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記憶の固執〜京都〜

作者: 佐伯 美和

吹きさらしの新幹線のホーム。

喫煙車両は端の方。

自動販売機とベンチがあるだけ。


新幹線が滑り込む。

始発駅では無いから、停車時間は短い。

アナウンスが響く。

煙草を消した。

この駅で何回、見送ってもらっただろうか。

京都駅。

冷たい風が吹いていた。



よく京都でデートした。

私がまだちゃんと働いていた頃に

付き合っていた彼は奈良に住んでいた。


いわゆる遠距離恋愛だった。

電子メールも電話もほとんど使わなかった。

私達は、お互いの文字でやり取りをした。

文通だった。

仕事の休憩時間に、毎日の様に手紙を書いた。


OLの給料。

たかが知れている。

彼は名古屋まで車で迎えに来てくれた。

白いカローラワゴン。

いつも乗って何処までも走った。

お気に入りの曲を聴きながら。


京都の中で一番好きだった場所が大原だった。

市街から離れてひっそりとしている。

うまく季節を避ければ、観光客も少なかった。

取り残された場所。

私達にぴったりだった。


変わる季節を大原で過ごした。

春も梅雨も秋も冬も・・・

いつだって手を繋いで歩いた。

言葉もたいして要らなかった。

繰り返される季節を飽きもせずに過ごした。


初夏

鞍馬の川底料理を食べながら


ずっと一緒にいよう


川のせせらぎが

木漏れ日が

ひんやりとした空気の中で

澄んだ言葉を聞いた。


嬉しかった。


何も言えなかった。

気持ちの良い夏になった。

蝉の声が祝福してくれてる様に感じた。

紅葉が朱色に染まる頃

相手の両親から幾度も電話があった。

気持ちが揺らがない様に無視した。


手紙を辿って彼の両親が東京にやって来た。

現金を封筒に詰めて。

付き合わないでくれ懇願された。

厚みのある封筒ごと付き返した。

毎日泣いた。

私の家庭環境。

複雑だった。

釣り合わなかった。



彼の親が決めた相手。

その時、存在を知らされた。

勝てるはずもない相手。


毎日、彼の両親から電話。

気持ちが萎えそうだった。

彼と上手く話せない。

そんな日々が続く。

側にいたかった。

距離が邪魔をした。


終わらせなくちゃいけない。

何処かで思い始めた。

別れを切り出した。

私から。


お互い納得したつもりの別れ。


最後のデート。

大切な部分に触れない様に

お互い笑って過ごした。

無言になる事が怖かった。


南禅寺 哲学の道 銀閣寺 三千院

思い出の場所。


帰りはいつも京都駅。

終電の新幹線。

時間がちかづく程にお互い無口になった。


京都の寒さが身に凍みた。


電車が滑り込むアナウンス。

つなぐ手に力がこもる。

何も話せないままだった。


笑って別れなければ。

無理に笑った。

笑えてなかった。

お互いに・・・・。

白い息が、黒い空に消えていく。


じゃぁ・・・


その後に続く言葉が無い現実。


またね。


その言葉が言えない事を閉まるドアの前で

気がついた。

いつもの当たり前の約束。

出来ない現実。

二人、同時に気がついた。


笑おうと必死だった。

うまく笑えなかった。


泣き笑いのままドアが閉まった。


小さくなってゆく彼。

涙で見えなかった。


品川駅まで泣き通しだった。


辛い冬が来て明るい春になった。

季節の温度がしみついている。

忘れることが出来なかった。

それでも忘れようと必死だった。

雨の季節。

婚約したと、共通の友人から聞いた。

紫陽花の綺麗な三千院。

庭で滑って二人で泥だらけになった記憶。

いつも夢で見た。


ずっと諦めきれなかった。

耐え切れなくなった。

私の我侭だった。

たった一言、初めてメールで送信した。


「会いたい。」


すぐに電話がかかって着た。

「名古屋で待ってろ。今から行くから。

 婚約は破棄するから、オレもオマエに会いたいねん

 忘れるなんて無理やった。いつもの所で待っててな。」


東京は雨が降り出しそうだった。

傘も持たずに新幹線に飛び乗った。

彼も同じ位に名古屋に到着する。

何も考えずに、電車に揺られていた。


名古屋は雨が降っていた。

梅雨時期なのに、冷え込んでいた。

冷たい雨の中、指先を暖めながら待っていた。



雨に濡れながらずっと待っていた。


やっと電話が鳴った。

嬉しくてすぐに話し出そうとした。

聞いた事も無い地名の警察。

履歴が一番目の私にかかってきた。



名神道路。

事故が多いから怖いと以前、言っていた。



会いたい。

そんな言葉を言わなければ良かった。



彼は迎えには来てくれない。


ずっとずっとずっと・・・・。




白いカローラワゴン。

ほとんど原型を留めていなかった。

トラックの居眠り。

後続車の追突。

巻き込まれた車。




もう、彼には会えないのだろうか。



吹きさらしの新幹線のホーム。

喫煙車両は端の方。

自動販売機とベンチがあるだけ。

滑り込む新幹線。


最後に笑顔が見たかった。

連載中のミルキー別編・・・付録?・・・

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― 新着の感想 ―
[一言] ほろりと苦い恋の思いを感じ取った気がします。また、季節感を感じさせて、その時の情景か浮かんできます。
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