冬なんて嫌い。雪なんて大嫌い。でも,思い出は雪まみれでしもやけだ
期待しないでください。
ふるさとに帰ってみた。
雪が嫌いで寒がりやな夏生まれの私が。
わざわざ冬に。
デニムのポケットに手を突っ込んで、足を動かすたびにごろごろと私の足に痛みを与えていたものを取り出してみた。
わざわざ痛いとわかっていてデニムのポケットに入れた。
ひび割れたどんぐり。
カバンにポイと入れたら無くしそうで。
小さい頃から持ってるどんぐり。
小さい頃から冬は大嫌いだった私。
でも未だに持ったままでいるそれは、冬の贈り物。
未だに雪は好きじゃないのに。
歩きにくい雪の中、太平洋側の雪の少なさにありがたみを感じながら両親が暮らす家のまえまで来る。
田舎だからか、無用心にも鍵はかかっていない。
そんなラッキーに表情を帰ることなくがらがらと音を立てて引き戸を開いて家に入った。
「ただいま」
返事がない。
実家に帰ったのに、両親は留守のようだ。
でも、だからといって帰ってこないわけでもないし、自分の家に帰って遠慮する必要もない。
荷物を下ろし、居間の座布団に頭を乗せた。
床に視線が近くなり、目の前においた右手の中にあるどんぐりが大きく見える。
思い出の糸をたぐり寄せながらまどろむことにした。
私がまだ小さな女の子だった時代まで一気に遡る。
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毎年のように実害を及ぼしかねない積雪を見せる透明な窓が大嫌いだった。
春と秋は大好きなのに。
雪は白くて無を見るようで、怖かった。
当時大きく見えていた父の背丈を超す高さまで積もるそれは、壁に見えて、閉塞感を覚える。
「雪だ雪ー!雪がたっくさん積もったよ!遊びに行こうよ!」
隣に住んでいた幼なじみがいつもこうやって誘いに来ていた。
雪が積もっただなんてアタリマエのことに何騒いでんだかと当時は胸中で馬鹿にしていたが
その歳でもう感動する心が薄れてしまった私のほうがよっぽどクソガキだったと思う。
「いっつもやだって言ってるじゃん。あたしは雪が嫌いなの!」
「何で?楽しいじゃん!ぶすっとしてないで遊ぼうよ!」
「冬は嫌いだもん」
大好きな幼なじみでさえ、冬になれば雪原に私を引きずりだそうとする。
「じゃあ、好きな季節は何なのー?」
「…秋」
涼しくて雪がない季節は過ごしやすい。
私は今に至るまで秋が好きなんだ。
「もう過ぎちゃってるじゃん」
「それは好きか嫌いかには関係ないもん」
「そうだね」
それだけ喋ってまたすぐに玄関から飛び出していった幼なじみの背中に、一瞬でもついていきたいと思った自分がいた。
私が家の中でみかんを食べていると、もう一度玄関から声が聞こえてくる。
「おーい!早く出ておいでーっ!」
幼なじみの声。
私はみかんを2房まとめて口に放り込み、玄関へ走った。
「あのね、秋、見つけた」
「え?」
「いいから早く来て!早く早く!」
大嫌いな雪原にかけ出して見つけたのは一本の木。
じっくりと春を待っている木の葉一枚ぶら下がっていない木には、小さなどんぐりが枝についていた。
今の今まで奇跡的に落ちていなかったらしい。
「まだ、秋があったよ!」
「…そうだね」
「ねえ、遊ぼうよ」
「うん、いいよ」
私もついに折れた。
大嫌いな雪と戯れる。
でも、大好きな幼なじみがそれを私から一刻でも忘れさせてくれて、無邪気に遊んでいられたのだ。
夕ごはんの時間になり、帰らなくてはならなくなったときに幼なじみが雪玉を樹の枝にぶつけてどんぐりを落とした。
「これ、あげる」
「…ありがとう」
手をつないで家まで帰ろうとした時、私はあることに気がついた。
「どうしたの、そんなボロボロの手して」
「んー?おうちに着いたら教えてあげるー!」
家の前で、幼なじみが言った。
「このどんぐり、接着剤であの枝に付けてたんだよ。僕」
「えっ…」
「ああやって嘘つかないと出てきてくれないと思ったんだ。ごめん」
私を連れだして一緒に遊ぶためだけに手をボロボロにしてまで木を登り、どんぐりを木の枝先につけてくれた私の幼なじみ。
私は何も言えずにその場で泣き出してしまったらしい。
そこからの記憶があやふやなので、多分遊び疲れ泣きつかれて寝たのだろう。
今頃どこで何をしているのかもわからんあいつだが、このどんぐりが彼を私の記憶の中にしっかりと刻む。
あいつの手に怪我をさせなければ家に出ないほど私を引きこもらせた雪と冬が今でも嫌いだ。
あいつがあそこまでしないかぎり出ようとも思わなかった当時の私が今でも許せずにいる。
だけど…
私にあいつがどれだけいいやつだったかを絶対に忘れられなくしたのは、どんぐりのなる秋が過ぎていたから。
ここで待ってれば逢えるかな、また。
ーーいい年こいてまた一緒に雪遊びをしようや
「おじゃましまーす!実家に帰ってるって聞いたんだけど、いるー?」
玄関から、聞き覚えのある元気な声が聞こえてきた。
従兄の嫁から聞いた話。
実話だそうだ。
つまらなくてごめんなさい。