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妄想日記  作者: ハギモケ
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第一章 結婚式と出会い(泉ノ弍)

色恋の湯の中に入ると、まず目に飛び込んできたのが一際目立つ濁ったピンク色の温泉。

凄い色だ。中が見えない。


これなら浸かっていれば前を見られる心配も無い。

俺にとっては好都合なのだが、一体どれほどの入浴剤を使っているのだろう。


そうは思いながらも、俺はそのピンク色の温泉に浸かった。

ここ数ヶ月は家で湯船に浸かっていなかった俺は、久しぶりの気持ち良さに思わず「あぁぁぁぁ」と声を出してしまった。


俺はおっさんか。


…おっさんだ。


こんな声を誰かに聞かれたら恥ずかしかったが、幸いこんな夜中にこんな色物の温泉に入る奴など、俺の他にはいなかった。




それからどのくらい経ったか。

お湯に浸かっている間は煙草と同じように何も考えずに済む。

時間の感覚など殆ど無かった。


流れ出る水の音、波打つお湯、湿気を多量に含んだ田舎の綺麗な空気。

何より周りに誰もいないと言うのがいい。

俺にとって最高の楽園だ。


しかし極楽気分もつかの間。

後ろから俺の楽園を脅かす扉の音が聞こえた。


誰かが入ってきた。


はぁ…。

邪魔が入ってきたから出るか。


興が削がれた俺はタオルを取り、前を隠しながらお湯から出ようとした。

その時、俺は入ってきた邪魔者の姿を見て一瞬凍りついた。


スレンダーな体に程よい膨らみ、団子にした長い髪。

体を洗っている後ろ姿しか見えないが、その姿は明らかに女性だった。


俺は慌ててお湯に浸かり直した。


何故女性がここにいるんだ。ここは男子風呂だぞ。

落ち着け俺。


そうか。きっとニューハーフか何かだ。

最近の整形技術はすごいからな。

あの膨らみもシリコンか何かだ。


慌てた心を静める様に、俺は俺なりの解釈をした。

それでも収まらない動揺を落ち着ける為、水の流れる音に耳を傾けた。


流石癒しの水様だ。徐々に落ち着いてきた。


だが落ち着いてきた俺をそうさせまいとばかりに、後ろから女性らしき人間の足音が聞こえて来た。

俺の心臓が再び高鳴り始めた。


ニューハーフだ。落ち着け。

俺は必死で自分に言い聞かせていた。


しかし必死の訴えも虚しく、俺は次の一言で凍りついた。


「こんばんは。」


明らかに女性の声。

というか、凄く聞き覚えのある声。


固まった俺の横をその声の主は通り、俺の前で肩までお湯に浸かった。


俺は改めて絶句した。

俺の目の前には楠本がいた。


「固くなってどうしたの?混浴は始めて?」


楠本は微笑みながら俺に話しかけてきた。


混浴…?


…混浴!?


脱衣所は男女別、その先の温泉も確かに男性浴場だった。

しかし“色恋の湯”だけは別。

男性浴場と女性浴場の間に設置されたこの場所だけは混浴だった。


看板に説明が書いてあったらしいが、男のアレを見たくない俺は視界をぼやけさせていた為それを見落としてしまった。


事情は理解した。

だが、濁ったお湯でお互いかろうじて見えないが、いい年の男女が裸でいるこの状況は、俺を動揺させるのに十分だった。


とにかくここから出よう。

俺はそう思い体を反転させようとしたが、楠本の手がそうさせてくれなかった。


「待ちなよ。」


俺の右腕をつかんで楠本はそう言うと、俺を再度お湯に引きずり込んだ。


「公然と女の裸を見れるなんてそうそうないんだから、もうちょっとゆっくりして行きなよ。」


楠本は笑いながらそう言った。

この女は良く恥ずかしげも無くそんなことを言えたモノだ。


確かに俺は、女性の裸は好きだ。

だが、それがいざ目の前に現れてそれを凝視出来るほど、俺は肝が座っていない。




俺がお湯に引きずり込まれてから、長い沈黙が流れた。

二人して何を話すでもなく、ただ綺麗な星空やら夜景やらを眺めていた。


俺は相変わらず緊張していて、落ち着かせるために景色を見ていた。

流石の水様も、この状況で俺を落ち着かせる事は難しいようだ。


「ねぇ。」


沈黙を破る楠本の声が、二人きりの浴場に響いた。

俺は声のする方へ顔を向けると、目の前に楠本の顔が飛び込んで来た。


近い近い近い。


俺は体を仰け反らせ、楠本から顔を背けた。


「触りたい?」


楠本はおどけた声で突拍子もないことを言った。


触りたいって何をだ。

裸の男と女が二人きり。この状況でその質問は、俺の理性を崩壊させるに値するぞ。

全くもってハレンチ極まりない。



触っても、いいのか…?


俺は男の本能剥き出しで楠本の方へゆっくりと目線を向けた。

濁ったお湯で先端こそ見えないものの、そこにはその顔に似つかわしくないほどのビックパインが二つ浮いていた。


「女の裸に興味無い?」


楠本は怪しげな笑みを浮かべながらそう言うと、更に俺に近付いてきた。


女の裸に興味無い男などいない。

いたら逆に変態だ。

俺は変態ではない。健全な男子だ。


俺は生唾を一つ飲むと、楠本の顔へ目を向けた。

楠本は俺に向かって、怪しげにも不敵な笑みを浮かべていた。


いいのか…?

触るぞ…?


俺はもんもんとした表情で、ゆっくり楠本の胸に手を向かわせた。


高鳴る鼓動。震える指。

俺は決して女性の体を触った事が無いことはない。

だが、この唐突に起きた事象に冷静な対応を出来る程、肝が座っているハズもない。


楠本の胸まで後5センチ。


3センチ。


1センチ。


「すごいすごい!ピンクだよー。」


俺の手が楠本の胸に触れそうになった瞬間、浴場の入口から女性の声が聞こえた。

俺はその声に驚き、楠本に向かっていた手を自分の元へと引き戻した。


浴場の入口を見ると、若い男女のカップルが立っていた。

大人し目ではあるが風俗で働いていそうな若い女性と、俺の嫌いなギャル男のカップル。


女性はギャル男の手を引き、ギャル男は渋々こちらへ向かってきた。


ギャル男と俺の目が合った。


チッ、とギャル男が俺に対し舌打ちをした。


俺は何故舌打ちをされたのか、一瞬理解できなかった。

しかしその不可解も数秒後に解決した。


このギャル男は俺の弟だ。


昔からチャラいと思っていた。

親から反対されつつも地域の四流高校に入学し、しかもそれすら中退。

どこかの工場で何かをやっているらしいが、俺には全くいらない情報なので知る由もなかった。


面と向かって話すなど妹以上にしてないし、同じ家にすみながら顔を合わせる機会すら殆ど無かった。

2ヶ月前に家を出て、嫁と二人暮らしを始めたらしいが、いやはや顔を合わせても分からないとは。

俺達の兄弟間は相当酷いモノだ。


チッ、と俺も負けじと舌打ちをして、先程までのもんもんとした表情を一変、睨むような目で湯船から上がった。


「突然どうしたの?」


俺の背中から楠本の声が聞こえたが、面倒なので一旦無視をした。

楠本さん。頼むから空気を読んでくれ。


俺は気だるく歩きながら一直線に脱衣所に向かった。

体から滴る汗とお湯を貸出用のバスタオルで拭き取ると、ため息を付きながら浴衣を纏った。


折角深夜の温泉で疲れを癒そうとしたに、唐突な事象で逆に疲れてしまった。

まあ、疲れる様な事はしていないが。


鏡の前に立ち備え付けのドライヤーで髪を乾かしながら、俺は憂鬱な気分に浸っていた。


仕方ない、髪を乾かし終わった所で部屋に戻りもう一度寝るか。

そう思いながら脱衣所を出ると、その先で浴衣姿の楠本が俺を待ち構えていた。


このわいせつ女め。

さっきの続きでもさせてくれるのか。


若干の胸の高鳴りと期待を感じつつ、俺は楠本に近づいた。


「急にどうしたの?」


俺の豹変ぶりが気になったのか、楠本は俺に心配そうな顔を向けて聞いてきた。

俺は先程の状況を楠本に大雑把に説明した。


なるほど、と納得した楠本は着替えの上着のポケットからメモ帳とペンを取り出し、メモ帳に何かを書き始めた。

何かを書き終わった楠本は、書いたページをちぎり俺に渡してきた。


「明日ここに来て。あなたの人生を変えてあげる。」


楠本がそう言いながら渡してきた紙を、俺は眉間にシワを寄せながら受け取った。

人の予定も聞かずにここに来てとは、何と図々しい奴だ。

しかしニートの俺に翌日の予定などないのも事実。


俺が、分かった、とだけ返事をすると、楠本はその場を去っていった。


楠本を見送り渡された紙を見ると、そこには“IRICOモール、12時”とだけ書いてあった。


時間はいいとして場所が問題だ。

確かに“IRICOモール”と言う大型ショッピングモールが、俺の家の近所にある。

しかし数百軒もの店が立ち並んだモール内で、どこに行けばいいのか書かれていない。


お互いメールアドレスを知っているので、それで落ち合うということか。

全く適当にも程があるデートの誘いだ。


ぐだぐだと文句を思いつつも、翌日俺は指定された場所に行くことにした。

そこで現実離れした事が起きるなど、全く想像もせずに。


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