第1話 『崩壊の光』
『おめでとう…君は選ばれたんだ。』
その瞬間。教室が白色の光に包まれる。
死んだ。
――――――――――――――――――――
「うぅ…。ぉえ…!!!」
「酸っぺ…。」
意識が戻り、目に光が入ったその瞬間、凪はゲロを吐き、嘔吐する。
「俺は…死んだのか…??」
青ざめた顔で呟くと、また激しい嘔吐感が込み上げてくる。
「ここは…どこなんだ…?」
教室の中から窓の外を見渡すとそこには木が何本も生えている。薄暗い森。
そしてもっと不思議なのが、凪の所属している2年2組の教室だけが森に置かれている状況。
「んな事はどうでもいい…」
今すぐこの吐き気から逃れたい。考えるよりも先に身体が動く。
「…?って!きったね!」
無論。凪以外にも教室に居るクライメイトは名前と同じく光に飲み込まれ、身体が崩壊する感覚を味わっている。教室に居る人間はもれなく全員吐いている。
ゲロだらけの床から嘔吐物が掛かっていない所を見つけ、座り込む。
数分経っただろうか。やけに周りが騒がしい。
クラスメイト達は皆窓側に行き、外を指差し、騒いでいる。
そこへ便乗するように、凪も向かう。
「どれどれ…?」
凪も他のクラスメイト同様に窓の外を見る。
(なんだ…?あれ。)
心の中で呟く。
窓の外には絵に書いたような全身が血濡れている、如何にもな怪物がこちらに近ずいていた。
「なんだあれ…魔獣的な物か…?」
恐怖心を煽る見た目をしている魔獣に目を向け、震えた声で言う。
そんな独り言を呟いている間に魔獣は手を振り上げる。
「やべっ…!」
何の攻撃が飛んでくるかも分からない、が。
身体が逃げろと語り掛けてくる。
「!!!」
凪は動かないクラスメイトの注目も気にせず、ゲロだらけの床にダイブし、攻撃から逃げようとする。頭は窓からできるだけ離れる為に、足を窓側に向け、踞る。
「ーーーー」
その瞬間、魔獣が手を下げると同時に激しい爆風が教室の壁、クラスメイトの体、凪の足を吹き飛ばす。
「ごわっ…!!!」
教室のドア付近まで吹き飛ばされ壁に寄りかかる。
「まだ…生きてるのか…?」
体は無事なのかと、無事だった手で、身体中を触る。
「上半身はとりあえず無事か。そのまま下半身も……?」
熱い。何か大事な物が下の方から抜けていく気がする。下半身とは逆に青ざめ、冷たくなる顔も気にせず、あるはずの下半身に目を向ける。
「なんなんだよ…これぇえ…」
もはや驚き騒ぐ気力も無い。寒い。熱い。何かが抜けていく。
不思議と痛みは感じなかった。名前の心の内を支配していたのは絶対的な『恐怖』であった。
「ぁう…ぁ、おえ!!」
見るも無惨に吹き飛ばされた下半身から目を離せないで居るうちに激しい嘔吐感が胃から口へと凄まじい速さで上がってくる。
ゲロを吐く。赤く染まった床に黄色い嘔吐物が上書きされる。
心臓の鼓動に合わせ、血が吹き出て行く。
「目を…離すん……だ、」
下半身はもう見ていても得はない。教室の自分以外に目を向ける。
「……ぁ。あ、あああああ!!!」
小さく、掠れた声で恐怖する。
何故今まで気付かなかったのだ。
名前の周りにはもう人の判別、そもそも人として見れるかすら危うい、見るも無惨な損壊遺体が何体も転がっていた。
「なんで……俺だけ…たす、たすけて。くえ、くれよぉお……。」
血濡れ、ゲロに塗れた顔に涙と鼻水が追加される。
「……ぁ。…あ、あ!あ!あ!」
そんな情けない姿を晒している内に、外に吹き飛んだ数人のクラスメイトの死体を下品に食べていた魔獣が生きているこちらに目をつけ、近ずいて来る。
「ゃめ…やめ。やめでぇくえ…やめてくれぇえ。」
もう酷いほど汚れた顔に大粒の涙が大量に流れ落ちる。
怖い?死にたくない?痛い?熱い?寒い?眠い?どれが今感じている感情なのか分からない。分からない。分かるのか。分からないのかすら分からない。怖い。怖い。怖い。怖い。死にたくない。死にたくない。死にたくない。
生物としての本能が、凪の死に対しての恐怖を更に倍増させる。
怖い。やめろ。怖い。怖い。怖い。
『圧倒的な恐怖。いいね。条件は満たされた。』
あの時聞いた声。死んだ時。光に包まれた時に聞いた女の声がした。
「あごっ!!!」
脳内に声が響くと同時に、心臓の鼓動と共に、吹き出ていた血が止まり、みるみる内に傷が塞がっていく。
先程まで無かったはずの下半身が一瞬の内に再生する。
「痛ッ!!」
もう傷口も無いはずなのに。さっきまで感じなかったはずの痛みが急に凪を襲う。
「ぁあ…あ!」
痛みに耐えられなくて、苦しくて、凪はただ悶えるだけ。
近ずいて来る魔獣に何も対抗出来ないまま、
痛む所を必死に抑える凪は恐怖する。
ーーーーーその瞬間。
凪の前に急に女が現れる。
女は何も言わず、女は腰に掛けた刀を抜く。
何故異世界に刀がある?なんて疑問は考えてられない。前にいる女に目を向ける。
風が吹いた。女が刀を持ち、魔獣に届かないであろう距離で振った瞬間。
「さ、事も片付いたし、話をしようか。」
「はぁあ?お、お前は何言ってるだよぉお。あそこにまだ魔獣が。」
こちらを見た女に今見たままの状況を伝える。
そして、女は片付いたと言っているがまだ魔獣は目の前に立っている。
「ん?あぁ。」
そう言うと女は立っている怪物の頭を刀の柄の部分で小突く。
魔獣の頭は地面に落ち、その綺麗な断面をこちらに見せ付ける。
「えあ?あ、あれ、死ん、死んだのか?」
凪の質問に女は黙って頭を縦に振る。
「そんな質問どうでもいいだろ?お前は俺に言う事があるはずだ。」
先程直接脳に語り掛けてきた時とは明らかに雰囲気が違う。人が変わったかのような口調をしている。
「さっきと随分口調が変わったな…」
「んで、言う事…?」
整った顔立ちの女に思わず見入っている内に浮かび上がる。
「あぁ!お前は…脳内に語りかけてきた奴…か?」
「変な呼び方だな…まあ正解だ。」
「お前が…俺を。俺達をこっちに送った。いや、殺した犯人か?」
「そうだが…。別に痛くないし気にしてないだろ?」
「そういう事じゃねえんだよ…!」
「でも、今俺はお前の事助けただろ!」
女は男のような口調で可愛らしい声を張り上げ必死に主張する。
「そうだけど…そういう事じゃないんだよ…」
「そこら辺の問題は自分で解決してもらって。」
生意気な態度を取る女に対し、今すぐ元の場所に帰してくれという言葉を飲み込んだ。
苛立ちを隠せない気がしたので話題を変えた。
「そうだそうだ…せっかく転生?したんだ…能力とか無いのか?」
「は…?」
女が究極のアホを見るような顔をする。
「なんだよその顔!」
「お前…あんなに普通に能力使ってたのに分からないのか?ほんとにバカなんだな…」
「あんな思い出すだけでゲロ吐きそうな状況で自分の能力なんて考えてる暇無いだろ…」
「まあそうか…?」
女はギリギリ納得してくれたらしい。
「で、結局俺の能力ってなんなんだ?」
質問を回答するのか、女は口を開く。
「お前の能力は…『自己回復』治癒魔法的な物だ。」
「おお!なんかすげえな!」
自分でもよく分からない能力に小学生並みの感想を口にする。
この能力なら、吹き飛ばされた下半身が再生したのにも納得が行く。
「いやでも、普通に治癒魔法があるし俺の能力意味無くないか?」
「ご安心を。残念なのか良い事なのか、この世界には治癒魔法は無い。効果が薄い薬草位ならあるけどな。」
回答をする女が衝撃の事実を伝える。
治癒魔法のない異世界など聞いた事が無いが…
まあ折角手にした自分の能力が無駄になら無かったのだ。良いだろう。
「この世界で回復能力を使える生物は片手で数えられる程度だ。とっても素晴らしい能力なんだから、惜しまず使えよ。」
「それって怪我する前提…?」
女の言葉に不安を感じ言葉を発する。
「ま、これで俺の役割は終わり。こっからの生活頑張ってね。」
「ちょっと待て!」
もうすぐ行きそうな女を声を張り上げ引き止める。
「なんで俺を助けに来たんだ?」
「逆にお前は誰も助けに来ないままあの魔獣に永遠に食べ続けられたかったのか?」
「まあ…そうか。嫌だな。」
「じゃ、俺はもう行くよ。頑張れよな。」
そう言うと女はどこかへ消えていった。
凪は死体の強烈な匂いから逃げるように森の先へ進んで行く。