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使い手たちの相談所  作者: 綴ミコト
第一章 炎と相談所編
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3、初めての依頼ー後編

 ギギッと音を立てて、門が開いていく。門をくぐった先には庭が広がっていて、屋敷の扉までは少し距離があった。西洋風の屋敷で、よくもまあ、こんなに広大な家を建てられたものだ、と思う。

 俺と澪は屋敷に続く道を歩いていく。庭はもう手入れがされておらず、荒れていた。あちらこちらに置き物の残骸があるので、昔は素敵な庭だったのだろう。しかしその面影はもうなく、今となっては……

 「本当に、肝試しに向いてそうだな」

 俺の言葉に、隣を歩く澪がバッとこちらを向いた。なんてこというの、という表情で俺をジトっと睨む。

 それからしばらくして、俺たちは屋敷の前へと辿り着いた。

 「……じゃあ、開けるぞ」

 俺は澪に確認する。澪は少し震えながら、コクリと頷いた。

 門を開けた時と同じような軋んだ音を立てながら、扉が開く。すると、家の奥からガシャン!という音が響いた。

 「きゃああっ!!」

 澪が悲鳴を上げながらその場にうずくまる。俺もビクッとして身構えたが、何かが襲ってくる気配はない。

 おそらくは、扉の開いた衝撃で何か物が落ちたとか、または、中にいる人が俺たちが来たのを感じて敢えて物を落としたとか、そういったところだろう。後者だった場合、誰かが助けを求めている可能性もある。すぐにでも向かった方がいい。

 「澪、平気か?」

 俺はうずくまって震える澪に声をかける。

 「うう……、大丈夫」

 澪は立ち上がって、いつも持ち歩いている小さめの肩掛けバックの紐をギュッと握って言った。

 「でも、やっぱり怖いから、いざとなったら玲が私を守ってね?」

 少し潤んだ目で首を傾げながら澪が言った。

 「っ……、分かった。任せろ」

 そんな風に聞かれて、尻込みするわけにはいかない。俺は赤面しながら答えた。辺りが暗くて良かったと思う。

 今までの人生で全く縁のなかったドキドキするシチュエーションに戸惑いつつ、俺は澪と屋敷の中へ入っていく。

 

 誰もいない静かな廊下を進んでいく。どこかから入ってくる風が、ヒューっと不気味な音を立てながら通り過ぎていく。

 外から見た通り、中は豪邸で、部屋がいくつもある。食卓には豪華なシャンデリアがあったし、絵画が飾られていたり、花が生けてあったであろう立派な花瓶も見かけた。

 今、俺と澪がいるのは、一階だ。とりあえず奥に進み、何もなければ次は二階と三階を見にいく予定だが……。

 「今のところ、誰もいないな」

 「そうね……」

 辺りは静まり返っていて、人のいる気配もない。二人分の足音だけが聞こえる。

 やがて俺たちは突き当たりの部屋まで来た。ドアを開けて、誰もいないようなら、二階に上がろう。

 俺はドアの取っ手に手をかける。怖がらせないように、念の為澪に声をかけてから開けようと思い振り返った時だった。

 「開けるぞ」と言いかけて、俺はその言葉を途切れさせた。

 …‥嘘だろ?さっきまで、誰もいなかったはずなのに!

 そこには、澪の背後から口を塞ぎ、身動きの取れないようにしている男がいた。長い黒のローブを羽織り、フードで顔の半分が覆われていて、表情は見えない。ただ、分かった。こいつが、この事件の犯人だということは。

 「澪!」

 俺はその男に飛びかかり、同時に手のひらに火の玉をつくる。それを、澪に当たらない方へと放とうとした。

 しかし、放つ直前、彼と澪は突然姿を消した。直後、背後から蹴りをくらう。

 「がっ!」

 俺は蹴り飛ばされてそのまま床に体を打つ。

 ……なんだ、何が起こった?

 ふと、頭の中で相談者の男性の話を思い出す。下校中の少年が突然地面に吸い込まれるように消えたと。

 今のも、それと同じだったのではないだろうか。これが、俺たちと同じような使い手の力だったとしたら、警察が手出しが難しくなるのも不思議ではない。

 俺は体を起こしながら尋ねる。

 「お前は、何かの使い手、なのか……?」

 「いいえ?」

 相手が飄々と返した言葉は予想外だった。一瞬理解できなかった。彼が使い手ではないなら、今のは?

 戸惑う俺に彼は続ける。

 「ワタシは使い手ではありません。ワタシはただ、影の使い手に力を与えられた一兵卒に過ぎません」

 「一兵卒……?」

 彼の実力で一兵卒だというのか?影の使い手とは一体何者なんだ?

 俺を置いて彼は、今度はうっとりした表情を浮かべながら話し始める。

 「あのお方は素晴らしい!偉大なる影の力の使い手であり、影の組織を束ねる存在!今回ワタシは、あのお方直々に命を受け、子ども達を攫い、この屋敷に閉じ込めたのです!」

 彼の言葉の中に、俺は聞いたことのある言葉を見つけた。影の組織。火花たちの言っていた通りだったわけだ。

 影を使って逃げる、と雄大が言っていたのも思い出した。さっき攻撃を避けられたのが、それだろう。厄介な技だ。

 俺は冷静になろうとしながら、彼に問いかけてみる。

 「攫った子どもたちは、まだ生きているのか?どこにいるんだ?」

 「この扉の奥ですよ」

 彼はあっさりとそう答えた。最重要任務は子ども達の救出。なら彼らを助ける方を優先しよう。そう思ったが、男は言った。

 「でも、まずはワタシと相手をしてください。子ども達はその後でしょう?あの子ども達はどうせ、まだ死にやしません。それに、あの部屋の鍵はワタシが持っていますからね」

 彼はチラリと鍵を見せてきた。

 「ワタシを倒して、この鍵を奪ってみてください!」

 高らかに叫んだ彼が器用にも澪を抱えたままこちらに向かってくる。今はこいつの相手に集中した方が良さそうだ。そう思いながら俺はもう一度火の玉を用意する。

 それを相手目掛けてぶつけようと構えると、彼は再び影に潜って逃げる。

 ……おそらく相手は、影のあるところからしか出てこられない。それを利用できればいいんだが……。

 そう思うにも、ここは薄暗く、周りは全て影だ。影に隠れていた彼が再び出てきたのをギリギリで察知して攻撃をかわす。が、反撃できる余裕はない。

 影から出てきた相手を見やって、俺は気づいた。

 「…‥澪はどこだ?」

 澪だけが、影に潜ったまま出てこない。

 「彼女は、我々の戦いに邪魔になると思いまして。ほら、これでワタシも本気を出せます」

 そう言って彼は開いた両手を広げる。

 「無事なのか?」

 俺はギリっと奥歯を噛み締めながら聞いた。

 「ええ。今はね」

 またさっきと同じように彼が向かってきて、俺もさっきと同じように構える。しかし彼は影へと消える。

 辺りは薄暗く光がほとんどないため、おそらく相手はどこからでも出てこられる状況なのだろう。

 この影を、なんとかして小さく、狭くする方法はないか。俺は考えながら攻撃のために手から炎を作り出す。そして、その炎をふと見やった時、頭にある考えが思いついた。

 俺はその炎を、適当な形のまま宙に放った。炎が何かにぶつかって燃えることがないように位置を調節すると、炎は空中に留まり、辺りを照らす。そうすることで、光と影が分かれるようになった。

 廊下に置かれていた棚などがまだ影を落としているが、さっきよりもずっと影の範囲は少ない。これなら、ある程度相手が出てくる場所に見当をつけられる。

 彼はどこから出てくるか。限られた影の中で、彼が選ぶ場所は……。

 大きさもそれなりになければきっと彼は出てこられないだろう。それに、俺に攻撃を仕掛けられる場所に出てくるはずだ。そう考えるなら、彼が出てくる場所は……

 ーーここだ!

 俺が拳を構えて振り返ると、案の定、俺と同じように拳を握りしめた相手が俺の影から出てきた。

 彼は驚きに目を見張っている。動きが鈍っている相手の顔面に、俺はパンチをお見舞いしてやった。


 吹っ飛んだ彼が気絶しているのを確認し、彼からドアの鍵を拝借して俺は辺りを見渡す。

 澪はどこへ行ってしまったのだろうか……。不安になる。彼女の居場所を知っているのは、あそこで倒れている男だけだ。

 ドアの鍵穴に鍵を差し込み、ガチャリと開ける。軋んだ音を立てながらドアを開くと、中から声が聞こえた。

 「玲!」

 「澪?」

 俺の名前を呼んだのは、相手に囚われてしまったはずの澪だった。

 「なんでここに」

 俺は驚きを隠せない声でそう尋ねた。

 「それがね……、あいつは私を影に引きずり込んだあと、すぐに玲のところに戻ったでしょう?その間私は引きずり込まれた影の中を進んでたの。そしたら、その行き先がここだったみたい。話を聞いたところ、他の人たちもそうやって、この部屋に閉じ込められたみたいよ」

 澪がそう説明してくれた。

 「すごいな……。行き先を一つに絞れるのか。……いやそれより、攫われた子達は無事なのか!?」

 「うん。みんな無事だよ。ほら」

 そう言われて部屋の中を進んでいくと、暗闇の中に怯え、疲れ切った様子の子ども達と警察官達がいた。

 「一、ニ、三……十人全員いるな。よかった……」

 俺が人数を確認してホッとしていると、少女が俺に声をかけた。

 「ねぇ、あなたは、わたしをとじこめたわるいひと……?ここからだしてくれるの?」

 怯えた声でそう言われて、ショックを受けた束の間、ここが暗く俺の姿も見えていないのだと気づいた。

 俺は少し下がってさっきと同じように、炎を明かり代わりにして空中に浮かべる。

 「わぁ……」

 子ども達が歓声を上げた。そんな彼らに歩み寄って、俺は声をかける。

 「俺たちはみんなを助けに来たんだ。悪い奴は倒したからもう大丈夫。さ、帰ろう」

 俺はおもむろに手を伸ばす。子ども達の顔に希望が広がっていき、彼らは顔を輝かせる。後ろの警察官達もひどく安堵したような顔になった。

 全員を立ち上がらせて、ドアに向かおうとした時。

 ドアの向こうから部屋の壁に向かって、何かがすごい速さで投げつけられた。

 …‥ナイフ!?

 「みんな下がれ!」

 「きゃあっ!」

 子ども達が悲鳴を上げる。

 さっきのやつが目を覚ましたのか?やっぱりもう一度トドメを刺しとくべきだったか。いやでも、殺すわけにはいかなかったし……。

 そんなことを考えているうちに、カツカツと足音が近づいてくる。俺は一人ドアの方へ向かい、男と対面する。

 「あのお方からは殺さないようにと言われましたが、このままではワタシが任務失敗の烙印を押される……。そうなるわけにはいかない!ワタシは今ここで、あなたを、殺しますッ!」

 そう言って彼はまたナイフを投げてきた。間一髪で避けたが頬をナイフが掠った。

 「玲!大丈夫!?」

 澪が心配した声を上げるが、返せる余裕はない。二つ、三つと相手は次々に投げてくる。俺はジリジリと後ろに追いやられているが、奴を中に入れるわけにはいかない。

 「っ、澪!水の準備をしといてくれ!」

 俺はそう澪に向かって叫び、手から出した炎を火の玉の形にしていく。

 いつもより、もっと大きく、全てを薙ぎ払えるほどの……!

 投げられるナイフを必死に避けつつ、炎を大きくしていく。相手が俺の避けるのが難しい位置、正面にナイフを投げてきたのと、俺の準備が整ったのは同時だった。

 「おらぁぁっ!」

 俺は巨大な火の玉を相手に向かって放つ。それは、相手の投げたナイフも巻き込んで相手の方へと向かっていった。

 「ぐぁあっ!」

 呻き声を上げる彼の元に、澪が駆け寄って、思いっきり水をぶっかけた。

 澪の水の力で治療はされたが、ショックからか男は気絶している。

 「……ふぅ、良かった……」

 「玲!すごい!」

 澪がはしゃいだ声を上げる。しかし俺は疲れ切って、その場に座り込んでしまう。

 全身の力が抜けると、突然息が上がってきた。喘ぐように荒い呼吸をする俺に気づいた澪が心配そうに俺を覗き込む。

 「…‥大丈夫?そういえば、なんかここ、空気が薄いような……」

 澪がそう呟く。もしかしたら、俺自身だけでなく周りにも被害が出ているのかもしれないと思った俺は、なんとか声を絞り出す。

 「澪、みんなを、避難させてくれ」

 「え、でも、こんな状態のあなたを置いていくわけには……」

 「いい、から」

 そう言いながら俺は軽く澪を押す。押し出された彼女は戸惑いながらもみんなを外に誘導した。

 それから数分後。座っていることもできなくなり、床に倒れていた俺の元に、澪が帰ってきた。あの男を捕えるためだろう数人の警察官達も見える。

 「玲!」

 焦りの浮かぶ表情で走ってきた澪は、俺の前に立ちどうすればいいか迷っているようにあたふたとした後、意を決したように、俺に水をぶっかけた。

 なすすべなく水を浴びせられた俺は、その水が体の疲れをとってくれるのを感じた。冷たい水が心地いい。そんな俺に、澪は徐に手を伸ばしてきた。

 「水を二本持ってきておいて良かったよ……。ねぇ、何があったの?どうして急に……」

 頬に触れる少し冷たい彼女の手が震えているのを感じながら、ようやく話せる余裕が出てきた口で、説明する。

 「あんなに大きな火の玉をつくるのには、周りと、自分の酸素が必要になるみたいで……。体の中の酸素濃度っていうのか?それが低くなったせい、だと思うんだ」

 「そんな……、もう平気なの?」

 「ああ。澪のおかげだな」

 そう言うと、ホッとしたような、ちょっと照れたような、そんな顔で澪は笑った。

 「もう歩けそうなら帰ろうか。無理そうならお迎えを頼まないと……」

 話を逸らすようにそう言った澪の手が離れていく。それが寂しくて、俺は無意識のうちに彼女の手を掴んでいた。

 「へ?れ、玲?」

 「待ってくれ。もう少し、このまま……」

 安心するほどよい温もりに、体を委ねる。幼い頃にこんな風に撫でられたことがあったような、なかったような。そんな懐かしい温もりを感じながら、俺は気を失った。


 「えぇ!?ちょ、玲?大丈夫?」

 今度は叫んでも揺らしても反応がない。気を失ってしまったようだ。焦る澪だったが、ふと聞こえてきた音に胸を撫で下ろす。

 「……なんだ、寝ちゃったのか」

 目の前に横たわる彼は、すぅすぅと寝息を立てている。

 「頑張ったもんね。お疲れ様」

 ポンポンと頭を撫でて、彼から手を離す。すると彼の頬を、涙が伝っていくのを見た。今度は何事かと思った澪は、彼が気を失う前、手を離さないで欲しいと言ってきたこと、そして今自分が彼から手を離したことに気づいた。

 「ごめんなさい……」

 小さく聞こえてきた悲しい寝言に、思わず顔が歪んで泣きそうになる。

 (そっか、彼も……。他のみんなと同じで、何か悲しい過去があるのね)

 相談所の面々を思い出しながら、澪はもう一度、彼の頬に手を伸ばす。

 「大丈夫よ。あなたはもう、一人じゃないんだから」

 そう言いながら彼の頬を撫でると、彼の苦しそうな顔が和らぎ、涙が止まった。それを見て笑顔を浮かべた澪は、もう片方の手で器用にスマホを取り出し、電話をかける。

 「……もしもし、澪です。依頼は完了しました。けど、ちょっと帰れそうにないので、お迎えをお願いできますか?」


 俺が目を覚ますと、そこは相談所だった。どうやら俺は、相談所のソファで眠っていたようだ。

 「起きましたね。おはよう?」

 かけられた声の方を見ると、所長が水の入ったコップを持って立っていた。そのコップを渡された俺は、水を飲んで喉を潤す。

 「今、何時ですか?」

 「もう九時を過ぎてますよ」

 「……それは、おはようの時間ではないですね」

 二人で苦笑する。俺は体を起こしてソファに座り、所長はその反対のソファに腰掛けた。

 「あなたの家には連絡しておきました。今日はここの二階に泊まっていってください。明日も学校でしょう?」

 着替えもありますから、と言ってくれる所長にありがたいなぁと思いながら、ふと気になって聞いてみた。

 「犯人はちゃんと捕まりましたか?それと、俺は一体どうやってここまで……」

 「安心してください。犯人はちゃんと捕まりました。それから君は、ここまで車できたんです。澪が迎えを要請したので」

 所長は俺の質問に丁寧に答えてくれた。

 そうか、澪には、たくさん迷惑をかけたな。明日会ったらお礼を言わないと。

 「……それから、これ」

 そう言って封筒を渡される。これはもしや……!

 「今回のお給料。本当にお疲れ様、無事で良かった」

 俺は渡された封筒をまじまじと見て、中身を今ここで見るのはあんまり……と思い、とりあえずそれを大事に握る。

 「君のおかげで子ども達が無事帰ってこられた。相談者の方も、君にとても感謝していました」

 「そっか……、よかった」

 所長の言葉に、俺は顔を綻ばせる。この力が、本当に誰かを救えるんだ、と実感して嬉しくなる。

 「部屋に案内しますね。付いてきてください」

 そう言った所長の後を追いながら、今日はぐっすり眠れそうだな、と思った。

 

毎週月曜投稿の予定が、遅れてしまいました。申し訳ありません。

いつもより長くなっちゃいました。次は短めの予定です。

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