リアルRPG
RPGと言うのはゲームとして楽しむ物であって、決して現実の世界で遊ぶ物ではない。彼・倉間 誠治は、倒したモンスターを前にして盛大に溜息を吐く。朝、宿屋をチェックアウトした後アイテムを買って町を出、休憩を挟みながら特定の歩数でエンカウントするモンスターを倒して約半日。日本では行う事のなかった虫以外の生き物を殺す感覚も、嫌な事だが慣れて来た。
モンスターは倒した後、10~30秒程待てば肉体が消え、肉体の変わりにコインと経験値が手に入る。コインは地面に散らばり、経験値はコインが現れると同じ時に光の粒子となって、己の体に入って来る。来た当初はレベル1だった誠治も、今やレベル5まで上がった。
倒したモンスターが経験値とコインになり、地面に転がったそれを拾ってから盛大に溜息を吐いて、再び歩みだす。町からあまり離れずに動き回り、再びモンスターとエンカウント。初期装備のままの木の剣をモンスターに向け、誠治とモンスターは戦闘を始める。
誠治がこの訳のわからない世界に訪れたのは、たった3日前の話。学校帰り、家に戻るのが嫌で近所の公園のベンチで時間を潰していたのだが、ふと気付けば見慣れた公園ではなく、見知らぬ町の入り口に立っていた。学校帰り、公園のベンチに座っていた筈なのに、買った覚えのない木の剣と皮の鎧らしき服を纏って。
まばたきをした一瞬で世界が変わり、見知らぬ所に放り出されて混乱した誠治は、丁度近くに居た女性──くすんだ金髪を長く伸ばし、バンダナで頭を被っている27、8位のアメリカ人っぽい人だった──に『すみません! ここ何処ですか!?』と声を掛けた。
女性は声を掛けて来た誠治の方を見たのだが、大抵、人が後ろや横から声を掛けられたりした場合、自分であるか確かめる為に首を回してそちらを向く。しかし女性は体ごと誠治の方を向くと、にっと笑顔を作り、『ようこそ、アーバリンの町へ』と平坦な口調で言った。
「アーバリン……? ここ、アーバリンって言うんですか?」
『ようこそ、アーバリンの町へ』
「や、あの、ここ、日本ですか?」
『ようこそ、アーバリンの町へ』
「あ、俺、日本にいた筈なんですけど……」
『ようこそ、アーバリンの町へ』
何を言っても、『ようこそ、アーバリンの町へ』しか言わない女性。異様な雰囲気を感じ、誠治は1歩下がって女性をまじまじと見る。視線は誠治を見ているが、あまりにもまっすぐに見られすぎていて、とても恐ろしい。何よりも、感情が篭っていないし、視線もブレない。『あの……』と声を掛けても、返って来るのは『ようこそ、アーバリンの町へ』
ゾクリと背筋に冷たい物を感じ、誠治は女性の前から逃げるようにして走る。町中に向かって。走って、走って、走って、速度を緩めて辺りを見回す。歩き回る人間、動き回る猫や犬。しかし、恐ろしい程に町中は静かだった。誰1人として、喋っている人間が居ない。立ち話をしているような女性2人も、遊んでいる子供も、見回りをしている兵士らしき男も、誰1人として、〝声を発していない〟のだ。
静まり返った町、無表情で遊ぶ子供達、同じ場所を行ったり来たりする兵士。まるでRPGのようだ、と誠治は思い、そして浮かんだ自分の考えを肯定。試しに見回りをする兵士に話しかけると2パターンの会話しかせず、何度話しかけても嫌な顔すら見せない。
──ああ、ここは俺の予想を遥かに超えた、日本でも、異世界でもない、RPGの中なのだ。誠治はそれを悟ってから、直ぐに頭を切り替えた。適当な建物の下に行き、持ち物を確認。持っていた金と武器などを確かめて、先程町の名前を連呼していた女性の元へ戻ると、家を1軒1軒訪問し、話しかけて情報を得ながら、自分が取るべき行動を見出した。
得た情報は、アーバリンの町より北に行くと、イマリの村がある事。最近モンスターが凶暴化していると言う事。武器や防具はきちんと装備しなければいけない事。イマリの村の北東にある泉が最近夜になると光るらしいと言う事。そして、敵は徐々に強くなるから、無理して進まずレベルを上げてから移動した方が良いと言う事。RPGの基本や、情報は無表情で皆が教えてくれた。
半日程情報収集をして、外に出て初めてのモンスターと遭遇。緑色の体をぶるんぶるん揺らして誠治を襲って来たのはスライム。持っていた木の剣で戦い、辛くも勝利を得た。恐らく再弱であろうスライム相手でも、梃子摺るのは当然だ。なんせ、誠治は平和な日本で暮らし、武道などもやった事がないのだから。
スライムは口がないので、殴っても蹴り飛ばしても泣き声を上げる事なく、巨大な動くコンニャクをサンドバックにしているような気分だったのだが、数度戦った後で出て来た、5~60センチ程の大きさを持つネズミのモンスターが出て来て戦い、倒した後で誠治は嘔吐した。
スライムは倒した後、ベシャンと地面に潰れて消えたのだが、そのネズミは違う。苦しみ、血を流し、痙攣した後で動かなくなると、コインと経験値を誠治に与えた。しかしそれと同時に、〝自分の手で生き物を屠った〟と言う嫌悪感も与えた。無論、誠治がスライムを生き物だと思っていない訳ではない。殺すと言う行為は同じであっても、精神的に大分違うのだ。
涙を流しながら嘔吐し、消えてしまったネズミのモンスターの後に残ったコインを、1枚1枚拾う。エゴとも言える謝罪を繰り返しながら。そして、コインを全て拾った後で、誠治は強く心に決めた。自分の手で殺したモンスターが与えてくれた経験値やコイン。それは自分が元の世界、日本に戻る方法を探す為に使う、と。
自分と出会ったが為に殺されたモンスターの命を、決して無駄にはしない。ネズミを倒し、誓いを立てて以降、誠治は戦闘後に謝罪を口にする事はなくなった。勿論、殺してしまった事へ罪悪感がない訳ではない。謝罪を口にするのは簡単だが、謝るべきではないと思ったのだ。
こうして、夜になるとアーバリンの宿に泊まり、朝には町の外に出て魔物を倒し、夜にまた宿を取ると繰り返して3日。風の音以外聞こえない町にも慣れ、戦闘も大分楽にこなせるようになった。そろそろ、北にあるイマリに行ってもいい頃かもしれないが……。
「レベル15になるまで、この辺りでウロウロするか」
倉間 誠治は、石橋を叩いて渡る性格。どんなRPGでも、絶対全滅しないレベルまで上げてからラスボスに挑むタイプである。故に、彼の冒険はアーバリンから中々進まないのであった。
拡声器を使い、町に向けて「すみませーん!」と声を掛けるとわらわらと人が集まりだし、好き勝手に一方的に喋って、元の場所に戻る、とか言う設定もこっそりありました──が、それだと小声で喋りかけても聞こえたら近くに居る物が反応しそうなので、消滅しました。
所で、レベルEって面白いですよね。