チートだけど、チートじゃなかった
[投稿日]2011.11/06
[再掲載]2011.11/19
[設定]転生で妙なチート能力を貰ってしまった女性の話
体に土が付くのも気にせず、のた打ち回る数人の男達。悲鳴に近い声を上げながら、視線は自分達を冷たく見下ろす女性へ向ける。『助けてくれ』『勘弁してくれ』と掠れて聞こえ辛い声で救いを求めるが、彼女は男達を見下ろすだけで何もしない、動かない。
何も考えず、ただもがく男達を見ている彼女は魔法使い。元日本人だが、死ぬ予定ではなかった故に、魔法使いとしてファンタジーな世界に飛ばされた。予定である88歳まで頑張って生きて、と知識と金と魔法と言うチートを貰ったのだが──。
「……笑いが止まらなくなる魔法って……」
声に出してしまったのは、無意識。別に自分を襲って来た奴に反撃し、愚かな男達を冷たく見下ろしていた訳ではない。自分が使った魔法に対し、なんだコレ、と思っていただけだ。元々あまり表情筋が動かないのが災いし、とんでもなく冷徹に見えているだけである。
貰ったチート魔法、飛んだ先が森、現れた盗賊に情報として自分の中にあった攻撃魔法から一つ選んで使ったのだが、魔法の名前と効果が一致しないので、取り敢えず上から(ゲームのように一覧になっていたので)使ってみたのだが、直後、男達は何もしていないのに行き成り大声で笑い出した。腹を抱えて。
何もしてないのに大爆笑する男達。人の顔を見て笑い、顔を見合わせて笑い、遂には地面に転がって笑い続けている。それを見る彼女の表情は変わらないが、内心ではドン引きしていた。第三者が見ればシュールな光景だが、残念な事にこの辺りには彼女と彼等以外に人は居ない。
彼女が盗賊を笑わせ始めてから、約5分。呼吸もままならない状態で笑い続けている盗賊達に、折角だからここで魔法を全部使ってみようかな、と魔法を試してみる事にした。
苦しんでいる者を実験台に使う事が非道だ等と言わないであげて欲しい。彼女も必死なのだ、自分の未知なる力を知る為に。それに盗賊なら褒められはしても、誰も怒らない筈、と思って。
「えーっと、じゃあ、えい!」
やっと腹筋崩壊レベルの笑いから開放された男達だが、今度は体を何かが這いずり回る感覚を味わっている。『ひぎゃああ』と悲鳴を上げる者も居れば、『ぁふん…』とちょっと吐息混じりの声を上げる者も。
しかし吐息混じりの悲鳴を上げた者も、数秒後には体を這い回る奇妙な感覚に耐え切れず悲鳴を上げている。この魔法、いわば体中を大量のなめくじが這い回るような感覚を味わう魔法。笑った後で力が入らず、体を掻き毟る事も出来ない。
「次は、えい!」
次に使った魔法は、どうやら爪が伸びる魔法のよう。無骨な男達の手の爪が、まるで丸まるように長く伸びている。戦い辛いだろうけど、爪は切れば問題ないので、特に強い攻撃性はないなと判断した彼女は、再び次の魔法へ。
次の魔法は、毛と言う毛を伸ばす魔法だったようで、盗賊の男達の毛根と言う毛根から、わっさわっさと毛が生えた。『うわ、キモっ』と思わず声に出てしまったのはご愛嬌。
「あ、これ、頭部限定のモノもあるなぁ……。ん? 待てよ……? これで一発稼げるかも……!」
きっとこの世界にも、頭部の寂しさに悩む人が居る筈! 彼女は天職とも言えるべき物を見つけ、『使えない魔法だな!』と落ち込んでいた気分を上昇させる。
攻撃魔法と言っても、彼女の攻撃魔法はまるでコントのネタのような物ばかりだったから。ちなみに、彼女はここまでほぼ無表情である。口調は軽いが無表情、中々居ない。
「よっし、気分も良くなったから、町か村でも探そうっと。あ、でも追いかけられたら困るから、もう1度笑いの魔法をかけておこうかな。えい!」
再び森の中に爆笑が響き渡る。再び強く引き攣り始める腹筋に、盗賊達はなす術もない。『じゃあねー』と手を振り、彼等の前を後にする彼女。引きとめようと、手を伸ばすが、口からは笑い声しか出て来ない。
遠ざかる背中はやがて見えなくなり、盗賊達は『こんな死に方ありかよ……』と思いながら、呼吸困難によりそれぞれ意識を飛ばしていった。気絶すれば魔法は解けるようで、死にはしなかったものの彼等はその後数日間、腹筋の痛みに悩まされる事になった。
──やがて彼女は、有名な魔女となる。
ある国では笑みを忘れた王妃を笑わせ褒美を貰い、ある国では母親の死から立ち直れない王子を救い、ある国では体の感覚が麻痺してしまった公爵を救って金銀財宝を貰い、ある国では美しい顔を持つが若ハゲに悩む王の頭部に毛を生やして爵位を貰った。
その後、彼女は若ハゲだった王と結婚し、王と共に国民の笑顔を絶やさぬ国を築いたと言う……。
某ドラマの中で〝ゲラ〟と言う魔法がありましたが、どっちかと言うと〝あくまでラブコメ〟で悪魔が使った魔法ぽいです。