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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。

聖女のわたしが犠牲になって世界を救ったら、攻略キャラがヤンデレ化しちゃったんだけど!?

作者: 冬月子
掲載日:2026/01/16

「マリナ……マリナ、マリナ……お願いだ、目を開けてくれ。俺が欲しかったのは、平和な世界なんかじゃない。お前と一緒に歩く、ただそれだけの未来だったんだ……っ! あああ……、頼む、置いていかないでくれ……」


暗闇の底で、重い泥を掻き分けるように意識が浮上していく。ひりつくような痛みを伴って、途切れ途切れの声が鼓膜に届いた。

狂おしいほどの嗚咽。それは、いつだって勇ましい姿だった勇者であるアルフレッドの、剥き出しの絶望だった。


「……馬鹿な奴。自分を犠牲にすれば、僕たちが喜ぶとでも思ったの? 見てみなよ、あんたに置いていかれた僕たちが、どれほど醜く嘆き、壊れてしまったか。あんたのいない世界で……僕たちはもう、正気ではいられない」


かつて氷のように冷たかったレイヴンの声は、熱を孕んで震えている。その冷徹な理性を焼き切るほどの執着が、肌に刺さるようだ。


「こめんなさい、ごめんなさい、マリナ……。お願い、死なないで……。これからは私の魔力を、私の命を、あなたに分け与えて繋ぎ止めてあげる。あなたが目覚めるまで、何十年だって私の時間をあなたに捧げるわ。……だから、私を一人にしないで」


シルヴィアの囁きは、甘い呪文のように耳元で震えた。

そして、荒々しい拳が寝台を叩く音が響く。


「……おい、いつまで寝てるんだ。あの時、オレがお前を抱えて無理やりにでも戦場から引き摺り下ろしていれば……! いや、それでは世界は救われなかった。……クソッ、俺に、俺に力が足りなかったばかりに……ッ!!」


ギルベルトの、血を吐くような悔恨。

四人分の重苦しいほどの愛と執念が、わたしの意識を強制的に現実へと引き戻していく。


「お願いだ、マリナ……目を覚まして。……マリナ!?」


瞼が、わずかに震えた。

それを見逃さなかった誰かが、救いを求めるように息を呑む音が聞こえる。


「……ッ、マリナ……!?」


「う……ん……っ」


鉛のように重い瞼を、ゆっくりと押し上げた。

目に飛び込んできたのは、窓から差し込む眩しいほどの光と、見知らぬ天井。ここはどこだろう。真っ白な病室……?


「マリナ……ッ! ああ、神様……っ。良かった、本当に、目を覚ましてくれて……!」


震える手でわたしの無事を確認する彼らの瞳は、ひどく充血し、狂気と安堵が入り混じっていた。


「み、んな……ど……して」


――どうして、そんな顔をしているの?

そう問いかけようとしたけれど、喉が焼けるように熱くて、掠れた声しか出ない。代わりに小さな咳が漏れると、彼らは一斉に、過剰なまでの拒絶反応を見せてわたしに群がった。


「マリナ……良かった。あんたを失った世界に生きてる意味なんてないからな」「話さないで! すぐに医師を……ううん、私が癒やすわ。もうどこへも行かせない、誰にも触らせない……」「マリナ、苦しいのか? オレが代わってやりたい、お前の苦痛をすべて俺に寄越せ……っ!」


(……あれ? おかしいな)


確かに、世界は救われたはずだ。わたしは大好きな彼らに、ただ笑っていてほしかったのに。

視界の端に映る彼らは、かつてゲームの画面越しに見たどのルートよりも、暗く、深く、歪んでいる。


(ど、どうして……こんなにヤンデレ化しちゃってるの……!?)


混乱する頭で、わたしは必死に現実逃避をしながら過去を遡る。


***


――始まりは、あの日。

どこにでもいる、ただの女子高生だったわたし。学校に向かう途中の、なんてことない朝。車道に飛び出した子供を助けようとして、わたしは代わりにトラックに撥ねられた。


(――ああ。わたし、死んじゃうんだ。あの子供は……無事かな。)


そう諦めたはずなのに。次に目を開けたとき、目の前には神々しい光を纏った美しい女性が立っていた。


「……わたし、死んだはずじゃ……?」


「はい。地球でのあなたは、一度命を落としました。けれど、砕け散りかけたあなたの魂と肉体を、わたしがこの世界へ掬いあげたのです。あなたには、聖女として生きる資格があったから」


女性は言う。自分は、地球とは別の世界の女神なのだと。そしてその世界は、滅亡の淵に立たされていること。

彼女は切実な眼差しで、わたしの手を取り、託すように言葉を継いだ。


「どうか、この世界を救ってください」


そして、導かれるままに降り立った地。

そこは、生前わたしが愛してやまなかった乙女ゲームの世界だった。わたしは今、かつての推しキャラたちに「聖女」として跪かれている。


「……ここが、セカオワの世界?」


顔を上げると、ステンドグラスから差し込む七色の光の中に、見覚えのあるシルエットが並んでいた。


彫刻のように整った美貌を湛える第一王子、アルフォンス。

異世界転生したばかりで右も左も分からないヒロインに、誰よりも優しく手を差し伸べてくれる――いかにも“王子様”な攻略キャラだ。


その隣で、氷のように冷ややかな眼差しを向けているのは、魔術師シルヴィア。

クールビューティーなお姉さまで、ツンとした辛辣な物言いも含めて、すべてがご褒美。はい、萌え。


そして画面越しに、何度も何度も、その孤独を救いたいと願った。

影のあるシーフ、レイヴン。伏し目がちの視線と、口数の少なさが胸を締めつける、キュン要素の塊だ。


最後に、重厚な鎧を身にまとい、堂々と立つ重騎士ギルベルト。

王国騎士団団長にして、正義感の塊。頼れる兄貴分ポジションで、安定感は抜群――。


間違いない……!

彼らは、わたしが現実を忘れるほど周回し、攻略し尽くした乙女ゲーム、『世界の終わりを、君と(セカオワ)』のキャラクターそのものだった。


「あなたが、神託に示された“異界の聖女”か……?」


低く、心地よく響く声。

アルフレッドがわたしの前に歩み寄り、その白手袋に包まれた手を差し伸べる。

かつてのわたしなら、画面をタップする指を震わせて歓喜していただろうけど、今のわたしにはそんな余裕はない。


「ひゃ、はい。多分……そうです」


情けないほど上ずった声に、彼らが一斉に息を呑むのがわかった。


「聖女様! どうか、あなたの力で魔王を打ち倒し……この世界をお救いください!」


アルフレッドが跪き、真摯な瞳でわたしを見つめる。その眼差しは、ゲームのシナリオ通り、救いを求める切実な色を帯びていた。


女神は言った。この世界は、わたしが愛したあのゲームと同じ運命にあるのだと。

つまり、異界から召喚された聖女――わたしが彼らと手を取り合い、魔王を討たなければ、この世界はタイトル通り「終わり」を迎えてしまう。


(いきなり世界を救えなんて……混乱しかないけど……っ!)


でも、一度は捨てた命だ。

わたしが戦わなければ、目の前にいる「推し」たちが、あの残酷なバッドエンドの露と消えてしまう。そんな未来、絶対に認めない。


「わかりました……わたし、精一杯頑張ります!」


震える手を伸ばし、王子の手を取る。女子高生としての日常はもう戻らない。けれど、彼らが悲劇に沈む結末を書き換えるために、わたしはこの世界で「聖女」として戦うことを決めた。


それからの日々は、怒涛のようだった。攻略対象である彼らと共に、魔王を討つための長い旅に出た。時には力不足に打ちのめされ、夜通し涙を流したこともある。けれどその度に、彼らと手を取り合い、絆を深め、ようやく辿り着いたのだ。この――最終決戦の地へ。


けれど、現実は無慈悲だった。

全力を尽くし、祈りを捧げ、ボロボロになりながら戦ったけれど。あと一歩。あとわずか一歩が届かず、わたしたちは漆黒の闇の前に地に伏した。


(ああ、このままじゃ……この世界も、彼らも、本当に終わってしまう……)


薄れゆく意識の中、わたしは覚悟を決めた。

ゲームシナリオの一つに、主人公が自分の命を犠牲にして世界を救ったエンドがあった。この命のすべてを光に変えれば、この闇を払えるはずだ。


「……みんな、短い間だったけど、本当にありがとう。」


最期の力で、ありったけの魔力を身体の中心へと集める。爆発的な光の奔流となり、わたしは迷わず魔王の胸中へと身を投げた。

背後で、喉を潰さんばかりにわたしの名を呼ぶ声が響く。


「マリナ!?……マリナーーーー!!」


最期に網膜に焼き付いたのは、手を伸ばし、悲鳴を上げる彼らの、絶望に濡れた瞳だった。


(ああ。みんな……、そんな顔しないで。わたしの事は忘れていいから、幸せになってねーー。)


そうして、わたしは自分を犠牲にすることで、魔王を封じた。

これで、世界は救われる。わたしの推したちも幸せになれるはず。


――その確信と共に、わたしの意識は永遠の眠りについた……はずだった。


***


なのに、どうしてこうなったんだろう。

目覚めて数日が経った。どうやら何らかの奇跡が起きて、わたしは死の淵から引き戻されたらしい。とはいえ、五体満足とはいかなかった。右目の視界は失われ、利き手の先はもう感覚がない。全身には、醜い傷跡が刻まれている。


「……まあ、でも! 生きてるだけで十分だよね! もともと死を覚悟してたし、こうしてまたみんなの顔が見られただけで、わたし、儲けものだと思ってるよ!」


失ったものを嘆くまいと、わたしは精一杯の笑顔を作って、努めて明るくそう言ってみせた。けれど、その言葉を口にした瞬間。


「…………」


部屋の空気が、凍りついたように静まり返った。笑顔を浮かべていたはずのアルフレッドの顔から表情が消え、シルヴィアは絶望したように顔を覆い、ギルベルトは奥歯が砕けそうなほど強く顎を震わせている。


「あ、あれ……? みんな?」


「『あれ』……じゃないよ、マリナ」


低く、地這うような声。アルフレッドがわたしを見つめる瞳は、まるで底なしの沼のように暗く濁っていた。


「……君は今、自分がどんな姿なのか、本当に理解しているのか?」


「あ……うん。わかってるつもり。片目も見えないし、片手もなくしちゃったし、確かに不便だなー、とは思うけど……」


「思うけど……じゃない! そんな身体になって、一生消えない傷を刻まれて、それなのに、どうしてそんなに平然としていられるんだ……!」


悲鳴に近い王子の問いかけに、わたしは少しだけ言い淀んだ。


「んんー……でもなあ。わたし、こっちに来る前に一度、本当に死んだ身だったからなあ。この人生がそもそも、神様からもらったオマケみたいなものっていうか……。もう一度生きられただけでラッキーって感じだったんだ。それに――」


にっと口角を上げる。


「たったわたし一人の命で、みんなが救われて、この世界が助かるなら。それってめちゃくちゃ効率いいし、最高に良いことじゃん!」


わたしが満面の笑みを浮かべた、その時。

彼らの絶望が、ついに臨界点を超えた。


彼らにとってわたしは、命を賭して守り抜きたかった、唯一無二の存在になっていたなんて。わたしは知らなかったのだ。それを当の本人であるわたしが「オマケ」だの「効率」だのと切り捨てることが、どれほど彼らの心をズタズタに引き裂く呪いになるのか。

馬鹿なわたしには、この時の彼らの瞳に宿った、狂気じみた決意の正体がまだ分かっていなかった。


「ふふ、そうね……。マリナ。あなたの価値を改めて、骨の髄まで分からせてあげた方がいいみたいね」


しんと静まり返った病室で、最初に沈黙を破ったのはシルヴィアだった。


「ほへ?」


「国の上層部も、魔塔の連中も。誰もマリナの価値を正しく理解していなかった。……マリナがいない世界なんて、なんの価値もないのに。それを教えてあげなくちゃ」


「え、えーっと……? シルヴィア、何の話……?」


首を傾げるわたしを、シルヴィアは獲物を愛でるような、粘りつく視線で見つめ返す。


「あっ、分かってない顔ね。もう、マリナったら……。マリナ自身が自分の価値をこれっぽっちも理解していないのが、一番の問題ね」


「あはは……」


引き攣った笑いを浮かべるわたしの手を、シルヴィアがそっと握る。その指先は驚くほど冷たく、けれど心臓を鷲掴みにされたような、得体の知れない寒気が背中を駆け抜けた。


「大丈夫よ。愛して、愛して……もう嫌ってほど、愛してあいしてアイシテ――あなたにも分かるように、私たちの愛だけで埋め尽くされるまで……愛してあげるわ」


「――ああ、その通りだ。これからは僕たちが、ずっと、一秒の隙もなく一緒にいてあげるからね。何の心配もいらないよ、マリナ」


アルフォンスが、わたしの反対側の手を、まるで壊れ物を扱うように、けれど力強く包み込んだ。穏やかな微笑みを湛えているが、その瞳には一抹の光も宿っていない。


「……あんたを傷つける原因は、種火の一つまで全部消す。僕が側にいる限り、もう絶対にあんたを傷つけさせない」


いつの間にかベッドサイドの影に立っていたレイヴンが、地を這うような低い声で囁く。その言葉は誓いというより、世界に対する宣戦布告のようだった。


「身の回りの世話は、全部オレたちに任せろ! これからは、マリナは何もしなくていい。ただ生きてくれればいいんだ」


ギルベルトがわたしの足元に膝をつき、祈るように見上げてくる。


「ひぇ……」


ただ、わたしは――。推したちに、幸せになって欲しかっただけなのに。


(どうして攻略キャラ全員が、揃いも揃ってヤンデレ化してるんですかあ……っ!?)


逃げ場のない愛の重圧に押し潰されながら、わたしは乾いた笑いを漏らすことしかできなかった。頬を撫でる指先の熱さも、わたしを見つめる濁った瞳も、すべてが重すぎて、甘すぎて、――窒息しそうだった。

最近はヒロインを曇らせる展開が流行っているので、女性向けだとこんな雰囲気かな……と妄想しながら書いてみました。需要があれば、いつか続きも書きたいです。

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