金髪碧眼美形剣士が現れた!
私の名は、ヴィクター=フィランダー=セービン。年は26歳。若輩者ながらも、バロックレイド王国の騎士団長を勤めさせて頂いて──いた。
私が運命に出会ったのは、ほんの数ヵ月前の話。久し振りに取れた休日だが、国の裏手にある森にて何か異変があったと言う噂話を街で聞き、休日ながら1人で調べに向かった。
本来ならば騎士団の下っ端に任せればいい仕事だが、上に行くに連れて外での仕事は激減。たまに外周りをしたいと言っても、騎士団長の手を煩わせるような仕事ではありませんと、仕事を奪われてしまう。
なので気分転換も兼ねて、個人的に調査していた。調査と言っても、城の裏手の森は誰にでも入る事が許されている森なので、ギルドの人間も噂を聞いてここに訪れているだろう。
噂で聞いた所、この辺りの魔力が時折強まっている、との事だった。魔力が強まるのは、誰かが魔法を使った時のみ。術者が魔力を取り込んで発する物なのだが、なんでも、術者が居ないにも関わらず魔力が強まっていたと言う。
魔力が感じられる度、ギルドの魔術師が訪れて調査したらしいが術者の気配はなく、なんらかの影響で大地から魔力が流れているのではないか、と言う仮説が出された物の、原因が突き止められていない。
数時間程森を歩き回っても特に異変はなく、少しのつまらなさを感じつつ街へ戻ろうとした時、私の人生を大きく変える人物と出会う。久々の休日を森で過ごす事を選んだ私を褒め称えたい程に、大切な出会い。
「いったぁ……」
自分の少し後ろから聞こえて来た声。王国騎士団長ともあろう者が、こんな近くの気配に気付かないなんて、なんたる不覚だ、と剣の柄に手を掛けてすぐさま後ろを振り返った時、私は天使を見た。
サラリと揺れた、金に近い茶色の髪。転んだのだろう、膝に付いた土を落として上げた顔は、どことなく幼さが残っている。前方で剣の柄に手を伸ばし、警戒している私の姿を見つけて丸くした瞳も金。ぷっくりと愛らしい唇は、何か言葉を発そうと薄く開かれたが、直ぐに閉じてしまう。
閉じた唇を見、私の唇を重ねて舌で彼女の口内を蹂躙したい、と言う願望が生まれる。しかし直ぐに『こんな時に何を考えている』と自分を叱咤し、驚いている彼女を警戒しつつ声を掛けた。
「こんな所で、何をしているんだ?」
「あ、あの、ま……迷って……」
「迷った?」
「町、に行きたかったんです、けど……道が、わからなくなってしまって」
耳に届いた声は穏やかな音。川のせせらぎのように、朝聞こえる小鳥の歌のように、心を癒すかのような心地良い声。少し惑いが含まれているのは、道に迷った故の不安からなのだろう。
町に向かうのだったら案内する、私もこれから向かうと告げると、安堵したように笑みを浮かべて礼を言う。この瞬間、私の心は彼女へと一直線に向かっていた。何故今迄彼女と言う存在を知らなかったのか、不思議な程に。
胸が高鳴り、顔に熱が集まる。不思議そうに首を傾げる彼女をなんとか誤魔化し、自己紹介をしつつ共に町に向かう。ちらりと顔を盗み見すれば、白い肌と長い睫が視界に入り、ますます胸が高鳴った。
「シ、シオリと言ったね。町には、何をしに?」
「あ、えっと、ギルドに登録したくて、町に向かってます……!」
「ギルドに? そんな細腕で魔物と戦うのか?」
「私は、治癒師なので、どちらかと言うと後方支援と言う物でしょうか……。魔物と戦うのは、流石に怖いので……」
魔物と戦うのが怖いのに、後方支援としてギルドに登録する? 歩みを止め、彼女の姿をまじまじと見てみる。細い腕に、白い肌。あまり外を出歩く方ではなかったのだろう。治癒師の力を上げる為の杖を持っている手も、町娘達より綺麗で、皸一つない。指も細くて、まるで城に居る姫君や貴族の娘達のようだ。
「治癒師としてなら、ギルドに登録するよりも城や町のお抱え治癒師の方がいいのではないか?」
「あ、あの、私……旅をしてみたいんです。世界を見てみたくて……」
シオリの答え方はしどろもどろだが、返答に怪しさよりも先に感じたのは、まるで行き成り外に放り出された子供のような受け答えのようだと言う事。彼女は今迄、碌に世間と関わっていないのではないか、と言う騎士……と言うより剣士としての直感。
それとなく尋ねてみると、彼女は驚いて狼狽し、その後で私の勘が正しいかったと肯定してくれる。なんでも、平穏な世界で暮らしていたのだが、突然外に放り出されて、生きていく事になったそうだ。
あまり詳しく話してはくれなかったが、治癒師としての力があるので、取り敢えず話で聞いたギルドに登録し、見分を広げる為に世界を見て回ろうと考えたらしい。
こんな細腕で、治癒師としての能力がどれくらいあるのかわからないが、大丈夫なのだろうか。ギルドの登録者は確かに強い人間も居るが、荒くれも多いのが問題だ。力で彼女を屈服させて使い捨てにしたり、性犯罪に走る者も──。
私はそれを考えてから、今の〝自分の状況を確認する。騎士団長の立場として、私はそんなに重要だろうか、と。現在戦争の危険性もなく、魔物が出て来るとギルドが動いてくれる。書類の仕事のみで、ほとんどの指示が副騎士団長がやっていた。
そもそも、私は没落貴族から、なんとか騎士団長にまで上り詰めた。副騎士団長は、私と違って貴族の中でも王の憶えが目出度い貴族の家の生まれ。副騎士団長は私こそが騎士団長に相応しいと言っているが、貴族の連中は私よりも副騎士団長を騎士団長として置きたいのはうすうすわかっている。
頭の隅でそれを考えながら、シオリと他愛ない話をしつつ町に到着し、ギルドに案内する。ギルドに着いて登録に関して一緒に説明を受けたのだが、驚いた事に彼女は字の読み書きが出来なかった。なんでも、自分の所で使っている文字と違うのだそうだ。
困り、慌てている彼女を見て思わず『可愛いな』と呟くと、奇妙な物を見るような顔をされてしまった。失礼な発言だっただろうか、と謝罪してから、ギルド登録所の文字を書いてやる事に。書き終った後で、礼を言ってくれたのだが、その笑顔にも心を鷲掴みにされた。
「シオリ、頼みがあるんだ。1週間程、この町に留まってくれないか?」
「え? え、えっと、予定は特に決めてませんので、大丈夫だとは思うのですが……何かありましたか?」
「君は治癒師だから、前で戦う者が必要だろう? 是非、私と共に旅をしてくれ。ああ、これでも王国の騎士だから、そこそこ腕は立つよ」
「ええええっ!? いいんですか!? ご迷惑じゃ!?」
「いや、君と一緒に世界を見てみたくなった。ただ、仕事を片付けるのに、1週間程時間を貰いたいんだ。その間の宿代は勿論私が出すよ。いいかな?」
困って、慌てて、本当にいいのだろうか、と言う顔をしているシオリに、『私が君と旅をしてみたいと思ったんだ』と頼み込めば、小さく苦笑した後で宜しくお願いします、と手を差し出された。握手を求めているのだろう。
小さな手を握り返し、私は笑顔で『これから宜しく』と告げて、彼女を宿に連れて行って1週間分の宿代を払い、彼女と別れて城に向かう。騎士団団長を、副騎士団長に譲る為の手続きを行う為に──。
かくして、私、ヴィクター=フィランダー=セービンはシオリと旅をする為にバロックレイド王国騎士団団長を辞し、1人の冒険者として剣を奮う事となった。
王国騎士団団長と言う立場を考えない行動に関しては、スルーの方向でお願いします(そこまでリアリティを突き詰めた話ではないので/笑)
この時点では、まだシオリ、逆ハーに気付いてません。
良い人だなぁ、程度のレベルだと思われます。
徐々に増えて、気付くんでしょうねぇ……。
ちなみにヴィクターには〝にこぽ〟が発動ました。
彼女はこれを後に、〝就活の弊害愛想笑い〟と名付けるとか、名付けないとか……。