女騎士アルテミス・エルドラド建国記『人の書』(HDリマスター版)
サトゥルヌスの化身 〜運命に抗う者たちよ、偉大なる神の名を讃えよ!〜
雨が、降り続いています。
秋に播いた麦が、穂を付ける時期。
『異常気象』の長雨が『クロノシア侯爵領』に、降り続いているのです。
雨は常に恵みの雨とはなりません。
特に麦の穂にとっては、登熟不良による未熟粒、カビの繁殖による毒性化、穂発芽の恐れがあります。
昨年も、この時期に長雨があり、不作になったと聞いています。
この領地に来た頃には、冬を越せるかどうか、といった具合でした。
領民にも不安が広がります。
相手は『異常気象』。『クロノシア侯爵領』の危機です。
『魔女様』は、何日も、自室に籠もっています。
そんな『魔女様』が、私の執務室にやってきました。
「……ごめんなさい、アルテミス」
今にも泣き出しそうな声。
私は、慌てて『魔女様』に尋ねます。
「何を謝ることがあるのです?それより、お休みになられてないのではないですか?」
憔悴しきった顔は、あまり寝ていないように、感じさせます。
「……アルテミス、私は、『運命の神』の権能で未来を占ったり、『時間の神』の権能で過去に遡ったりして『シミュレーション』をしてみたの。その結果、この『異常気象』の長雨により、『クロノシア侯爵領』は……大不作になるわ」
恐れていた事態が現実のものとなりました。
他の領地ならば、耐えることもできるかも知れませんが、『クロノシア侯爵領』は昨年の不作で、食料の備蓄をすべて放出しています。
「政治的な手段で考えましょう。他領や王権に援助を求めるのです」
ですが『魔女様』は、悲壮感をもって伝えてきます。
「それも『シミュレーション』済みよ。『王国』を含む、広範囲が不作になる。みんな、自分の領地のことで精一杯で、『クロノシア侯爵領』のことまで、面倒を見切れないはずだわ」
絶望的な、その『予測』に、私は目眩がしました。
「『魔女様』、『権能』を使いましょう!『原因』の運命を変えれば、『異常気象』は回避できるのでしょう?」
「……それが、そう簡単でもないのよ。例えば、今、『クロノシア侯爵領』に長雨をもたらしている、この雨雲を取り除いたとしても、気流に乗って新しい雨雲がやってくる。気流を取り除いたとしても、海流の影響を受けているから、また同じ所に気流ができる」
理路整然と説明していますが、私には、『魔女様』の一言一言が、悲しみで溢れているように感じました。
「……そうやって『原因』が、何なのか判別できない。人間の経済活動の影響、大気構成の変化、森林の減少、海流の変遷、偏西風の蛇行……すべてが『異常気象』に関わっているから、どれか1つを是正しても、効果はないのよ」
ビリヤードのブレイクショットのようなものでしょうか?すべてのボールが目まぐるしく動きまわり、時にぶつかり、時にホールに落ちる。
ゲームが始まってしまったら、10個のボールが整然と並ぶ状態には、戻せない。
『魔女様』が、その場に崩れ落ちる。咄嗟に駆け寄る、私!
「……ごめんなさい、ごめんなさい。『力』を持つ私が、こんな時に、何もできないだなんて」
『この人』は、『力』を持つ者の『責任』を知っている。
それ故に、その『責任』に押し潰されそうになっているのでしょう。
「……『魔女様』は、何もしてないわけではありません。だから落ち着いて。きっと、何か手立てはあるはずです」
私は、自然と『魔女様』を抱き締めていました。
しばらく、静寂が訪れます。
麦畑に降る雨音が、聞こえてくるようです。
「……アルテミス、私が『世界』を手に入れようとするならば、あなたが私を殺しなさい!!」
「いきなり、何を言うのですか!?」
『魔女様』は、そっと離れて、私の目を真っ直ぐに見て話します。
「私は、この大地、『ガイア』を掌握し、『異常気象』が起こらない、安定した気候を手に入れます。だけれども、それは『ガイア』の全てに対する侵略行為と見なされるかも知れません」
『魔女様』は、決意をもって告げます。
「……だから、お願い、アルテミス!私に少しでも、その意志があると思ったのならば、あなたの手で私を止めてください!!」
それは、全てを救わんとする『慈悲』にして、全ての自由を保障する『責任』の宣言に聞こえました。
私は、騎士のように、片膝立ちの礼をします。
そして『魔女様』を見上げながら、告げます。
「かしこまりました。あなたの行動の全てを見定め、侵略の意志があるのならば、私が、あなたを殺します!」
『魔女様』は、憑き物が取れたような、穏やかな表情をして、
「……そう、よろしい」
と、つぶやきました。
私、アルテミスは雨の中、馬を走らせています。
『権能』の力は『信仰』の力。
領民に事情を話して回り、一緒に『祈り』を捧げてほしいと、お願いするのです。
こればかりは、領主である私が、行かなければならないと思いました。
「『魔女様』が、祈ってくださるのよね?」
「わかったよ!領主様!」
「『魔女様』が、お願いしてるんだな?」
「洪水の時、『魔女様』の祈りで新しい農地が助かった。領主様と『魔女様』の頼みなら何でもするよ!」
「『魔女様』は、儂らに『差し入れ』をくれて、儂らの要望を聞いてくれた。そして、すぐに改善されたのじゃ。『魔女様』のためなら、祈りましょうぞ!」
領民たちは、概ね好意的でした。
特に最後。『差し入れ』と言っても、紅茶やビスケットだったはずです。
『タバコミュニケーション』は絶大!!
家の前で『祈り』を捧げるだけで良い、と言ったのですが、多くの領民が、領主の館の周りに集まってくれました。
普段、人前に出ないようにしている『魔女様』も、この時ばかりは領民の前に姿を現し、共に『祈り』を捧げようとしています。
皆が注目する中、『魔女様』が挨拶します。
「ありがとう、領民のみなさん。私の『権能』により、この『クロノシア侯爵領』を含む『王国』の……いいえ、この『ガイア』の大地の『異常気象』を解消したいと思います。共に『祈り』を捧げてください」
領民たちは「『魔女様』!」と声援を送り、『魔女様』も手を降って応えます。
静寂が訪れ『魔女様』の気配が変わります!
いよいよ『祈り』が始まります!
「我が信奉を捧げる神よ!我らを救い給え!
『運命の神』の権能をもて、暗雲を退け給え!
我らは求めます、農耕に適した天候を!
我らは求めます、『異常気象』の打破を!
【主神級】の加護を越えて、
【絶対神級】の加護を望む、
我らをお許しください!
ですが、我らは、……」
そこまで唱えて、『魔女様』は血を吐き出します!
『権能』の根源たる、大いなる存在の『真名』を唱えずに『奇跡』を欲したことに対する、反動のように思えました。
倒れる『魔女様』。慌てて支える私。
その時、領民たちが声援を送ります!!
「女王様!サトゥルヌスの化身様!」
「女王様、負けないで!!」
「偉大なるサトゥルヌス様!どうか女王様をお守りください!」
「サトゥルヌス様!どうか我らをお救いください!」
「『農耕の神』サトゥルヌスよ!私は農夫です!あなたを信仰してきました!」
「女王様、立て!立つんだ、女王様!」
驚きました。『魔女様の秘密』……
『牢獄に捕らえられているはずの、元女王であること』
が、領民には、筒抜けだったのです!!
「領主様、我々は女王様がしてくださったことを覚えています』
一人の男性が、私に語り掛けてきます。
「厳しい生活を、強いられていた私達のために、強制労働と差別を廃止する『神々と人間との契約』を、授けてくださったのです」
そう言って、男性は空を見上げます。
そう、あれが『強制労働と差別を廃止する法令』の象徴。
『王国』の空を囲む『サートゥルナーリア大結界』。
自由と自立の象徴であり、『私達』が成した奇跡!!
その言葉を聞き、『魔女様』は立ち上がります。
私に寄りかかりながらも、『祈り』の『祝詞』を続けます。
「さあ、あなた様の『信仰』は、この『クロノシア侯爵領』に満ち、
あなた様を呼ぶ声は、この『ガイア』に響き渡ることでしょう!
『サートゥルナーリアの大結界』よ、我が『祈り』に応えよ!
共に『奇跡』を起こし、我らを苦しめる『異常気象』を取り除くのです!!」
空に浮かぶ『サートゥルナーリアの大結界』が、光り輝きます!
『祈り』の光が『ガイア』の大地を包み込むように広がっていきます!!
「さあ、我が信奉を捧げる、大いなる神よ!
我らが『祈り』を、お聞きください!
我らが『信仰』を、感じてください!
我らに呼応して『王国』中の信徒が、
あなたに『祈り』を捧げ、
あなたを『信仰』することでしょう!」
周囲の領民も、大いなる神の名前を唱えます。
「今こそ『奇跡』を起こしましょう!我が信奉する神—」
『信仰』の光が満ちていく。そして、
「『 サ ト ゥ ル ヌ ス 』!!」
ここは『クロノシア侯爵領』の西側。今は『白虎道』と呼ばれる場所。
ここは古来より王家が、北からの侵略者を迎え討つ『古戦場』だった。
しかし、『王国』の初代国王・ソロモンにより、『神々と人間との契約』である『王国法』が制定されてから『戦争』が起こることはなかった。
今、『白虎道』には『戦争』の跡がある。
物が焼け焦げた臭い、血の臭い、そして、死体の臭い……
これらの死体は、『王国』の三軍の騎士団、近衛騎士団が多数であった。
そんな中を、髪を振り乱しながら、何かを探す女性の影。
そして、何かを見つけ……
「……あぁ、あぁ、やっと『会えた』。私の愛しい人……」
歓喜の涙を流す。だが、目の焦点は合っていない。
喜びも束の間、その感情は憎しみへと、反転する。
『権能』の力が渦巻く。黒き、憎しみの波動を纏って。
そして、周囲の死体が『動き出す』。
女性……ペルセポネを中心に、死体が起き上がり、昏い眼を向け、騎士の礼を捧げる。
アンデッドの騎士団に囲まれて、ペルセポネがより一層、『権能』の力を込める。
すると、ペルセポネの想い人……幼き国王・ハーデス陛下が、生前の姿で蘇る。
……しかし、その双眸は暗い。
「……あぁ、ハーデス。あなたを傷付けた者達に、報いを与えましょう!」
アンデッドの騎士団は動き出す。復讐のために。
その軍勢を指揮するペルセポネは、まさに『冥界の女王』。
その日、世界はアンデッドの軍勢に、飲み込まれた。




