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使い手たちの相談所  作者: 綴ミコト
第二章 犬猫編
18/25

14、襲撃

 相談所内に張り詰めた空気が流れる。

 02の依頼を続けるかで対立した日から、二日後のことだった。

 「昼のうちに見に行って、最も怪しい場所を見つけました。おそらくここが、研究施設で間違いないでしょう」

 所長がそう告げる。

 俺はそれを聞いて、ゴクリと唾を呑む。

 「行きましょうか」

 所長のその一言に、全員が立ち上がる。俺と澪、雄大、火花、所長、そして02。

 これから、02のいた研究施設に、乗り込むのである。


 俺たちは歩いて、所長が言っていた施設に向かっている。本当は車やタクシーで行ければいいのだが、人数が多いので難しい。

 信号で止まっている間、澪は手にしたスマホで「遅くなりそうです」と連絡を入れていた。

 今回の件を含む相談所の主な仕事は、時に命の危険を伴うものだ。もしかしたら、死んでしまって、もう二度と家族や友人に会えなくなってしまうかもしれない。

 だからといって泣くような人は、この中にはいない。

 大通りを抜け、だんだんと人気のない方へ向かっていく。

 再び信号に引っかかって止まった、その時だった。

 「危ない!」

 反射神経の鋭い火花と、所長が、俺たちの腕を引いて後ろに下がらせる。

 次の瞬間、俺たちの立っていた場所に、巨大な氷柱が突き刺さる。

 あと一歩でも遅かったら、死んでいた……。

 目の前の、ギリギリの位置に落ちてきたそれを見て、俺は呆然とそう思った。

 「また来るぞ!気をつけろ!」

 火花の声と同時に、空から無数の氷柱が降ってくる。俺たちは何とかそれを避けていく。

 澪は大丈夫だろうか。それから02。俺はあいつがどれだけ動けるのか知らない。

 周りを見ながら落ちてくる氷柱を避ける。また近くに落ちてきた氷柱を避けた時、視界の端に澪が映った。そしてその真上には、氷柱が降ってくる。

 ここからでは間に合わない。咄嗟に判断した俺は、上にある氷柱を目掛けて、思いっきり火の玉を投げつけた。

 ジュワッと音を立てて、一気に氷柱が溶けていく。代わりに降ってきた水に少しかかりながら、澪はそれを避けて俺の方へ来る。

 「ありがとう」

 それに俺は頷いて返す。自然と俺たちは集まり、02が呟く。

 「襲撃ですか」

 心配するような、申し訳ないというような、沈んだ声だった。

 この氷柱はおそらく……。俺と澪は顔を見合わせる。

 そして思い出す。あの事件のことと、その調査結果を。


 「全員の遺体の首元から、小さな氷の粒が出てきたよ。ヒヤッとしたね、氷だけに」

 そう言っていたのは森田さんだ。

 あの連続殺人犯……ブラックスターとダークマターという名前の二人組の事件の際、増援で駆けつけた警察官が、一瞬にして殺されたことについて。

 澪が発見した落ちていた氷の欠片から、氷の使い手の関与を疑った俺たちは、森田さんを通して、警察に調査を頼んだ。まあ俺たちが頼むまでもなく、彼らは遺体の解剖を行っただろうが。

 首元から氷が出てくるなど、前代未聞。

 澪が言うには、倒れた時点で彼らは、すでに異常なほどに体が冷たかったとのこと。

 こんなことができるのは、氷の使い手しかいないのだ。

 

 今回も同じく。

 こんな大きな氷柱をこんな場所で生み出せるのは彼だけだ。

 しかし氷なら、俺の炎が効く。俺は続けて降ってくる氷柱たち目掛けて上空に火の玉を放ち、それを爆発させる。

 すると一瞬で、上空にあった氷柱のほとんどが、水と化した。

 うまくいったことに喜んでいられたのも束の間。今度は別の何かが、俺たちに襲いかかってくる。

 こちらに向かってきた人影が宙に舞い上がり、そこから強烈な蹴りを地面に叩きつけてくる。

 何とか避けたが、その人影が蹴りを落とした地面が凹んでいるのを見て、ゾッとする。

 もしこれが、当たっていたら……。

 俺はその人影の姿を見る。金髪の髪に鮮やかな青いドレス。そして、ガラスでできた靴。しかし体は真っ黒で、顔のパーツは見当たらない。

 「シンデレラ?」

 隣に立っていた澪が呟く。

 続いてどこからか、歌が聴こえてきた。美しい歌声は、思わず聴き惚れそうになるほどだった。

 その歌が聴こえてくる中で、再び氷柱の攻撃が来る。シンデレラのような何かも、また俺たちに蹴りをくらわせようとしてくる。

 「なんか速くなってないか!?」

 雄大がそう言ったのを聞いて、確かに、と俺も気づく。

 氷柱が降ってくるペースが上がり、本数も増えている。俺は必死にそれらを溶かしているが、今はシンデレラの攻撃もあるので中々そっちに専念できない。

 まさか、さっきの歌の力だろうか。

 歌に氷にシンデレラ……。

 「全員、冥王星だね」

 所長がシンデレラの攻撃を軽くいなしながら、そう言った。

 歌はあのドレスの女性、氷は女の子にデレデレの人、シンデレラはあの本を持っていた女の子だろう。

 となると次は……。

 そう思っていた俺たちの元に、どこからか棘だらけの蔓が伸びてくる。

 花の使い手……!

 その蔓は辺りを飛び交い、地面に鞭のように叩きつけられる。途中で当たった建物や電柱が、傷が入ったり抉れたりしているのが見える。

 「相手がどこから攻撃しているのかも分からない状態じゃ、こっちが圧倒的に不利だ。一度逃げよう」

 所長の指示で、俺たちは走り出す。敵は追って来なかった。

 脇道に逃げ込み、足を止める。

 「はあ」と息を漏らす。しかし、これくらいでへばってはいられない。

 「これからどうする?」

 雄大が所長に尋ねる。

 「そうだね……。こっちも助っ人を用意してはいるけど、道中の敵襲は一応予想外だったし……。ここで分かれようか」

 所長がそう言うと、火花が弾かれたようにその言葉を聞き返す。

 「分かれる!?」

 火花は目つきを鋭くして、所長に尋ねる。

 「どう分かれるんですか」

 彼女は睨むような目つきだったが、本当は心配だったのだろう。そしてそれは、この先の答えが分かっていたからかもしれない。

 「みんなはこのまま研究施設へ。私が彼らを相手する。地図は……」

 「ちょっと待って!」

 所長の言葉を遮って、火花が叫ぶ。

 「あいつら相手に所長一人?そんなの危険です!」

 火花が怒ったように言った。

 そんな火花を、所長は優しい目で見る。そして俺や澪、雄大、そして02にも、その瞳を向けた。

 「私は大丈夫。君たちの方が心配だよ。今までだって危険だったけど、ここから先はきっと、もっと危険だ」

 所長は自分の心配ではなく、俺たちの心配をしていた。彼は俺たちのことを、本当に大切に、それこそ自分の子供のように思ってくれているから。

 そんな所長を安心させたくて、俺は口を開く。

 「大丈夫ですよ。一人だったらきっと無理だけど、みんながいるから」

 俺は笑った。

 それを見て所長は少し目を見開き、それから安心したように顔を綻ばせた。

 「そうだね。それじゃあ、みんな気をつけて」

 所長は俺にポケットから出した、小さく折り畳まれた地図を取り出して渡す。最後に、火花の頭を撫でてから、所長は走り去って行った。

 所長に渡された地図を見る。目的地の場所が丸で囲まれている。差し込んでくる僅かな街灯の光に照らされて、裏に何かが書かれているのが見えた。裏返してみると、所長直筆のメッセージが書かれていた。

 たった一言、「がんばれ」と。

 ある程度は、こういう状況になることを、俺たちだけで行かなければならなくなることを、可能性として考えていたのだろう。

 本当に、すごい人だ。

 「……俺たちも行こう」

 俺はみんなの方を振り返って言った。

 澪、雄大、02は頷くが、火花は下を向いたままだ。

 そんな火花に、雄大が話しかける。

 「大丈夫だ。所長は負けたりしない。所長は強い!それは、誰よりお前が一番分かってるんじゃないか?この中で、一番長いこと所長といるのはお前なんだから」

 ハッとしたように、火花が顔を上げる。

 「そう、だな。所長は強い。だから大丈夫だ」

 フッと表情を和らげて、火花が言った。

 火花が顔を上げた。行かなければ、俺たちも。

 俺たちは地図に記された場所へと向かうために、走り出した。


 路地裏に足音が響く。

 暗い中で、チラチラとそれぞれの身につけた飾りが光っていた。

 「これからどうするのですか?」

 口を開いたのはドレス姿の女性。歌の使い手、麗美だ。

 「たかが研究機関の壊滅を防ぐのに、我々全員で襲撃を行う必要なんて、本当にあったんですかね」

 次に、スーツ姿の男、氷の使い手である一ノ瀬が喋る。その表情は気だるげだ。

 その横で幼い少女、本の使い手アッシュが、手にした本を開いている。その本に吸い込まれるようにして、少女の後ろを浮いていたシンデレラのような何かが消えていく。

 少女はパタンと本を閉じ、またいつものように胸の前でそれを抱えた。

 足音は徐々に近づいてくる。そして現れたのは、道化師のような身なりの男、花の使い手のアレンだ。

 「アレン様」

 麗美が声をかける。それにアレンは淡々と告げた。

 「みんなはもう帰っていいよ」

 それを聞いた麗美は驚いた表情を浮かべた後、「ですが……」と言う。

 「いいのですか?研究施設の襲撃を阻止せよと言われていたのでは?」

 麗美が上目遣いで、花の使い手、アレンに問う。

 「襲撃は失敗。それでいいさ。どうせ研究施設か相談所のどちらかが潰れるんだ。どっちが破れたって我々には影響なしかラッキーの二択だ。炎が死んでしまうのは困るかもしれないけれど、まあそれも仕方ないさ」

 アレンはどうでも良さそうに言った。

 同じくどうでも良さそうに聞いていた一ノ瀬が口を開く。

 「ではもう本当に、俺たちは帰ってしまっていいのですね?」

 「ああ」

 そう答えたアレンに、一ノ瀬は満面の笑みを浮かべて振り返る。

 「じゃあ帰ろうか!アッシュ!」

 声をかけられた少女はコクリと頷く。そして残りの二人を見上げて尋ねた。

 「あれんさまとれみさまはどうするの?」

 「私はここに残るよ」

 アレンはそう答えた。

 その答えに、「なら私も……」と麗美は言いかけたが、アレンは帰るように指示する。

 彼女はどうするべきかと僅かに狼狽えていたが、そこにアッシュが再び声をかけてきた。

 「れみさまは、かえりたくない?」

 少女のかわいらしい瞳に見つめられて、上目遣いでそう尋ねられれば、このまま押し切ることもできない。

 麗美は困ったように微笑みながらも、アッシュに答えた。

 「いいえ、そんなことはございません。アレン様のお役に立てればと思っただけですわ。ですが、私も帰ります」

 そうして、三人は路地裏を離れ、冥王星のアジトへと帰っていく。

 一人残ったアレンは、ぼうっと空を見上げながら呟いた。

 「きっと来るはずだ」


 俺たちはただひたすらに走り続ける。研究施設に向かって。

 だんだんと木々が生い茂る森へと近づいていき、家や店がなくなっていく。

 たった一本の道路に沿って、俺たちは走り続けた。そしてようやく。

 「着いた。ここだ」

 俺たちは足を止める。

 地図に記された目的地はここだが、目の前には一本の直方体の石が立っているだけ。所長はこれを見て、どうしてここが施設だと思ったのだろうか。

 そんな中、02が進み出て、石の下の方だけをくるりと回した。すると、石の上の方に、前にも見たドアロックが出てくる。

 「前にも見たことがあったの。だから同じじゃないかなって。合っていてよかった」

 02がほっとため息をつく。お手柄だ。

 でも、この先の番号は分からない。前と同じということはないだろう。そもそも、前の番号など覚えていない。

 これは02にも分からないだろう。このまま進めないのだろうか。

 そんな中、火花が声を上げた。

 「アタシがやる」

 「どうやってだ?」と俺は尋ねた。

 進み出た火花はロックに手を当てる。火花の周りをバチバチと電気が纏う。

 難しそうな顔をしていた火花だが、やがてピピっと音が鳴り、目の前の地面がずれていく。そしてずれた地面の先に、入り口が現れた。

 ……ハッキングか!

 「はぁ、できてよかった。アタシの今回の主な仕事はこれだな」

 ちょっと疲れたような様子で、火花が言った。

 火花のこの能力は、今回の依頼で大いに役立つだろう。

 この施設の至る所に、こんなロックがあるんだろうからな……。

 「それじゃあ、行こう」

 俺の言葉に、みんなが頷く。

 そして俺たちは、地下へと伸びる入り口へと入っていった。

冥王星の久々の登場です。一ノ瀬とアッシュは出てきたばかりですが。

人が多すぎてタクシーが使えないのが、彼らの最近の悩みだと思います。

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