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使い手たちの相談所  作者: 綴ミコト
第二章 犬猫編
17/25

13、対立

 一軒目は商店街の路地裏にある地下の施設だった。商店街の店と店の間の細い道を抜けると、入り口があった。

 しかし、そこは外れで、人どころか物も何もなかった。

 二軒目は相談所から少し離れた場所にあった。車で行ければいいのだが、人数が多くて乗り切れないため歩いて行かなければならず、少し疲れた。薄気味悪い廃病院の地下で、澪はかなり怖がっていた。

 しかしここも外れで、何もなかった。

 三軒目は一見どこにでもあるようなビル。尋ねてみると、ここには初めて人がいた。このビルは研究施設のようで、多くの研究員が建物の中を行き来していた。それを見て、02は少し震えていた。

 しかし、ここは主に薬の研究や開発を行っている場所らしく、怪しい点は見られなかった。どうやらまた外れのようだ。

 事が起きたのは、次の四軒目。

 薄暗い路地裏の奥に、下へと続く短い階段があった。

 明かりがないので、スマホのライトで辺りを照らす。

 階段の先には鉄製の扉があった。

 「怪しいですね」

 俺は呟く。それに所長が頷いた。

 階段を降りて、ドアノブに手をかける。

 その時、何者かの影が02に襲いかかった。

 02の一番近くにいた火花がそれに気づき、02の腕を引く。

 02の首があった場所を、何者かのナイフが切る。もし火花が気づいていなければ、02は無事では済まなかっただろう。

 「危なかった……。誰!?」

 火花はバチバチと電気を散らしながら叫ぶ。

 02を襲った人物は俺たちを挟んで扉の反対側に降り立つ。俺たちはその人物を振り返って警戒する。

 その人物はローブを纏い、フードを深く被っている。それだけなら影の組織の人物かと思えるが、だとするとそのローブが彼らのトレードマークのような黒でないことに違和感を覚える。

 「あなた方は、標的の協力者なのですか?」

 フードを被っているせいでその人物の顔は見えないが、声から察するに俺たちと同じくらいの年の少年だと思われる。低すぎず高すぎない、そんな声に思えた。

 相手は被っているフードを脱いだ。俺が持つスマホのライトに照らされて、相手の顔が見えるようになる。

 薄い茶色の髪に光のない瞳。しかしその顔を見て、02は息を呑んだ。

 「……0、1……」

 火花の手を振り払って、02は相手に駆け寄る。

 「え、ちょっと!」

 火花が慌てて止めるが、そんな彼女の声も届かないというように、02は少年に話しかける。

 「会いたかった……。あなたのこと、ずっと探してたんだよ、01」

 02が笑いかける。安心したような笑み。

 相手も驚いていた。そして口を開く。

 「何故、僕の番号を知っているのですか?」

 それを聞いて、02の笑顔が凍った。

 そして震えた声で言った。

 「え……、なんでって……。ずっと、一緒にいたじゃない?なんの冗談?」

 困ったような顔で、信じたくないという顔で、彼女は言った。嘘だと言って欲しい、という彼女の願いが伝わってくるようだった。

 しかしその願いは、あっさりと打ち砕かれる。

 「僕は、あなたに会うのは初めてです」

 相手のセリフに、02が固まる。

 「え……」

 それでも、絞り出すような声で、必死に笑顔を作りながら彼女は言った。

 「さっきから、なんの冗談を……」

 声も、指先も、体も震えている。

 その時、電話の着信音が辺りに鳴り響いた。


 相手のスマホだ。彼が電話に出ると、スピーカーになっているのか、電話の声がこちらまで聞こえてきた。

 「相談所の皆さん、そして02ですね?」

 その声を聞いて、02が今までにないほど震え出した。

 「お、長……」

 震えてほとんど聞き取れないような声で02がそう言う。その顔には絶望が広がっていた。

 震えで倒れそうになった02を、澪が支える。

 「02。全てはあなたが逃げ出したせいなのです」

 電話の中の人物、研究施設の長は、02に向けて電話越しに話しかける。その声は、まるで自分の子供に言い聞かせるような優しい声に感じた。

 「01はあなたのことを覚えていない。記憶を失ったのです。そして、私の命令に従い殺し屋になった。今までにもう何人もを殺してしまっているのですよ?」

 それを聞いて、俺の心は揺れた。

 こいつが殺し屋……?今までに何人もを殺した……?

 果たして、02の願い通り彼を助けるべきなのか。俺は分からなくなる。

 相手は人殺しで、俺は人殺しを許さない。俺は相手の顔を見る。光のない、感情のない目を。

 長が嘘をついている可能性は?02を絶望させるための嘘だとしたら?

 02の目は信じられないと言わんばかりに見開かれている。

 「扉」

 長が再び話し始める。

 「暗証番号は421131325です。開けてみてください」

 扉の側に付いているドアロックの解除番号だろう。

 一瞬で記憶した所長がすばやく数字を入力していく。

 入力しきると鉄のドアが自動で開いた。このドアノブでは開かなかったわけだ。

 ドアを通って中に入り、その部屋をライトで照らすが、そこには何もなかった。ここも外れだというのなら、何故彼はここに現れたのか。そう思いながら部屋の奥に進むと、もう一つ扉があることに気がついた。

 「そちらの扉の暗証番号は920851212です」

 今度は俺が数字を入力していく。

 「ここには何があるんだ」

 俺は01の電話の中の長に尋ねる。

 「それは……見てからのお楽しみですよ」

 さっきと同じように扉が開いていく。

 そこに広がっていたのは、地獄のような光景だった。

 

 床に、少年少女の死体が転がっている。

 目の開いたままの子もいた。

 確かに存在したはずの命の亡骸が、辺りに散らばっている。数えたところ、十一人だった。

 その場の全員が、立ち尽くしている。誰も言葉を発せず、動けない。

 唯一平然としていられたのは、01だけだった。

 「02、聞こえますか?ショックで気を失っていませんか?」

 01の電話の中からの長の声で、俺たちは我に返る。

 「これは……、この子たちは一体何ですか……」

 02が震える声で尋ねる。

 「彼らはあなたのせいで死んだのです。あなたという貴重なサンプルを失った我々は、あなたの代わりになる新しい使い手を生み出そうとしました。けれどあなたや01のような優秀な使い手は中々生み出せず、弱いものは死んでしまった。彼らはあなたが逃げ出さなければ、死なずに済んだのですよ」

 長が悲しそうに、しかしどこか楽しそうに話す。

 「わたしの、せいで……」

 02がその場に崩れ落ちる。

 頭を抱え、震えながら、「わたしが、わるい……」と呟いている。

 見ていられなくて、俺は長に向けて叫んだ。

 「ふざけるな!」

 弾かれたように、02が顔を上げる。

 「こいつが悪いなんておかしい。悪いのはこんなことをしてるお前たちだろ!」

 今の彼女は、まるで少し前の俺のようだった。冥王星の招待を受けて向かった公園で、何人もの人が殺された。彼らの標的だった俺が来たのと同じ時間に居合わせたというだけで。その時俺は自分のせいで何人もの人が死んだのだと、俺が殺したようなものなのだと思った。

 しかし相談所のみんなが、違うと言ってくれたから、俺は立ち直れた。

 今ならあの時のみんなの気持ちが分かる。こんなのは絶対おかしい。

 俺の言葉につられたように、澪も叫ぶ。

 「そうよ!02は悪くない!あなたたちがこんなことを始めなければ、彼らも02も傷つくことはなかったんだから!」

 澪が必死に言葉を届ける。

 彼女もあの時と、俺を慰めてくれた時と同じような必死さだった。

 02が彼女の家に泊まったからだろうか。その時にどれだけ仲良くなったのかは分からないが、こうして必死に反論するほど、02を大切に思っているのだろうと感じた。

 「二人とも……」

 02が震える声でそう言った。彼女の瞳が潤む。

 「そんなことを言っていられるのも今のうちですね。あなたたちだって、これから02のせいで死ぬのですから」

 長はどこか楽しそうに言った。

 俺は長の言っていることの意味が分からず、顔を顰める。どういう意味だと聞こうとして口を開こうとした時だった。

 タン、と床を蹴って、01が逃げる。

 「!?おい、待て!」

 俺はそう叫んだが、その時、どこかからプシュッという音が聞こえてきた。

 そして、どこかから怪しい色の煙が出てくる。いや、違う。これはガスだ。

 「……毒ガス!?」

 澪が気がついてそう言った。俺たちは慌てて息を止め、今いた部屋を出て外へ向かう。

 が、入り口のドアが閉まっている。駆け寄って何とかして開こうとするが、開けられない。

 ドアをダンダンと叩く。このままではもう息が持たない。

 涙目の02の口が、「ごめんなさい」と動く。

 その時、ドアが開いた。

 「中に入らなくて正解でしたね」

 このような事態になることを想定して外で待機していた所長が、ドアを開けてくれたのだった。


 「01は?」

 02が所長に尋ねる。

 「逃げられました。みんなを助けるためには、彼を追いかけるわけにもいかず……」

 02はそれを聞きながら、泣きそうな顔になる。

 「せっかく、会えたのに……」

 俺はこんな状態の彼女に聞くべきではないと分かっていた。それでも、俺は尋ねる。

 「なぁ、本当に、あいつがお前の助けたい人なのか?」

 俺の問いに、彼女は暗い顔で頷く。

 「……そうか」

 俺は小さな声で言った。その場に思い沈黙が流れる。

 「とりあえず、帰りましょう」

 所長がそう言って、俺たちは重い足取りで相談所へと歩き始めた。

 

 相談所に明かりがつく。

 俺たちは相談員側のソファに、02が相談者側のソファに座る。

 「なあ」

 俺は重い沈黙を切り裂いて口を開く。

 「01っていうのは、本当に助けるべきなのか?」

 02がバッと顔を上げてこちらを見る。やめてくれ、という思いがその目に表れていた。

 あれから相談所に着くまで、ずっと考えている。

 01は助けるべき人なのだろうか。

 02に頼まれた。それを引き受けた。みんなを代表して、彼女にそれを伝えたのは俺だ。

 でもそれは、01が殺し屋だなんてことを知る前のことだ。

 人を殺した人間を助けるのは、正しいことなのだろうか。

 「私は、助けるべきだと思う」

 澪がそう言った。

 「まだ彼のことについて全て分かったわけじゃない。長が嘘をついているのかもしれないじゃない」

 確かにその通りだ。俺は僅かに目を伏せる。

 「それに、約束しちゃったんだもの。01を助けてあげるって」

 澪が02に目を向けて言った。

 「二人はどう思うんだ」

 次に俺は、雄大と火花に尋ねた。

 「俺も澪と同じだ。結局まだあいつについて分かってることは少ないんだし、とりあえずこのまま続けていいと思う」

 雄大はそう答えた。

 「アタシも、まだ何かありそうな感じがするし、それが分かるまでは続けていいんじゃないか」

 火花もそう言う。

 最後に、俺は所長に尋ねた。

 「所長は、どう思いますか」

 「私は、みんなの判断を見てみたいと思います」

 所長はそう答えた。

 判断は任せる、ということか。

 澪と雄大と火花の三人は、02の方へ行ってしまう。

 相談員側のソファに所長と取り残された俺は、彼らと向き合う。

 「あいつが自らの意思で人を殺している可能性もあるじゃないか。もしそうだった場合、彼らを助けることで俺たちが悪人に加担することになるんだぞ」

 俺はそう口にした。

 「彼はそんなことしない!」

 弾かれたように、今まで黙っていた02が叫んだ。その目は、俺を睨んでいる。

 「じゃあもし、長の言葉が本当だとして、たとえ01の意思ではなかったとしても、殺された人たちはどうなるんだ!」

 俺が言い返すと、向かいにいる全員が目を伏せた。

 01を助けるということは、彼に殺された人たちを見捨てることになるんじゃないか。

 俺も思わず下を向いて俯く。

 部屋に再び重い空気が流れ始めた時だった。

 「……分かった」

 小さな声が聞こえてきて、俺は顔を上げる。02の決意を秘めた表情が目に入る。

 「彼がもし悪であったならその時は、わたしが、彼を殺す」

 複雑な感情を宿しながらも意を決した彼女の目が、こちらに向けられている。

 「だから、だから。それが分かるまで、01が悪であるか判断できるまで、このままあの研究施設について調べてください」

 02がそう言った。

 「何も、殺す必要は……」

 俺はついそう言ってしまったが、02はそれを聞いて首を振った。

 「彼が本当に自分の意思で何人も殺していたのなら、死罪は確定でしょう」

 確認するように所長に目を向け、彼が重々しくも頷いたのを見ると、02は一瞬悲しそうな表情を見せた。

 しかしその後見せた表情に、俺は少しゾッとした。

 「誰かが殺すくらいなら、わたしが殺す。わたしが殺して彼の罪を清算し、わたしはわたしの罪を償う」

 さっきと同じ、決意した表情であることは同じだった。たださっきより、その瞳に宿るものは重く、彼女は硬い表情のはずなのに、どこか笑みを含んでいるように見えた。

 「02……?」

 澪が呟いたのが聞こえた。

 02の01への思いはそこら辺のものよりずっと重いものだということが分かった。

 でもそこにあるものが愛であることは、きっと変わらない。

 もし相手が悪ならば、たとえ大切な人であっても殺す。

 そんなのは、言うだけでも辛いことだ。その人を大切に思っていれば思っているほど。それだというのに、彼女は覚悟を決めた。

 ここまで必死なのに、断ることはできなかった。

 「分かった」

 俺がそう言うと、02は安堵の表情を浮かべた。

 「だけど、善悪の判断は俺たちがする。それでいいか?」

 「はい。お願いします」

 02は頭を下げた。

 こうした対立を経て、俺たちは研究施設の調査を続けることにした。

02がゼロニーなので、01はゼロイチです。

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