腰をかけた。


この年になると自分におっさん臭が漂っている事に、あからさまに気が付かされる瞬間がある。

「よっこいしょ」の瞬間が正にそれだ。


そんなおっさんの俺を見て、「おじさんみたいだね。」と、楠本は笑いながら俺の対面のイスに腰をかけた。


ああおっさんさ。

俺はおっさん以外の何ものでも無い。

もう開き直ってしまう程の、おっさん臭満点の「よっこいしょ」だったからな。


「おっさんで悪かったな。」


俺はカツサンドを手に取り、ふてくされ気味に言った。

カツサンドからは納豆の粘っこい糸が垂れ下がり、ソースと絡み合った妙な臭いが漂っていた。


それを一口頬張ると、独特な風味と食感が俺の口の中に広がった。


「それ、美味しい?」


妙にニヤけている楠本が俺に聞いてきた。


はっきり言おう。

こんな物が旨いはずが無い。


納豆に唐辛子と言う俺にとって最高のコラボを、跡形も無く下手物へと変貌させるこのソース。

強めの酸味とバジルの風味。

それ単体ならウマイであろう物が、納豆と絡むことによってここまで不味くなるなんて、誰が想像したであろうか。


不味さを全面に押し出した俺の顔を見た楠本は、堪えきれずに小さな笑い声をもらした。

そして妙な一言を俺に投げかけた。


「ごめんね。」


俺には良く意味が分からなかった。

なぜ謝る。

すぐに謝る日本人の習性か。

それとも俺の気付かない内にこのパンに何か細工をしたのか。

全く謝られる理由が分からず、俺は首を傾げた。


そんな俺を見て笑いながら、楠本は更に訳の分からないことを口にした。


「それを食べさせたのは私なの。」


何を言っているんだ、この女は。

これは俺が俺の意思で頼んだものであって、楠本の関与するところでは無い。

納豆と特性ソースを混ぜるように薦めたならその言葉に納得だが、そんな事はされた覚えは無い。


話がつかめずにいる俺に対して、楠本は床のバスケットに置いてあった鞄からケータイを取り出した。

そして、先日と同じように俺にケータイの画面を見せてきた。


「これで貴方にその不味そうなサンドイッチを食べさせたの。」


楠本がそう言いながら見せてきたケータイを、俺は受け取り画面を見た。

その画面には、日記の様な文書が映し出されていた。




―――

-2013年4月29日 11時32分


今日は荻原覧君とデートをした。

待ち合わせは12時だったけど、覧君は30分も早く一階のB-1の入口に来てくれた。

お昼が近かったので一緒にご飯を食べる事にしたけど、色々な物に目移りしてしまって、結局1時間半ウインドウショッピングをした。

それでも覧君は文句一つ言わずに付いてきてくれた。

―――




なんだこれは。

今日の日付。先程までの出来事。

日記のようだが、いつの間に書いたのか分からない。


ウインドウショッピング中は左手で品定めをし、右手は終始俺の手を握っていた。

ここに来てからは正面に居て、両手は常にテーブルの上。

ケータイを持つ素振りすらなかった。


これではまるで、事前にこれを書いたようではないか。


そして更に続いた日記に、俺は言葉を無くした。




―――

-2013年4月29日 13時06分


お昼過ぎに覧君とBus_Breadでご飯を食べた。

覧君は下手物が好きみたいで、コッペパンに納豆とカツとキャベツを挟み、それに唐辛子と特性ソースをかけた、一風変わったカツサンドを注文した。

案の定不味かったみたいで、凄く分かりやすい顔をしていて面白かった。

―――




預言。

その言葉以外にこれの存在を表す言葉が、俺には見つからなかった。


「なんだよ。これ…。」


俺は混乱しながら呟き、ケータイの画面をスクロールさせた。

そこに続いた日記を読み、俺の心は疑念から恐怖に変わった。




―――

-2013年4月29日 13時25分


覧君に妄想日記を見せた。

凄く驚いているみたいで、怖い顔で黙ったまま私のケータイを見つめていた。

それから覧君が発した言葉は、「なんだよ。これ。」だった。

―――




俺はその一文を読むと、すぐさま腕時計で時間を確認した。


13時25分。


一体何が起こっているのか、俺には理解が出来なかった。

トリックか。

どうやったんだ。

俺の人生で初の超能力者か。

未来予知でもしていたと言うのか。

偶然か。誘導か。

何れにせよここまで文書の通りになるものか。


混乱と恐怖が混ざり合った回らない頭で、俺は今の状況を把握しようと懸命だった。


楠本はそんな俺を見て、不敵な笑みを保持しつつ“妄想日記”について語り始めた。


楠本が語った現実は俺の予想の斜め上を行き、それは現実と呼ぶには難しい、常識とは程遠い答えだった。


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