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使い手たちの相談所  作者: 綴ミコト
第二章 犬猫編
16/25

12、猫の相談

 都心の路地裏にある、もりすけ相談所。今日もここのシンボルマークであるもりすけ君が、薄暗い中で笑っている。

 中からは少年たちの騒いでいる賑やかな声が聞こえてきた。

 そんな相談所の前に、一人の少女が立っている。

 「使い手たちが集まる相談所……。ここなら、彼を助け出してくれるかもしれない」

 彼女はおもむろに、髪につけた猫の形のヘアピンに手を伸ばしながら、そう呟く。そして、相談所のインターホンに手を伸ばし、そのボタンを押した。


 「ああ〜!」

 相談所の室内に俺の間抜けな声が響く。

 「また負けたぁ〜!」

 「フッ、勝った」

 雄大との格闘ゲームの勝負に、今回で五連敗。画面にでかでかと表示されるゲームセットの文字を見ながら、俺は考える。

 なんで勝てないんだ?こういうゲームって、元ヤンの経験が活きるもんなのか?

 俺はしばし思考を巡らせたが、やがて諦め、代わりに「誰か雄大よりゲーム弱い人いない?」と尋ねた。

 相談所の中には俺と雄大の他に、澪、火花、そして所長がいる。この相談所のメンバーが揃っている中で、火花が呆れながら言った。

 「そんなのに手挙げるやついないと思うぞ?」

 澪も失笑する。

 「私がやりましょうか?」

 所長がニコニコしながらそう言ってくれたが、彼の場合実力も何も読めないので、遠慮しておいた。

 「なんとなく負ける未来が見えるので、やめておきます」

 俺がそう言った時、ピーンポーンと相談所のインターホンが鳴った。

 客だろうか。ドアに一番近い位置に座っていた俺は、立ち上がって玄関の方へ向かう。

 ドアを開けるとそこには、一人の少女が立っていた。

 明るい茶髪を二つに分けて三つ編みにしている。そして前髪には、猫の形をしたヘアピンを付けていた。俺はそれを特に気に留めることなく彼女に話しかけた。

 「いらっしゃいませ、ご相談ですか?」

 俺が尋ねると、彼女は小さく言った。

 「はい、あの……」

 戸惑ったような口調で返事だけするも、彼女は黙り込んでしまった。しかし意を決したように拳をギュッと握ったのが見えると、突然バッと顔を上げて力強い目で言った。

 「人探しを、お願いしたいんです」


 「人探し、ですか?」

 俺は思わずそう聞き返したが、ここで客に立ち話をさせるわけにもいかない。とりあえず彼女を中に案内した。

 「はい」

 俺はそう答えた彼女を見る。年は俺と同じくらいか、少し年下にも見える。着ているのは白いワイシャツとスカートだが、これがひどく汚れていた。着古しているのかかなり傷んでいて、泥の跡のようなものも見える。一瞬中に入れるのを躊躇ってしまうほどだ。よく見ると髪も傷んでいた。

 「まず……、あなたのお名前は?」

 澪が優しくそう尋ねる。

 が、少女は困ったように視線を泳がせた後、躊躇いがちに口を開き、こう答えた。

 「名前は……ありません」

 「え?」

 俺は耳を疑う。他のみんなも同じような反応をしていた。

 「あ、えっと、あるのかもしれませんけど……わたしにはわからないです。前にいた場所では02と呼ばれていました。名前が必要でしたら、そのように読んでいただければ……」

 彼女は目を伏せながら言った。

 人を番号で呼ぶような場所にいたのか。一体どこなんだそこは……。

 そう聞こうかと思ったが、仕事に必要なこと以上の情報を聞くべきではないと思い、それを抑えた。

 しかし、聞かずともその直後、その場所について少女の口から聞くことができた。

 その場所こそが、今回の事件の舞台だからだ。

 「それで、探して欲しい人っていうのは……」

 俺が少女、02に聞いた。

 すると彼女は、ポツリポツリと自身の過去について語り始めた。

 「……わたしが前にいた場所は、使い手について研究をしている施設でした」

 俺を含む相談所のメンバーは、みんな衝撃に目を見開いた。彼女は続ける。

 「そこは、人体実験を行っているんです。わたしはそこの被験体でした。耐えられなくなって、逃げ出したんですけど……」

 少女が腕を捲ると、右手首の辺りに02という文字が刻まれていた。

 「わたしと同じように、実験を受けていた人がいるんです。その人はわたしが逃げ出した時、身代わりになってそこに残った」

 昔のことを思い出したからか、02は顔を歪めていた。辛そうな表情を抑え込んで、また強い決意を秘めた瞳でこちらを見ると、こう言った。

 「彼を、助けて欲しいんです。……お願いできますか?」

 最後の言葉は、潤んだ瞳でこちらを見上げながら言った。そこにある切実な願いが感じ取れた。

 身代わりになった人を、助けたい。

 逃げ出してからこれまでの日々、どれほど辛かっただろう。

 俺たち相談員は顔を見合わす。どうやら、全員同意見のようだ。

 「承りました」

 俺は相談所を代表して、彼女にそう告げた。


 「でも、なんでアタシたちに頼るんだ?人探しなら探偵とか警察とかじゃダメなのか?」

 火花が02にそう尋ねた。確かに、と俺も思う。

 02はその質問に対し、頭につけたヘアピンにそっと触れながら答えた。

 「普通の人間ではきっと、あの施設の長を倒せない。そうなれば彼のことも助けられない。だから、あなたたちしかいないと思って……」

 そういえばさっき、彼女のいた施設では使い手の研究をしていると言っていた。

 そして、02が今触れているヘアピン。俺は紫色に光る猫の形をしたそれをよく見てみたところ、使い手の証であることに気づいた。

 証。使い手が生まれた時に共に誕生し、片時も主の元を離れることがない、不思議なもの。使い手同士だけでなく、一般人にも、その目を引く輝きは伝わる。

 俺のパーカーの胸元に付けたブローチ、澪のペンダント、雄大のピアス、火花の上着のチャックに付けたチャーム、所長の首に下げた動かない時計。これらが使い手の証である。

 「お前も使い手なのか?」

 雄大が聞いた。02はそれに頷く。

 「わたしは猫の使い手。施設の実験でこの力を手にしました」

 その答えに、俺は考える。

 猫の使い手か……。一体どんな力を持っているんだろうか。……猫耳とか生えたりすんのかな?

 今の彼女はしっかり人間の耳があって、逆に猫の耳は見当たらない。力を見せてもらえる機会があったら、ぜひ見てみたいものだと思った。

 俺はそんなことを考えていたが、所長はもっと別のところに興味を持ったようだった。

 「実験によって新たな使い手を生み出せるなんて……。すごいことですが、悪人の手に渡れば、大変なことになりそうですね」

 その言葉に、俺はハッとする。確かに、俺たちの力は生まれつきのものだが、それを後から付与できるとすればすごいことだ。だが同時に、強大な力は持つ人によってはより大きな脅威となってしまう。

 人体実験を行うような施設だ。そのような危険な施設にその技術があるのは、実際かなりまずいのではないだろうか。

 ……猫耳とか考えてる場合じゃなかったな。

 俺はそう反省した。もっと真面目に行こう、と思う。

 「さて、人探しといっても施設に乗り込んで救出できれば終わりなわけですし、今からでも行きますか?」

 所長がニコニコしながら聞いてきた。雄大や火花が言うならまだしも、所長がそういう風に言っているのはちょっと怖い。

 だが、この後別の依頼があるわけでもなく、むしろちょうど暇していたところだ。時間もまだそんなに遅くはないし、その長とかいう人物をなんとかできれば今回の依頼はそう時間もかからないだろう。

 俺たちがそう思っていた中、02が申し訳なさそうに言った。

 「あの、その、研究施設の場所が、分からないんです……」

 「え?」

 相談員全員の声が重なる。ただ、所長だけは冷静だった。こうなることもある程度予想していたのかもしれない。

 ポカンとしている俺たち四人に、02がさらに説明する。

 「わたしが逃げ出した一週間後には、すでに場所を移していたみたいで、元の場所にはもうなかったんです。たぶん違法なものだから、見つかるのを避けたかったんだと思うんですけど……」

 確かに、人体実験は違法だろうな……。でも、それはつまり……

 施設探しから始める必要があるってことか?

 想像以上に大変な仕事になりそうだ。初めは、倒せば終わり、と思っていたのに。

 ……だが、話を聞けば確かに納得だ。02が逃げた以上、外部に自分たちのしていることが漏れる可能性は大きい。見つかりたくないのなら、すぐに場所を移すだろう。

 まず施設を探して、長を倒し、02の言った人物を救出……。やることはたくさんだ。この依頼、無事完遂できるだろうか?

 「02さん、その施設、どのような場所にあったかは覚えていますか?」

 所長が02に尋ねると、彼女はしばらく考えてからこう答えた。

 「……地下。地下にありました」

 「都心から近かったか、それとも遠かったかは分かりますか?」

 「えっと……たぶん、近かったかと。すっごく遠くではなかったはずです」

 02の答えを聞いて所長は「なるほどね」と呟いた後、俺たちに向けて言った。

 「それなりに時間はかかると思いますが、施設の場所を探すのはそれほど大変ではないかもしれません」

 そう言って所長は、いろんな場所に電話をかけ始めた。

 所長は結構人脈があるんだな、と思った。

 所長が忙しくし始めたところで、俺たちは特にすることがなくなる。そのタイミングで、そわそわしていた澪が02に質問した。

 「……あなた、どこに住んでるのか、聞いてもいい?」

 「え?森ですね」

 森……?

 俺たちはそれを聞いて、頭の中に巨大なハテナを浮かべた。

 森……。つまり、山小屋かどっかに住んでるってことか?いや、それとも……野宿?

 澪はその言葉の意味を考え、まさかと思い絶句した。

 澪は筋金入りのお嬢様だからな。森暮らしってだけでもあれだろうし、もし本当に野宿だとしたら……。

 「なぁ、それってつまり……野宿ってことか?」

 遠慮がちに、火花がそう尋ねた。しかしそれを嫌がる様子もなく、02は笑顔で答えた。

 「そうともいいますね。動物さんのお家に泊めてもらったこともありますよ」

 ……メルヘンだな。

 俺はそう思った。それより、澪が気を失ったりしないか心配だ。

 「……あなたが施設から出たのはいつ?」

 「たぶん、十歳の時です」

 その答えに俺は考える。見た目的に俺たちと同い年くらいだろうから、六年か、少なくとも五年は野宿ということになるのだろうか。

 02は俺たちが言葉を失っているのを見て、どうやらなぜもっと早くここを訪れて助けを求めなかったのかと思われていると勘違いしたようで、

 「その、ここの話を聞いたのがつい最近なんです。森から少し下りてみた時、あなたたちの噂を聞いて……」

 と言った。そういうことではない。

 「……つまり、今日も野宿なの?」

 澪がわなわなと震えながら尋ねる。

 「はい」

 02は素直に答えてから、きょとんと首を傾げる。何がおかしいのか分かっていない様子だ。

 そんな彼女に近づいて手を取り、澪は言った。

 「私の家に来ない?」

 「え?いいんですか?ぜひ、行きたいです!」

 02は笑顔を浮かべてそう言った。

 たぶん02は気づいていないだろう。この後向かう先が自身の今まで生活していた場所とは大違いの環境であることに。

 澪の家を前にして、カタカタ震えながら「ここに入るんですか!?」とか言っている02の姿が目に浮かぶようだった。

 

 次の日。俺が相談所に来ると、澪の家に泊まったことで見違えるほど綺麗になった02の姿があった。

 今日も澪は俺と同じように学校なので、ずっと澪の家にいると気疲れするということで、朝のうちからここに来ていたのだという。

 「……服は替えなかったのか?」

 傷んでいた髪はツヤツヤになっていたが、服は昨日と同じ、着古したシャツとスカートのままだった。澪の家で洗濯してもらったからか、ある程度は綺麗になっていたが。

 俺の質問に、02は困ったような笑みを浮かべながら答えた。

 「はい。この服の方がいいかなって。澪さんの家にある服はどれも汚れそう、破れそうって、うまく動けなくなりそうですし」

 それから少し俯いて、小さな声で言った。

 「あと、前と同じ服の方が、彼にも気づいてもらえるかもしれないから」

 ほどなくして、澪と雄大も学校から帰ってきて、火花も自室から下りてきた。

 全員が揃ったことを確認して、所長が話し始める。

 「研究施設の場所を、ある程度絞り込みました」

 「本当ですか!」

 02が目を輝かせながら言った。俺も驚く。たった一日で場所を絞り込むなんて、さすが所長だ。

 「これからいくつかの候補を順番に伺っていき、件の施設を探します。いつどこで戦闘になるかも分からないので、油断せず、常に警戒を緩めないようにしてください」

 所長の言葉に、俺たちは気を引き締める。

 「お願いします」

 02が改めて頭を下げる。

 そうして俺たちは、相談所を出発した。

二章、犬猫編が始まりました。(冥王星編は短いので一つの章ではないです)

02は、「ゼロツー」と呼ぶか「ゼロニー」と呼ぶか迷って、結局よりしっくりくる「ゼロニー」で呼んでいます。

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