ファンタジー∥勇者の肉体
それは千年以上前の話。突如現れた魔王は、魔物を使って人々の暮らしを脅かし、世界を我が物にせんとしていた。それに対抗した国は幾人もの戦士を魔王討伐に送ったが、誰1人として生きて戻る者は居らず、最終的に全く違う世界から勇者を召喚する事で魔王を屠ろうと試みる。
召喚された勇者は、神に選ばれし者。神の祝福を受けた者は、魔王に対抗する力を持つとされるのだ。だが、初めて異世界より召喚された十数名の勇者候補の多くは争いのない世界・国・地域からの者で、祝福を受けたとしても肉体的に優れている訳ではない。体格をみれば、農村の若者の方が筋肉が付いている。
最終的に魔王と戦う事になったのは、十数人喚び出した中でもたったの数名。魔王と戦い、生きて戻って来たのは1人だった。国は生きて戻った者を勇者とし、喚ぶ事は出来ても還す事が出来ない故に改めて彼を国民として受け入れ、魔王の脅威が無くなったこの国で生涯を終えた。
初代勇者となった者も農民よりも貧相な体で、鍛える事に時間を費やした為、百年程後に神に祝福の追加を頼んだ。鍛える時間を与えなくてもよくして欲しい、と。彼等の願いは神に届いたのか、次に召喚された勇者候補達は、自分の世界に居た時よりも筋肉量が増えた体で召喚されたと言う。
しかし2代目の勇者候補達は、魔物との戦いに恐怖を覚えて逃げ出す者が多かった。魔物の居ない世界で暮らし、虫以外の生き物を殺すと言う事をしない場所から来たならば当然の事だろう。初代達は鍛える時間が長かった為、徐々に慣れていったようだが、その時間がなかった2代目達は、命を奪う恐怖から逃げ出したのだ。その中でも魔王を倒して戻った数名を勇者とし、初代と同じく国民として扱われ生涯を終えた。
百年程後、魔王が現れた時には勇者候補召喚時に〝魔物と戦う事への恐怖心を無くす〟事を祝福として追加するように祈った。神はそれを叶えた。次も、また次も、魔王と闘うのに障害となる物を省いて、最終的には多くの願いとなり、徐々に召喚される人数が減っていった。前回の召喚は、4名。そして今回の──。
「ひっ、酷い、酷い……!」
「お願い致します、勇者候補殿。貴方に戦って頂かなければ、我々は魔王に殺されてしまいます!」
「だからって、こんな、こんな、ムキムキマッチョ男にする事ないじゃないですか! こんな、ちょび髭で、筋肉ばっかりついてて、しかもなにこの服……!! 股間しか隠れてない……!」
召喚される勇者を呼び出していた神も、条件が増えて段々面倒になって来たのだろう。数代前の勇者辺りから、召喚される勇者候補が変わった。皆同じ顔をし、皆同じ体をし、髪の色・瞳の色・中身だけが違うと言う勇者候補が訪れたのだ。面倒になった神は勇者となる者の体をテンプレとし、その中に勇者候補の魂(記憶+精神)を突っ込む事で、召喚の簡略化を果たしたのである。
何より勇者候補の魂は、候補となった者のコピーでも良いのだ。今迄共に過ごしてきた家族・恋人・友人本人が突然消えるなどと言う悲しみを、勇者候補として召喚され、全てを奪われると言う悲しみを本人に味わわせなくても良いのだ。召喚された者も、その体に入った時点でそれを理解し、本人ではなく別人として生きると言う事を納得するようにしていた。
だが、納得はしたとしても、新たに与えられた体に不満を覚えない訳ではない。ムキムキで小麦色の肌は油によって光り、艶やかさはあるが妖艶さはない。眉毛は太くて一直線、眉の下の眼光は鋭い物。頭部の髪は少なく、天辺のみ長くて三つ編みとなっている。鼻の下には少しの髭が生えていて、唇は小さく赤い。
女性特有の柔らかい胸の膨らみはないが、変わりにあるのは硬い胸筋。腹筋は綺麗に6つに割れていて、亀の甲羅を思わせる盛り上がり方。その下部にある股間は三角形の小さな布で隠れされていて、布の中は……どうなっているか、まだわからない。筋肉の付いた太もも、硬い脹脛、大きな足。
勇者と言うよりも、戦士や闘士と言った方が当てはまる体格。目の前に居たらちょっと体を引いてしまうような男が、横座りになって涙を流しながら、自分の新しい肉体を嘆いている。
「こんなムキムキの体、気持ち悪いよぉ……」
「女性だった貴方には、辛い体かもしれませんが!」
「如何せん、この召喚方法になってから、初めての女性と言う事で……」
この国の次期国王だと言う青年と、召喚したと言う賢者が必死に勇者候補を慰めている。この勇者候補、実は中身が女性だった。嘗て、何度か女性の勇者候補を召喚した過去はあるのだが、勇者の体をテンプレ化して以降、女性がこの体の中に入るのは初めてであって、もしこの体に女性が入ったら、と言う考えそうな事に誰も気付かなかった。女性が入る訳がない、と言う思い込みの所為でもあるだろう。
今回初めて女性が中に入って自分の新しい体を見て愕然とし、悲鳴を上げて泣き出した。『何これ、なんで私の体、こんなにマッチョに……!』と。それでやっと、彼等は気付いた。女性が勇者候補として入る事もあるのだ、と。
「こっ、こんなんじゃ、恋も出来ないじゃない……!」
「出来ます! ええ、出来ますとも!!」
「そうですとも、城には可愛いメイドもおりますし! 町娘も中々可愛い子が揃っておりますし!」
「出来たとしても、私が好きになるのは男の人ですよ!」
「あっ、ああ、そうですね! 男性……ですね……ええ、男性……」
「顔を引き攣らせないで下さい! 目を逸らさないで下さい! そしてビビらないで下さい!」
自分もターゲットになる可能性があると気付いて、身を守るように体を引かせ視線を逸らす王子。言葉には出さないが『自分は女性が好きですから』と言わんばかりの態度に『私だって女性だ!』と言いたくなる勇者候補。
なんとも言えない顔をして、2人を交互に見詰めている賢者。微妙な空気は暫く続き、誰ともなく『取り敢えず、召喚の間から出ましょうか……』と言い出し、魔王の説明をするべく応接室へと移動する事となった。
この代の勇者以降、祝福の追加がまた一つ増えた。魂の元となる性別は男限定にして欲しい、と。そしてそれは叶えられ、犠牲になる女性は、彼女以降表れなかった──。
筋肉ムキムキの体に、普通の女性が入っちゃって、女らしく泣いてしまう姿を書きたかったのです……。
彼女はこの後、恋をしても報われる事はなく、その都度王子(国王になっても)に愚痴る事でしょう……(笑)
ついでに言うと、テンプレ肉体製作以降は自分が魂のコピーと言うのは理解しているので、元の世界に未練はないと言う神様と国の御都合設計。