表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『神』の頼み 〜転生特典は治癒能力〜  作者: 素人丸卍
第1章 『魔獣の森』
2/2

第2話 『空腹』

「はぁ…」

教室から出る前に制服とジャージを入れた袋を持ち、ため息を吐く。

「それにしても…こっからどうすっかね…。」

もう何時間歩いただろうか。こちら側に来てから軽く1日は経った気がする。森の中は常時薄暗いが、今は太陽的な物が見えない。恐らく夜であろう。

「夜に森を出歩くのは危険か…てか…腹減ったし喉も乾いたな…。」

森を水も食料も無しで数時間歩き続けて来たのだ。喉はとっくに乾燥し、胃は悲鳴を上げている。

「あれは…水…か?」

周りを見渡すと何か光に反射して光っているものがある。考える間もなく、凪の体は光る物へと向かっていた。

「水にしては…変だな…?」

近付くと分かる。水から感じる何かの異変。

直感がこの水は飲まない方が良いと語り掛けてくる。

「他の場所を探すか…」

背を向けた瞬間。何かの気配を背中から感じる。

冷たい。まるで水でも掛けられたような感覚。

「冷てっ…!?」

異変を感じ後ろに目を向けると、スライムの様な物が背中に向けて攻撃をしようとしている。

「スライム…か。ふっ、俺の腕の見せどころよ…!」

凪は拳を構えスライムのいる方向へ向かう。

だが世界はそう甘くない。凪の攻撃など、過酷な環境で生き抜いた来た魔物にとっては、蟻の攻撃以下なのだ。

「…!?」

凪の勢いの付いたパンチを飛んで躱し、凪の頭にスライムが乗り、覆い被さる。スライムは宇宙飛行士のヘルメットの様に、凪の顔に張り付く。

(息が…出来ない…!)

先程勘違いしたように、スライムは水の様なもので出来ているらしい。分かった所で、対処出来る訳でも無いが。

「んぐっ…あぁあ…!」

スライムを引き剥がそうと、手で必死に藻掻く。

だが抵抗虚しくスライムは顔から引き離れない。

息が切れる。死ぬ。

今まで生きてきた中で1番強いであろう力を出した瞬間スライムは凪の頭と一緒に右方向に回転する。凪の首は捻れ、何周かした頃に胴体と頭が引き離れる。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

息が切れる。首が地面に落ちてやっと、スライムは頭から離れる。

だが今離れたとてもう遅い。脳に行く酸素は底を尽き、目を開き、思考しているだけで死にそうになる。涙が溢れ落ちる。悲鳴を上げたい。今すぐ助けを呼びたい。逃げたい。だがその言葉を発する酸素も残っていない。凪は打ち上げられた魚の様に口を開き、閉じるを繰り返す。

意識が途切れる。回復出来ない。自分の能力はなんだったか。思い出せ。記憶を辿れ。

戦闘能力?魔法?違う。違う違う違う。

自分の能力はもっと、もっと弱者に向けた力。思い出す。女の言葉を『自己回復』を。

身体を再生しろ。生き返れ。ひたすら黒く、暗い無意識の空間から抜け出すのだ。

治れ。俺の身体。脳では無い。

何か。魂から願った。願う。願う。願う。

「…!!へぁ!!」

首が無くなり倒れ込んだ胴体から顔が生える。

「痛い…あ…あ…ぁああああ!!!」

頭を掻きむしり、地面に擦り付ける。

「今はこんな事…してる暇は…」

身体から出た液体で顔をぐちゃぐちゃにしながら、大切な物を失った子供のように、泣きわめきながら周りを見回す。

「あれ…は…」

近くにあの女が使っていた刀が落ちている。何故ここに?考えている暇なんて無い。もう一度殺されたら…首を落とされたら、また下半身を吹き飛ばされたら。復活出来るのか?能力は無限なのか?有限なのか?

圧倒的な『恐怖』が思考を遮る。

この感情から逃れようと、刀を手に取る。

「これで………殺す。殺す!!」

恐怖と同じ、それ以上の『殺意』に目覚め、己の血に染まり、赤色に染まったスライムに斬り掛かる。

怖かったから、殺した。

「死ね!死ね!!」

半分、3等分になり、一瞬で死んだであろうスライムを何回も、何回も『殺意』と『恐怖』に任せ斬り刻む。

『やったね…初めての殺しだ。ここまで躊躇もせずに殺しをしたのは君が初めてかな?あれ…他にも居たかも。』

「…うるせえ。」

今の凪の心情も考えずに脳に語り掛け、脳内に響く音に尋常ではない怒りを感じる。殺意を感じる。

殺す。殺したい。死ね。

なんて気持ちは長くは続かない。

人の『死』の重みを知らない。

「は…?ヴぉえ!!ぉえ!!ゲホッ…おぇ!!」

ゲロが地面に落ち、音を立てる。

脳はパニックに陥り、心臓の音が聞こえる。心臓の鼓動しか聞こえない。聞きたくない。

見たくない。逃げたい。消えたい。消えたくない。死にたくない。

先程まで暴れ回っていた『恐怖』『殺意』『憤怒』

は自らの頭を目にして収まった。

凪は胴体から頭を再生した。

その再生しなかった方の自分の頭を目撃したのだ。

頭は血だらけになり、白目を剥き、涙を流し、苦しんでいたのが分かる。経験したから。

さっきまで渦巻いていた感情が再び『恐怖』によって支配される。

「…あ…あぁ…!何で!やめ、ぉえ!やめてくぇえよ!!」

凪は目を手で覆い、刀を持ち、木の影に隠れる。

「うぅ…あぁ…ああああ…!」

もはや単語を並べる気にもならない。今まで感じた恐怖を凌駕する。自分の死体。血。頭を見た。凪は蹲り、泣きじゃくる。

「帰りたい…帰りたいよ…俺だけなん…」

泣き言を言う。その瞬間、身体中が何かの熱に包まれる。暖かい。この世界に来てから初めての安心。今だけは死なない気がする。

そして感じる良い香り。恋愛経験が乏しい凪でも分かる。確実に女性の匂いだ。抱きしめられている。

異世界に来たのもが意味がわからないが、急にこんな森奥で女性に抱きしめられる方が意味が分からない。

ゆっくりと顔を上げる。

「また…お前かよ…」

泣きながら、震えた声で女に言う。

前に居たのは脳に語り掛けてきた女。整った顔でこちらを見てくる。

「森の途中までは…僕と行こうか。」

女がこちらに手を差し出し、立ち上がる。

最後に会った時とは全く違う話し方。いかにも女性という感じの話し方に安心感を覚える。

凪は女の手を握り、ゆっくりと、不安定な足取りで歩き出す。

「森を抜ければ、街がある。頑張ろうか。」

女は目印になりそうな光る鉱石のような物を持っており、それを来た道に巻いている。

ーーーーーーーーーーーーーーーー

2キロ程度歩いただろうか。その時だった。

「こっから1人は怖いだろうけど、ここで僕はおさらばだ。」

そう言うと女は鉱石を凪に渡す。

「え…?あぁ…うん。」

これから1人という不安に駆られ、言葉を発せない。

引き止める間も無く、別れに何か言えることもなく、女は何処かへ消えていった。

気を逸らそうとしても消えてはくれない恐怖と不安。少しでも気を逸らそうと草むらに隠れ、横たわる。

「俺だけ…なんで…」

1人涙を流しながら目を閉じる。

「…んあ?」

意識が飛んでいた。1日も歩きっぱなしだったのだ。凪は恐怖の裏に隠れていた、睡眠欲に気付かなかった。

「身体は…無事か。」

寝ている途中で何かあったんじゃないかと不安に駆られながら、身体中を触って確かめる。

幸い、近くに魔獣などは居なく、襲われても居ない様だ。

「それにしても…腹がな…」

丸1日水分も食事も取っていない凪の胃袋は悲鳴を上げていた。

「でもなあ…食うもんもねえしな…」

草むらで独り言を呟く。

周りを見渡すが肉も無い。

草も食べて良いのか分からない。

なら、凪が知っていて食料がある場所は1つ。

「でも…良いのか?ダメだ。これ以上何も食わないと人間として終わる気がする…ごめんな…みんな。」

もう数時間も経てば人間としての活動が出来なくなりそうな気がした。

凪は唯一知っている食料がある場所に、1人という不安に駆られ、地面に這いつくばりながら向かう。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「おぇ!!臭せぇ…」

強烈な異臭に嘔吐感が込み上げる。

凪の視界に広がるのは馴染み深い教室。

異世界に来てから初めて目にした光景。

床にはゲロが乾いたものと見るも無惨な腐った死体が転がっている。

「これを…食うのか…?ヴぉえ!!ゲホッ!ぉえ」

ゲロを吐き、身体が目の前の食料を食らうことを拒否している。

迷う。座り込んだ。泣いた。

泣き疲れ、充血した目で周りを見渡す。

食べ切れないほどの食料。

声を上げる胃袋。

意識が途切れる。肉を頬張る。

食らいつく。魔獣の様に。

周りに飛ぶ小バエ。気にしない。気にならない。

ぐちゃぐちゃになり誰かも判断が出来ない死体に、必死に食らいつく。

嫌に柔らかい肉、ゲロ以下の味と溜まり、固まった血が口に、喉に流れ込む。

泣く。泣いた。

泣きながら頬張った。

吐いた。また食った。

腹を満たした。

逃げた。

血と肉で汚れた口を袖で拭いながら。

森の奥に。走った。走り続けた。

そこに見えた微かな光。



ーーーーー森を抜けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ