第一章 結婚式と出会い(泪)
彼女は得意げにケータイの画面を俺に突きつけてきた。
全く持って理解に苦しむ。
この“妄想日記”と言うサイトがなんなんだ。
俺はあからさまにイヤな顔をした。
「このサイトはね、妄想を現実にしてくれるんだ。」
彼女は楽しそうに俺に話しかけた。
彼女曰く、このブログサイトは、未来の日時とその時起こる事象を書くと、それが現実のモノとなると言う。
…。
イタい人だ。
電波だ。
関わらない方がいいだろう。
俺はそう考え彼女を無視して去ろうとすると、彼女がその行く手を阻んだ。
「信じてないだろう。」
彼女が俺に強めに言った。
そんな馬鹿げた話を信じるほど、俺は子供ではない。
今年で26歳になるおっさんだ。
久しぶりに会ったハトコが思いの他成長していて、思わず「見ない間に随分大きくなったねぇ」とおっさんの常套句を言ってしまいそうになるくらいおっさんだ。
まぁそこまでの社交性が無かったので実際は言わなかったが。
兎に角、彼女が言うおまじない的な事を信じる年ではないのは確かだ。
信じれる方がどうかしている。
俺は頭の中で一連の事を考えながら、どいてくれないか?と一言彼女に言った。
「ヤだ。信じてくれなきゃどかない。」
彼女は俺に強い視線を送りつけながら言った。
そんな事言われてもなぁと、俺は強い視線を受け流しつつ、困ったように頭をかいた。
この手の人間は苦手なんだ。
適当に信じたフリをすればつけあがり余計に絡んでくる。
かといって全く信じないと言えば信じるまでつきまとう。
俺の思いつく対処法は、誰しもが考えつくであろう証拠の提示だった。
証拠を見せたら信じてやる。
これに対する返答は大体想像できる。
「今すぐには無理。」
やっぱりな。
俺の思った通りの返答が、彼女から返ってきた。
予想外だったのはその後。
「明日証拠を見せてあげる。だから連絡先交換しよう。」
新手の逆ナンともとれる言葉を、彼女は俺に言った。
仕方ない。この場はそれで切り抜けよう。
いざとなれば着信拒否やらアドレス変更やらの手段がある。
とりあえず今の状況を打開する事が先決だ。
俺は彼女とケータイのアドレスを交換する事にした。
彼女の名前は楠本南。
年は俺の2つ上の27歳。
名前に南が二つあるからナンナンと呼んで欲しいと言われたが、当然の如く丁重にお断りした。
というか…
27にもなってイタい電波な人とは。
なかなかの強者だ。
親族待合室に戻ると、出たときよりも人数が増えていた。
増えた半分以上は新郎の親族のようだ。
見覚えのない顔が並んでいる。
折角現実逃避をしたのに、現実に戻ったらこれだ。
息苦しいにも程がある。
俺が適当な席に座ると、親戚同士の他愛もない会議が未だ続いていた。
「覧ちゃんは今何してるの?」
親戚の一人が俺に話しかけてきた。
申し遅れたが俺の名前は荻原覧。
今月バイトを辞めて、晴れて自由になったニートだ。
そんなプー太郎にとってこの問いかけは、あまりにも答えづらい質問だった。
全く持って面倒極まりない。
妙な部分でプライドが高い俺は、オフィス関係の仕事をしていると答えた。
実際は事務の派遣を登録申請しただけで、働いてはいない。
明らかな見栄だ。
だがここにいる人間は誰一人としてその事実を知らない。
親戚関係が疎遠なのも、こんな時には役に立った。
適当に話をしていると、楠本の姿が目に入った。
楠本の周りには全く見知らぬ人々が集まっていて、楽しそうに談笑していた。
どうやら楠本は新郎側の親族らしい。
先ほどダルいと言っていたにも関わらず、楽しそうに話をしている。
女と言う奴は恐ろしいぐらい作り笑いがうまい。
俺には絶対に真似の出来ない芸当だ。
俺がそう思いながら楠本を見ていると、一人の叔父が俺の側にやってきた。
「覧ちゃん、あの子が気になるのかい?おじちゃんが話してきてあげようか。」
叔父は楠本を指しながら言った。
マジで勘弁してくれ。
どこの世界にナンパを叔父に頼む人間がいる。
通常の人間なら冗談でそう言うのだろうが、この人は本気で話しかけに行ってしまうから困る。
恋人のいない俺のために言ってくれたのだろうが、俺は俺の為に止めてくれと言った。
そうこうしているうちに部屋は人間でいっぱいになり、控え室に入りきらない程の人数が集まってきた。
総勢なんと250人。
どんだけ呼んだんだよ。
そしてその中で俺の親族は24人って。
どんだけ少ないんだよ。
「式の準備ができましたので、ご親族の方々は一階ロビーまでどうぞ。」
透き通った女性の声が、式の準備が整った事を告げた。
親族一同はエレベーターやら階段やらで、ロビーまで向かっていった。
ロビーに着くと今度はバスに案内された。
入り口に荻原家と書いてあるバスに乗ると、それは式場に向かった。
バスに乗るときに妹の姿がちらりと見えた。
如何にも和と言う感じの漂う白い衣装。
洋風な式をイメージしていたが、堅苦しい和風な式をするようだ。
尤も、あの格好で洋風な式をするというのも、斬新でなかなか面白いと思うが。
そんな思いも虚しく、バスは神社に着いた。
4月下旬ともなると、流石に桜の花は散っていた。
しかしその散り桜が、これは誰の演出だ(笑)と言うくらい美しい雰囲気を醸し出していた。
神社に着くと、近親者から順に整列させられた。
先頭から、父、母、俺、弟夫婦、その他の順。
道を挟んで正面の新郎側も同じように並んでいた。
そして驚いたことに、俺の正面にあの楠本の姿があった。
新郎の姉だなんて、聞いてないよ。
楠本はこちらをちらりと見ると、軽くドヤ顔気味で微笑んだ。
この女…。
いろいろ言いたいことはあるが、この場で言えるはずもない。
俺は軽く楠本から目を逸らした。
とうとう式が始まるということで、俺たちは社の中に案内された。
中央前方には巫女と神主が待機、その手前に新郎新婦が座る椅子が置いてあった。
正面左側が俺達の席。新郎新婦の椅子を挟んで反対側が楠本家の席になっていた。
席と言っても折りたたみ式のテーブルが一つ用意してあるだけで、近親者以外はテーブルより後ろに座る空間があると言った感じだった。
テーブルの上には小さな皿が5つ。
俺は近親者の人数と合わせながら数えてみた。
父、母、俺、弟、弟の嫁…。
5人。
はぁ…。
そりゃそうだよな。兄の俺が人数に入らないハズがない。
兄と言うだけで特別扱いされるこの制度は、どうにかしてもらいたいものだ。
そして式が始まり、俺達は神主の指示に従った。
「荻原家の方、軽く頭をお下げください。」
神主が幣を持って俺達の前へ来た。
幣とは、白いギザギザした紙が何枚も付いている棒のこと。
神主はそれを俺達の頭の上でばさばさと振った。
俺達に次いで楠本家にも同様に振った。
ダルい。ダル過ぎる。
そもそも俺は神と言うものを信じてはいない。
こんなことをして何の意味があるのか、俺には皆目見当もつかない。
そんな神前にあるまじき事を考えている間に、式は思いの外早く終わった。
式が終わると皆一様に外に出て、今度は写真撮影タイムのようだ。
新郎新婦が並んで社の前に立ち、それをプロのカメラマンと親族のカメラマンが撮っていた。
「綺麗だね…。」
写真撮影を眺めているだけの俺の隣から、楠本の声が聞こえた。
俺は「ああ」と軽く返事をすると、楠本の方を見た。
一瞬ドキッとしてしまった。
そこには棒立ちとも言える体勢で、恥ずかしげもなく涙を流す楠本の姿があった。
イタい人間なのはこの際置いておいて、俺と同じダルいと言う感情を抱いていたハズの人間なのに。
いやはや、やはりこの女は分からない。
確かに新婦は綺麗だ。それに感動してしまった気持ちも分からないでもない。
だが、果たしてそれで涙まで流すだろうか。
そう。
決して楠本は感動などで泣いていた訳ではなかった。
しかしこの時の俺は、楠本が泣いていた本当の理由を知る由も無かった。




