4、風の少年と族退治
「玲ー!起きてー!」
ドアをドンドンとノックする音が聞こえる。一体誰が……。
枕元のスマホを手に取り、時刻を確認する。まだ六時にもなってないじゃないか……、といやいや体を起こすと、目の前に広がる見知らぬ部屋にふと我に返った。
そうか、ここは家じゃないから……。今日も学校だし、一度家に帰る必要があるのか。
「起きたかーい?」
外から聞こえる声が所長のもので、家に戻る時間を考えて早めに起こしてくれていることに気づいた俺は、すぐにドアの方へと向かう。
「おはようございます」
「おはよう。朝食はできてますから、着替えたら降りてきてください」
そう言い残して、彼は下の相談所へ戻っていった。
部屋を貸してくれた上に、朝食も作ってくれるなんて、至れり尽くせりだなぁ……。
急いで着替えた俺は、外にある階段を降りて相談所の中へ入る。
「おはよー」
「はよー」
聞こえてきた二つの声に、俺は驚く。
火花はいい。昨日、ここに住んでいるという話は聞いた。だがもう一人の声の主は……
「なんで雄大もここに?」
「俺もここに住んでんの!」
そう言われて、俺は納得する。相談所の上にある部屋は四つで、俺が昨日部屋に上がったとき、他二つの部屋に明かりがついていた。所長は俺を案内してくれていたから部屋に明かりがついていないとして、その二つの部屋は火花と雄大だったわけだ。
「じゃあ雄大も学校には行ってないのか?」
「いや?行ってるぞ」
そんな会話をしつつ席につく。テーブルには四人分の朝食が並んでいる。
いつもと違って二対二で向かい合ってソファに座り、「いただきまーす」と声を揃えて挨拶をして、食べ始める。
「これ、所長が?」
俺は皿に乗ったスクランブルエッグやウインナーを指して聞いた。簡素ではあるがどれも絶品だ。
「そうですね。火花も手伝ってくれましたが」
「アタシは卵を混ぜたりしたくらいだよ。所長はすごく料理が上手いんだから」
誇らしげに火花が言った。自分が褒められているわけでもないのに、随分と嬉しそうだ。
そんな賑やかな朝食を食べ終わり、俺は支度をする。家に戻り、学校に行かなければならない。電車に乗る必要があるので、遅れないといいのだが。
「お金はありますか?相談所までの交通費はこちらが負担するので、今度教えてくださいね」
所長はそう言って、なんと駅まで送ってくれた。意外だったのは、彼が車を運転することだ。そういえば昨日も車で迎えにきたというようなことを言ってはいたが。
そして、高級車だった。一体彼は何者なのだろうか……。そんな疑問を抱きつつ、駅へと入っていく。
「いってらっしゃい」
「いってきます!」
所長に見送られながら、俺は改札をくぐった。
「ただいま」
俺は小さく呟くように言って、自宅の玄関を上がる。そのまま誰にも会うことなく、階段を登り、自分の部屋に着いた。
鞄に必要なものを入れ、課題が終わっていないことに気づく。それを見て、学校で終わらせることにした俺は、そのまま鞄に放り込む。制服に着替えて、部屋を出る。
隣の部屋はまだ閉まっていた。この時間ならまだ平気だろうが、遅刻しないか心配だ。隣の部屋のドアを見ながら俺はそう思った。そのドアに向けて、「いってきます」と小さく囁き、俺は階段を降りていく。
それから、タイミングをミスったなと思った。
「……帰ってきてたの」
「……ああ」
かけられた言葉に俺は少し遅れて反応する。
「朝食は?」
「食べてきた」
俺はそっけなく目の前の女にそう返して玄関に向かう。彼女がリビングに戻ったのを感じながら、俺はドアを開ける。
そして、何も言わずに外へ出た。
それから学校も終わって、昨日のように、一度家に帰ってからまた相談所へ向かう。
「おはようございまーす」
「おかえりなさい」
澪を見習って、バイトの挨拶の基本といわれる挨拶をしてみたのだが、返ってくる返事といまいち噛み合わない。今度からは俺もただいまの方がいいかもしれない。
中に入ると、所長と火花がコーヒーを飲んでいた。
「……お前、コーヒー飲めるんだな」
「コーヒー牛乳だが?」
火花の返しに所長は必死に笑いを堪えていた。
「……君も飲みますか?」
「あ、はい。そういえば、雄大は?」
俺は部屋を見回しながら聞いた。
「まだ帰ってきてないな」
火花がそう答える。
意外だなぁ、真面目に学校行ってたのか。チャラチャラしてそうなのは見た目だけなのだろうか。そんなことを考えていたら、噂をすればだ。
「ああもう!うるせぇ!俺は戻らねぇっての!」
外から雄大の声がした。誰かと揉めているようだ。
「うわぁ……、また来ましたね」
所長が困ったような顔をする。
「あいつらも懲りねぇな……。もう半年くらい経つぞ」
火花も呆れ顔だ。
俺は状況が分からず首を傾げる。そんな俺に所長が、
「気になるなら見に行ってみたらどうですか?」
と言った。他の相談員のことを知るチャンスだと言われ、俺は外へ出てみる。そこには雄大と……
なんか悪そうな人たち!!
俺は雄大を取り囲む柄の悪そうな見た目の彼らを見てそう思った。
……はっ、もしや、絡まれてるのか。雄大、背低いしな。舐められてるのかもしれない。
「おいそこの玲。今お前失礼なこと考えたな」
「え、いや、別に!……って、気づいてたのか」
慌てて否定し、ふと思った。勘が鋭いんだな。
「それより、その人達は……」
「あぁん?」
誰なのかと聞こうとして、彼らに凄まれ思わず言葉を引っ込める。
「ああ〜」
雄大が言葉を探すように目線を上に向け、「言わなきゃダメか?う〜ん」などと唸った後、決心したようにこちらに向き直り、言った。
「俺の元いた族の、仲間、だ……」
族?ヤンチャそうだとは思っていたが、まさか元ヤンだったとは。
「テメェこそ、何者だよぉ」
雄大の元仲間の一人が俺に尋ねてくる。ひぃっ、と思わず声に出した後、俺は大人しく正直に答える。
「そこの相談所の、相談員です!」
「!?」
彼らに衝撃が走る。驚いたように目を見開いた後、彼らは突然俺に向かって跪く。
「……?」
「俺が言ったんだ。相談所のみんなには手を出すな。俺の大事な人達だからって。そしたら、跪くようになった」
呆然とする俺に、雄大は額に手を当て呆れながら説明した。
えっと、これは、このまま放置でいいのか?
跪き続ける彼らをどうすればいいか考え、そういえば、と雄大に尋ねる。
「なんでさっき怒鳴ってたんだ?」
「ああ、そいつらの……俺の元いたところは俺の、使い手の力に頼り切りでさ。俺が抜けた途端にどんどん弱くなって。それで、族を抜けて相談員になった半年くらい前からずっと、戻ってきてくれって言われてんの」
納得だ。使い手の力に頼り切りだった奴らが雄大を失った穴は大きいだろう。まぁ、さすがに半年も経ってるなら普通は諦めそうなものだが。
そんな彼らに、雄大が諭すように語りかける。
「俺は自分の力を、人のために使おうって決めたんだ。だからごめん。お前らの元には帰れない。お前らもさ、喧嘩強いんだし、そういうのを人のために活かせるようになんなよ」
雄大は彼らに向けて笑った。
「うう、雄大サマ……」
彼らは感動に目を潤ませる。
「ありがとうございます!また来ます!」
「いや、もう来んな!」
雄大の元仲間を追い払った俺と雄大は、相談所へ入る。
「おかえりなさい。早速だけど、ご相談が来てます。雄大適任のね」
所長は俺達が中に入るなり、いきなり仕事を任せてきた。
「雄大適任?」
「そうです。倉庫にたむろしている子たちを追い払って欲しいというご相談。玲もついて行ってくださいね」
「俺も?」
所長の言葉に俺は思わず聞き返す。
「他の相談員の技を見ておくのは大事ですよ。毎回同じ子と行くのもつまらないでしょうし」
なるほど、と納得している俺の隣で、雄大がため息をついていた。適任だとか言われる辺り、もう何度かこの依頼をこなしたことがあるのだろう。毒を以て毒を制す、というようなものだろうか。
所長の話では、たむろしている彼らはほぼ毎日そこに来ているようなので、今日これから行くことにした。夕方だし、ちょうどいい時間だろう。
ずっと制服のままだった雄大が私服に着替え、出発の準備をした後、ふと思い出して俺は聞いてみる。
「そういやお前、学校真面目に行ってる?」
「行ってる」
「でも今日もピアスで風紀委員に捕まった〜」
「火花お前……、余計なこと言うな!!」
空が暗くなってきた頃、俺たちは貸し倉庫の並ぶエリアに来た。ここの一つに彼らが縄張りにしてる倉庫があるそうだ。
「さて、どれかな〜っと」
呑気にお目当ての倉庫を探す雄大とは裏腹に、少し怖くなってきた俺は言った。
「怖い奴らが来たら、お前が俺のこと守ってくれよ?」
「え、なんかやだ」
拒絶された。仕方ない。自分の身は自分で守ろう。
そのうちに、中からガヤガヤと声が聞こえてくる倉庫を見つけた。「ここだな」と呟いた雄大が、倉庫の入り口に近づいていく。
そして彼は、倉庫の中に向かって叫んだ。
「お前ら!人の倉庫に勝手に入るな!たむろするな!出てけ!!」
うわっ、正当方……。いきなり殴りかかるとかそういう感じじゃないのか……。
すると中から、ゾロゾロと柄の悪そうな奴らが出てきた。揃いも揃って目つきが悪く、俺はまた「ひぃっ」と悲鳴を上げてしまった。
「なっ、お前、”風神”じゃねぇか!」
一番先頭の立っていた大柄の男がそう言った。
「ふ、風神……」
俺は思わず吹き出す。隣の雄大が小声で「後で覚えてろよ」と言ってきた。
未だ笑いの収まらない俺を置いて、目の前の男が続ける。
「なんだ、喧嘩しにきたのか?その、ずるい力を使って」
「違う。仕事だ。内容は、お前らをここから追い払うことだ。容赦はしない」
雄大を睨み、揶揄うように言った相手に対して、雄大は冷静にそう告げた。
雄大が手を前に出す。すると、後方にいた奴らが倉庫の奥にぶっ飛んでいった。
相手は攻撃を仕掛けてくるが、今度は雄大は風の力を使わなかった。近づいてくる敵に拳を入れ蹴りを入れ、全員が地に倒れた。
あいつ、普通に喧嘩も強いんじゃないか……。
少し離れたところで様子を見ていた俺は、そう感じた。風の力がなくたって、彼は強いのに、それを見ないふりをしていたような先ほどの彼らの言動に、少し腹が立った。
そんな風に突っ立っていた俺に、雄大が近づいてきた。
「これで片付いたな」
「ああ、そうだな」
パンパンと手を払いながら言う雄大に、俺はそう返した。
「でもあんま、手応えもなかったし、これで終わりってのはつまんねぇな……」
もう十分だと思うが、と俺が口にするより先に、雄大が数歩前に出る。
「今日は風が強いだろ?」
「え、まぁ……」
手を広げて気持ちよさそうに風に吹かれながら雄大は言った。何かよからぬことを考えているような顔で。
「俺の力は風の強さに左右されるからな。弱い風の日はあんま使えない。せっかく風の強い日に仕事が入ったんだ」
目の前に転がる不良少年達を見ながらニヤリと笑みを浮かべて雄大は続ける。
「脅しに使うのも、悪くねぇよな」
彼が空中を睨みながら素早く手を引き、軽やかに指を動かす。すると、空中を引き裂くように目に見える風の刃がブンブンと鋭い音を立てながら舞う。
ちょうど起き上がった不良少年たちはそれを見て、「ひぃっ」と息を呑むと、
「す、すみませんでした〜」
と間抜けな声を上げながら、逃げるように帰って行った。
唖然とする俺を置いて、「終わった終わった。さ、帰ろーぜ」と言いながら雄大も相談所のある方へと向かって歩いていく。
我に帰った俺は慌てて彼を追いかける。
「帰ったら甘いもんが食べたいなぁ……」
「甘いものが好きなのか?」
「そういえば玲は嫌いだったな。俺は逆。甘いもん大好きなんだよ!中でも一番はーー」
そんな会話をしながら、日が沈んだ街を並んで歩きながら、俺たちは帰路についた。
今回は短めです。
初めて玲の家の様子を少し書きました。彼にもまだ秘密……言えていない過去があります。
今週は木曜日あたりにもう一話投稿する予定です。