復讐の召喚術
[投稿日]2011.11/05
[再掲載]2011.11/18
[設定]勇者として召喚された少女が、魔王を倒す事を強要されてキレる話。
帰る世界を奪われた、家族を奪われた、孤独を押し付けられた、責任を押し付けられた、命を奪う事を強要された、傷つく事を強要された、世界を救う事を命令された。もう、身も心もボロボロだった。
街に行けば数秒毎にすれ違う子と、なんら変わりはなかった。学校に行って友達と馬鹿やって楽しんで、雑誌に写るモデルに憧れて、恋人と並んで幸せそうに歩く人達に羨ましさを感じて。平凡で、穏やかで、笑い声が絶えなくて。家に帰れば暖かいご飯が、お風呂が、家族が、ベッドがあった。
父は遅くまで働いて、お給料日にはお小遣いをくれた。母は毎日美味しいご飯を作って、でも時々失敗して『ごめんね』なんて悪戯っ子のように笑ってた。弟はヤンチャで、顔に傷を作って帰って来て、手当てしたら『早く彼氏作って、彼氏にも手当てしてやれよ』なんて生意気言って。
──でも、一瞬でそれを奪われた。
かび臭い部屋、蝋燭の明かり、白い衣を纏った人達、偉そうな人。魔王を倒し世界を救う勇者よ。この世界に招かれた時、人並ならぬ力を与えられただろう。勇者よ、魔王を倒して世界に希望を、光を取り戻せ。それが召喚された者の義務であり、責務である。
何それ。なんで自分の関係ない、生きた場所じゃない、守るものもない世界を私が救わなければならないの? 家族も、友達も、誰1人として知っている人が居ない世界を救う義務を、何故この世界に関係ない私が負わなければいけないの?
嫌だと叫ぶ声は、罵りの言葉となって返って来た。勇者なのに、選ばれた者なのに、世界を救う力があるのに、と。世界を救う力があっても、救いたい世界じゃないなら意味がない。
殺すのが怖いと言えば、呆れた顔をされた。情けない、勇者とあろうものが、魔物の1匹も殺せないなんて。なんの為に与えられた力なのだ、と。私の生きてきた世界を知ろうともせずに、押し付けられて、手が血で汚れた。
寂しい、と声を漏らせば、鼻で笑われた。いい年をして寂しいなんて恥ずかしくないのかと。家に帰れば待っている人が居る、近くには友人が居る、共に食事をする相手が居る、冗談を言って笑い合える人が居る。そんな人達に、この孤独はわからない。
頼れる者は、1人も居ない。抱きしめて『1人じゃないんだよ』と言ってくれる人など誰もいない。与えられた剣を持ち、手に肉刺を作って、殺して、殺して、殺して。時には奪った命に涙を流し、血の匂いに嘔吐し。
帰りたいと呟いても、帰る場所などない。家族の名前を呼んでも、答えてくれる事などない。耐えて、耐えて、2年の月日を耐えて、やっと辿り着いた魔王の元。
大きな城、道中で幾度も戦い、感じた魔物の気配すらない中を歩き、謁見の間に足を踏み入れると、玉座に座っていたのは威圧感漂う魔王の姿。黒髪に赤い瞳、尖った耳。しかし整った顔立ちは、見た事もない程美しいもの。
剣を抜き、恐怖と戦いながら1歩ずつ近づけば、数メートル手前で声を掛けられた。お前は何故、そんなに頑張るのだ、と。聞きたくない言葉が、流れていく。
異世界より訪れ、頼れる者も居ない中で1人耐え忍んで来た勇者よ。私を倒して救う程、この世界にはお前にとって価値のあるものか? お前に義務を押し付けた者達を。お前に殺戮を強要した者達を。お前の孤独を知ろうともしなかった者達を。お前の帰る場所を奪った者達を。
次に聞こえて来たのは、鈍い音。音の先は、落ちた剣。持っていた剣。床に膝を突き、手で顔を覆って泣き叫んだ。殆ど声になっていない声をあげ、体を丸めて。
バサリと頭の上から音がして、脇に手を入れて立たされると、暖かいものに包まれた。玉座に座っていた魔王が、自分に近づいて立たせ、抱きしめていた。久し振りの人の温もりに、驚きよりもまず訪れたのは安堵。
「私は見ていた。勇者が召喚されてから、ここに辿り着くまでお前の姿をずっと。泣く姿を、怯える姿を、耐える姿を。そしてそれでも戦う姿を。いずれ私を倒しに来る者への好奇心だったが、苦しんでも立ち上がろうとするお前を見て、決めた。私と共に在れ。私がお前を守ろう」
例え魔王の作戦だとしても、騙されていたとしても、傷つき剥き出しになった心に、彼の言葉は温かく染みた。呼んでおきながら、理解しようとせずに苦しみだけを与え続けた者達よりずっと。
殺されても良い、魔王になら。そう思って頷けば、魔王は涙を指で優しく拭って、唇に温もりを与えてくれる。──婚姻は成されたと言って。勇者はその日、魔王の妻となった。
魔王の妻になってから、暫くは穏やかに過ごした。隠れていた魔王の下部達は、仲間を屠った勇者の自分にも良くしてくれて、召喚した城の者達よりずっと優しく、暖かだった。
食事も人間と変わらず、いつもは1人で食べていた味気ないご飯も魔王と共に、彼が居ない時には彼の命令で下部と共に食べた。やっと、美味しいと感じるようになった。少しずつ笑えるようになった。
妻として共に眠る事はあっても、心の準備が出来ていないとわかっていたのだろう、魔王は無理を強いる事はなく、自分が受け入れられるまで待ってくれた。初めての晩、お前との間に出来る子が楽しみだと、髪を梳きながら未来を語ってくれた。
穏やかな日々、ある程度傷が癒えてから心に現れたのは、怒り。
勝手に呼んでおいて失望した者達。何故、自分があそこまで言われなければならない? あの状況下において、なんの身よりも情報もない自分が、反発して城を出るなどないとわかっていて、利用した者達。許せない、絶対に。同じ苦しみを味あわせてやりたい。
殺気が漏れていたのか、部屋の扉が開き、夫である魔王が入って来た。どうした、と優しく問う声に、自分の思いをぶちまける。軽蔑されるかも知れないが、この怒りは抑える事が出来ない。だが魔王は優しく髪を撫でて、だったら同じ状況を味わわせてやればよい、と言った。そして、その方法を教えてくれた──。
「僕は、僕はファリストス王国の第一王子だぞ! 魔王と戦うなど、出来るわけがない!」
「貴方は王子である前に1人の勇者なのです。そもそも、この世界にはファリストスと言う国など存在しないのですよ。貴方の身分はこの世界ではない物とされていますので、勇者として魔王を退治しに行くのです」
「そんな、そんな馬鹿な事を……!」
「私は勇者などではありませんわ! 元の世界に帰して下さいませ!」
「異世界から召喚された時点で、常人ではない力を得ている筈でしょう? 貴女は勇者なのです。そして元の世界に帰る方法などありません。いいですか、貴女は魔王を倒す為に存在しているのです」
「っ……! お父様、お母様……!」
「寂しい? 馬鹿な事をおっしゃるな、貴方はもういい年ではありませんか。そんな子供のような事を、勇者ともあろうものが……」
「俺には、この世界に知り合いが1人も居ないんだぞ! 友人も、家族もそうだ! お前達が勝手に俺を呼んだから……!」
「勇者よ、戦う為に召喚された貴方に、孤独など感じている暇などないでしょう? さあ、そんな時間があるなら鍛錬でもして下さい。全く、情けない事だ……」
「くそっ……!」
「命を奪う事が怖い? 相手は魔物ですよ?」
「魔物でも、戦うのは怖いし、殺すのは嫌です……」
「これから幾多の魔物を殺さなければならないと言うのに……。いいですか、慣れるまで殺すのです。その手を血で汚しても、貴女は勇者として戦い、殺さなければならないのです」
「酷い……私、戦った事なんてないのに……!」
一晩の夢。しかし、途方もなく長い夢。私のように本当に召喚された訳ではなく、夢として私がやられた事と同じ事を経験させる。勿論、それは人間達だけ。召喚された勇者に希望を抱いていた者達だけが見る悪夢。魔王に教えられたのは、そんな悪夢を見る魔法。
夢の中で彼等は実体験と同じように過ごし、苦しみ、蔑まれ、苦痛を感じ、悲しみ、嘆く。魔王に出会った時の私のように、救いなど与えず。毎日、毎晩苦しむ事になる。戦いに慣れている軍人達は、一般人よりも少しハードだが。
目覚めた後、彼等は知る。召喚儀式で呼ばれた勇者の孤独を、悲しみを、寂しさを、怒りを。私が感じた気持ち全てを、被害者と言う立場を味わってやっと気付く。同時に、自分達が加害者である事に気付く。気付いた彼等に襲って来るのは、後悔、罪悪感。そして勇者に対する懺悔の時間は死が訪れるまで、永遠に終わらない──。
「愛しい妻よ。お前の気持ちは、少しは晴れたかな?」
「少しじゃなくて、十分晴れたよ。有難う」
「礼など必要ない。お前を悲しませた者達を、許してなどおけないさ。さあ、私達もそろそろ眠ろう。夢の中でも愛しているよ」
「うん、私も、夢の中でも愛しているよ」
力強い腕に抱きしめられ、私は眠る。眠った先、夢の中で待っているのは、魔王である夫。起きていても、眠っていても、私は彼と共に時間を過ごす。夢魔の王である、愛する夫と……。
ちなみに、勇者を知らない・生まれていない・生まれていても物心がついていない・などの人間は除外。
召喚術で呼び出された夢を見せているので、召喚術とはまたちょっと違うかも知れませんが……。
勇者召喚をよしとしていた王族・貴族などは勇者を苦しまた事に気付きながらも、技術を残した先祖に責任転嫁。
民はこんな悪夢を見せられるのは勇者の所為ではなく、勇者を苦しめた王国だとして反乱を起こし、国家滅亡ルート一直線。