父が勇者になりました
[投稿日]2011.11/05
[再掲載]2011.11/19
[設定]一家団欒中に召喚なう
一部、ちょいグロな表現があります。
彼等は皆正座し、片手に茶碗を片手に箸を持った状態でポカンと一点を見ていた。見ているのは彼等をぐるりと囲んでいる兵士らしき人々や、神官のような格好をした男達の中、1歩だけ前に出ている代表者らしき女性。
ちなみに彼等が手に持っている茶碗には、白いホカホカご飯と、その中に生卵。醤油をちょっと垂らしてかき混ぜている最中に、気付けば家族全員で移動していたのだ。
一家の全員が食卓から見ず知らずの場所へ一瞬で移動し、何があったかわからない常態で周りを見渡すと、代表者だろう美しい女性が彼等に声を掛ける。『ようこそお越し下さいました、勇者様』と。若干顔が引きつっていると言うか、困惑に満ちているが。
周りをぐるりと囲んでいる者達は、予想外の人数──と言うより、食卓を囲んでいただろう家族が一気に召喚されて、一体誰が勇者なのだと視線で女性に問うも、視線を送られている女性は何も言わない。
円になって座っている彼等を紹介しよう。父親・大地(45)妻・葉子(42)長男・樹(19)次男・桂(17)三男・楓(15)四男・桐(13)の6人家族。見事に男ばかりの一家である。
「って、卓袱台どこ行ったんだよ! 俺の厚焼き玉子は!?」
「楓、今は厚焼き玉子の心配よりも、まず先にする事があるだろ。取り敢えず、お茶下さい」
「桂、お前冷静に見えて結構混乱してるだろ。そして父さん、何事もなかったかのように卵掛けご飯食べてる場合じゃないだろ。つか、卵掛けご飯に厚焼き玉子って、卵のオンパレードだな……コレステロール値が心配だ」
「樹兄ちゃん、俺、まだ醤油掛けてなかったんだけど……」
「桐君、お醤油だったら私が持ってるわ。でも、私のご飯が消えちゃったわねぇ……」
「葉子さん、俺の半分残したから食べな」
「まあ大地さんたら……!」
昔と変わらず優しいのね……。いやいや、愛する葉子さんの為なら、空腹も我慢出来るさ。周りの人々の困惑をスルーし、いつもと変わりない食事風景を見せている家族達。
「きっと、あの眼鏡の青年が勇者なのだろう……」
ある男は、長男・樹を見て代表者の女性に問うが、首を振って否定される。
「では、あの悔しがっている少年か? 厚焼き玉子とは、一体なんだ……?」
ある男は、三男・楓を見て問うが、それも否定。
「では、ボーン神官に茶を強請っている青年か?」
ある男は、次男の桂を見て問うが、否定。
「ならば、赤黒い液体を卵に入れている少年が……?」
ある男は、四男の桐を見て問うが、これも否定。
女性ではないだろう。歴代勇者は全員男だった。ならば、まさか……全員は顔を見合わせ、残った男である父親を見る。視線を感じ、『ん?』と首を傾げる父・大地。
いやいやいや、若い男がこんだけ居るのに、あんな中年が!? と皆が思ったのだが、代表者の女性は肯定するように首肯し、『世界の意思が選んだ勇者様です』と父親であろう男が勇者である事を認める。
「え、父さん勇者なの!? マジで!? すっげぇ、俺、勇者の息子じゃん!」
「まあ、凄いわ、大地さん! 今夜はお赤飯ね!」
「じゃあ、俺、バイト先(スーパー)で鯛を買って来るよ」
「俺は(専門)学校帰りに、飾る花でも買って来る」
「んじゃ、俺は父さんの好物のシュークリーム買って来る」
「なんだぁ、皆、嬉しい事を言ってくれるなぁ……! よし、父さん、勇者を頑張っちゃうぞ!」
何、この空気。勝手に仲良し家族を繰り広げる一家に、周りの者達は微妙な感じになっていた。魔王が村や町を蹂躙し始めて早半年。送った軍人達は食い散らかされた死体になって戻って来て、最後の頼みだと勇者召喚に賭けたのに、とんでもなく平和な一家が来てしまった。
もうこれ世界終わった……。一同がそう思ったのだが、和気藹々としていた家族は、次の瞬間に空気を一変させる。ニコニコと照れ笑いしていた大地は真顔になり、同じく葉子も笑みを消して背筋を正す。息子達は床に茶碗と箸を置き、視線を両親へ。
「さて、息子達よ。俺と葉子さんが昔から言い聞かせていた事を覚えているか?」
息子達は揃って頷き、それを見て大地もしっかりと頷く。それぞれ、このような事態に備えてやって来た事を忘れず、十二分に力を発揮するように、と言えば、彼等は強い返事の後、頷いた。
「え? あ、あの、勇者様……?」
「いやぁ、久し振り……それこそ、二十数年振りに別の世界に来て、驚いてしまいましたよー。さて、この国の情勢と倒すべき相手の名前と場所を教えて頂けますかね? ああ、旅立ちの費用は頂きますが、仲間の用意は結構です。家族でパーティを組みますので。これでも昔、別の世界に迷い込んで、魔王を倒した経験がありましてねぇ……。実は、妻とはそこで出会ったんですよ、はっはっは!」
「あの時の大地さんは、素敵だったわぁ……。敵をちぎっては投げ、ちぎっては投げ……。貴方が降らせる血の雨に、うっとりしてしまったわ」
「いやぁ、葉子さんの上級魔法も中々だったよ。敵をエアカッターで切り裂いた後で、トルネードで打ち上げて、降り注ぐ肉片……。思えば、あれを見た時から君に惹かれていたのかな」
「まあ、いやだわ、大地さんったら!」
聞けば中々にグロい話をしているのに、何故こんな幸せそうに話せるのか。顔を引きつらせる一同を尻目に、息子達はそれぞれの武器や使用出来る魔法について話していた。長男は魔法使い、次男は剣士、三男は槍使い、四男は治癒士だそうだ。
「あ、あの、勇者様、それでは魔王を倒して頂けるのですか……?」
「ええ、勿論ですとも。私達夫婦が経験したのだから、息子達もいずれこんな日が来るかも知れないと思っていましたが……まさか家族総出で、しかも私が勇者に選ばれるなんて……。年甲斐もなくはしゃいだりして、申し訳ない。それでは、場所を変えて詳しい話でも聞かせて頂けますか? その時に、私の家族を紹介致しましょう」
では、ご案内致します。代表の女性に連れられ、一家は茶碗を持ったままで移動する。朝食足りねー、と聞こえた声に、こちらでご用意致しますから、と声を掛けつつ。
代表者の女性である、神子のリーレンは、今だ嘗て聞いた事のない勇者と勇者の家族に、一抹の不安を抱えつつ、勇者として世界が選んだのだから大丈夫だろうと、必死に自分に言い聞かせていた。
数ヵ月後、彼女の不安は外れ、魔王の首を持って世界に平和を導いた一行が戻って来たのだが、母親である葉子の腹が膨れていた事には、誰も突っ込みを入れなかった──。
父親が勇者として召喚されて、家族に褒められ『お父さん、勇者として頑張っちゃうゾ!』って父親を書きたかったんですが、いつの間にか両親がトリップ経験者になっていました(なので息子達も鍛えられていると言う……笑)