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使い手たちの相談所  作者: 綴ミコト
第一章 炎と相談所編
15/25

11、金星と雨

 学校から帰っていつものように相談所に行くと、今日は見覚えのある人が客として来ていた。

 「おう!玲くん!」

 「森田さん?」

 相談所のソファに腰掛け、俺の方に手を振ってきた人物は、以前相談所に協力して情報を提供してくれた警察官の森田さんだ。

 「ここに来るのも久しぶりだな。ところで、あの木のマークはなんとかなんないのか?」

 森田さんは何とも言えない顔で所長にそう言った。

 「私は可愛いと思うけど……。親しみやすさもあるでしょ?」

 そう答えた所長に森田さんは「この薄暗い場所じゃ余計不気味に見えるだけなんだがな……」と微妙な顔をする。

 「雄大くんと火花ちゃんは?」

 向かいのソファに座った所長に森田さんは尋ねる。

 「玲の冥王星の件で少しここの名が広まってね。仕事も増えたんだ。二人は今仕事に行ってるよ」

 所長の答えに森田さんは頷く。

 「やっぱりか。警察の方でも名は広まってるよ。それで、これだ」

 森田さんがテーブルの上にスッと差し出した紙を所長と俺は覗き込む。その紙には「捜査依頼書」と書かれているが、警察のものではなくここの相談所のものだ。その証拠に、紙の端にもりすけ君のマークが書いてある。

 こんなものあるんだなぁ、と感心している俺をよそに、森田さんは続ける。

 「最近近くで起きている連続殺人事件。これの捜査に協力してほしい」

 そう森田さんが言ったタイミングで、相談所のドアが開く。澪が帰ってきたのだ。

 「ただいま〜。あれ、森田さん?」

 俺と同じような反応をした澪に、所長が言う。

 「おかえりなさい、澪。ではこの仕事は玲と澪の二人に任せます」

 澪は帰ってくるなり仕事を押し付けられて困惑していたが、森田さんの説明を受けると、「なるほど……。分かりました!」と明るい声で言った。

 俺も今はどんな仕事もどんとこい!な状態なので問題ない。二人で仕事に向かうことになった。


 森田さんの案内で、俺たちは現場へと向かう。空には大きな入道雲が浮かんでいて、夏を感じる。

 現場までは森田さんが車で送ってくれた。残念ながら普通の車で、パトカーではない。

 立ち入り禁止のテープと、人だかり。その中に、俺たちは入っていく。

 進んでいくと、ブルーシートがかけられた遺体があった。どうやら、ここで誰かが殺されたらしい。俺たちは遺体に手を合わせる。

 「それで……、捜査依頼ってことでしたけど、具体的に私たちは何をしたらいいんでしょう?」

 少し離れたところで澪が尋ねる。

 「ああ。君たちは犯人の逮捕に協力してほしいんだ。亡くなったのは今回で五人目なんだが、今までの人たちを合わせた五人とも、みんなこの辺で殺されてる」

 「つまり、犯人はまだこの辺にいる可能性が高いと……?」

 森田さんの言葉を聞いて俺はそう口にする。

 「そういうことだ。相手は銃を持っているとも聞いているし、くれぐれも気をつけてほしい」

 そう言われ、俺は気を引き締める。そんな中、澪が遠慮がちに言った。

 「すみません、ちょっとお手洗いに行ってきますね」

 「ああ」

 森田さんがそう答え、二人でいってらっしゃいと見送る。

 その後、澪が帰ってくるまでの間で他の警察官にも話を聞いた。

 なにしろ、今回の事件の犯人は、毎回事件現場に同じメッセージを残していくらしい。

 デジャヴ……。冥王星とやることが同じだからだろう。

 しかもそのメッセージの内容は、「世界を終わらしてやる」だそうだ。これもデジャヴ。

 「……図に乗ってますね」

 「そうだな」


 「すみません、お待たせしました」

 澪がそう言いながら帰ってきた、その時だった。

 ドオン!と凄まじい音を立てて、少し離れたところにあった一台のパトカーが爆発した。

 「なっ!?」

 俺は思わず声を出す。そこで俺は、黒っぽい服を着て道の脇にこそこそと逃げる怪しい二人組を見た。

 「……あいつらだ!追うぞ!」

 俺は指を指して澪の手を引く。

 「え?わぁっ!」

 いきなり手を引かれ驚いた声を上げる澪を伴って、俺は走る。

 目指すのは、二人組の逃げ込んだ路地。

 「待て!」

 俺は二人組を呼び止める。道を抜けようとしていた彼らはこちらを振り返って言った。

 「む?誰だお前らは」

 そう聞かれて、俺は口を開く。

 「俺たちは……」

 「我々は”金星”!我々は世界を終わりへと導くためにここにいる!」

 「お前らごときに、止められるものではない!」

 俺の言葉を遮って、彼らは自分の自己紹介を始める。

 …‥ふざけた奴らだな。

 つい白けた目で見てしまう。

 そんな俺たちを見て、向こうの一人が騒ぎ立てる。

 「おめーら!何だその目は!」

 「まあ落ち着け、ブラックスター」

 名前までダサいな……。

 もう一人が諌めるために発した声かけに、俺はそう思ってしまう。

 隣の澪も、呆れた目で彼らを見ている。

 そんな俺たちに、彼らはチャキッと銃を向けて言った。

 「邪魔をするものには、消えてもらおうか」

 俺たちはその銃口を見据える。遠くからゴロゴロと雷鳴が聞こえた。


 パンッ!

 一人が撃った銃弾が、俺と澪の間を通り抜ける。

 俺はそれを見て、目を見開いた。まさか本当に撃つとは思わなかったのだ。

 近くには今たくさんの警察がいる。まぁ俺たちが追いかけてこの路地に入った時点で、警察たちはここの状況を見張っているだろうが。

 銃声が聞こえたなら、彼らはすぐに駆けつけてくるだろう。

 「何やってんだダークマター!警察が来るぞ!」

 「すまない、つい……」

 もう一人の方の名前もしっかりダサかったが、そんなことは今気にすることではない。

 俺たちは増援がこちらに来るまで、彼らを逃さないようにしなければ。

 俺は彼らの足元を目掛けて火の玉を投げる。雅楽代さんのところで行った稽古のおかげで、思ったところに確実に当てることができた。火の玉は彼らのすぐ手前に落ちる。

 二人組はポカンと口を開けてから、焦り始める。

 「大人しくしろ!」

 「うわあぁぁ」

 俺の制止の声も届かず、彼らは気が狂ったように銃を撃ち始めた。使い手の力を使った攻撃は逆効果だっただろうか。初めの一発がパーカーを切り裂き、俺は澪にも気を遣いながら炎で銃弾を防いだ。

 その頃、ドタドタという駆け足の音と共に、武装した警察官たちが五人ほど駆けつけてきた。

 よかった、と思うのも束の間。予想外のことが起こる。

 彼らは路地に入るなり、その場に一斉にバタバタと倒れた。

 「!?」

 声にならない驚きを上げる。何が起こったのか。

 銃声もなかったし、ここには他に誰もいない。二人組の方を見たが、彼らも驚愕の目で倒れた警察官たちを見ていた。

 こいつらじゃない……。

 澪が倒れた警察官たちに駆け寄り、肌に触れる。

 が、その手をすぐにパッと引っ込めて目を見張りながら呟いた。

 「冷たすぎる……」

 「助からないのか」と俺は尋ねる。

 「たぶん……」と答えながら、澪はいつものように水を取り出そうとかばんに手をかけようとする。

 そこで気づく。

 「…‥鞄がない」

 上空に、黒い雲が近づく。


 「っ、どうしよう、一体どこに……」

 焦りで周りが見えていない澪を狙って、ブラックスターが銃を撃つ。とっさに俺は火の玉で銃弾を弾いた。

 「澪、落ち着け!」

 はっ、と澪が顔を上げる。どうやら少し落ち着いたようだ。

 だが、澪の鞄がないのは困ったことだ。

 万一傷を負ってもすぐに回復できるのが、澪の、相談所の強みだ。今はまだどちらも傷を負っていないから大丈夫だが……。

 そんなことを考えているうちに、俺と澪、二人ともが敵から気を逸らしてしまった。

 二人組のうちの一人、ダークマターが撃った銃弾が俺の腹を掠める。

 「ぐあっ!」

 俺は腹を抱えてうずくまる。

 「玲!」

 澪の声が聞こえた。

 痛い。これでは動けない。澪の鞄がないから、直してもらえない。せめて水があれば。

 「へへッ、どうやら、天は俺たちに味方しているようだな」

 敵が逃げようとする。だめだ、逃したら。

 人殺しは許さない。あんなヘラヘラした奴らに殺された人たちがかわいそうだ。

 調子に乗りやがって、と俺は心の中で悪態を吐く。

 待て、というように手を伸ばすが、それが届くことはない。その時だった。

 「待ちなさい」

 聞き慣れた声なのに、まるで別人のような声が聞こえた。

 声の方を見上げると、青いオーラを纏った澪が、敵を静かに見据えていた。


 その声は澪の声なのに、今までに聞いたことのないくらい低くて、恐ろしかった。

 二人組も思わず動きを止め、こちらを振り向いた。そして彼女を見てビクッと震える。

 澪は俺の幻覚なのか、青いオーラを纏っているように見えた。そういえば以前、火花がキレた時にも、同じように見えたことがあった。

 それに加え、今の澪はいつもと違って瞳が青く光っているようにも見える。

 俺はそれを見ていると、徐々に腹の痛みが引いていくような気がした。声が出せるほどの余裕が出てきて、「澪……」と様子を伺ってみる。

 「よくも玲を……。私の、大切な人を……。傷つけたわね」

 「ヒィッ」

 睨みつけられた二人は思わず悲鳴を上げる。

 「ああそれと」

 そう言いながら、澪は不敵に笑う。いつもの澪ではないことは確かだった。

 「天は俺たちに味方している、なんて言ってたけど、それは勘違いね。今にみてるといいわ」

 澪がそう言った時、ポツリと俺の顔に雨粒が降ってきた。

 そして次の瞬間、バケツをひっくり返したような雨が、辺りに降り注いだ。


 (ついに来た!)

 澪はそう思った。怒りで熱くなっているはずなのに、頭の中だけはスッと冷静になる。

 玲に落ち着けと言われた時に気づいた。入道雲に遠くの雷鳴、それから上空に広がっていく黒い雲。どれも、集中豪雨の前兆として見られるものだ。

 だから澪は雨を待っていた。その間に玲が撃たれるという事態が発生し、再び我を忘れてしまったが。なんだかいつもの自分と違う態度をとってしまった気がする、と澪はぼんやり考えた。

 まぁ何はともあれ、雨がちゃんと降ってきてくれたのだから、問題はない。これでいつも通り、いや、いつも以上に力が使えるようになる。

 手を組んで祈る。やはり、天が味方しているのは彼らの方ではなく、私たちの方だ。

 水の力は、雨水であっても有効なのだから。


 体全身、傷までもが雨で濡れる。その腹の傷が、雨水の力で癒えていく。

 立てるようになり、澪を振り返ると、彼女は勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。どうやら、まだいつもの彼女には戻っていないのかもしれない。

 しかしその笑みに、つられて俺も笑ってしまう。俺も彼女と同じような不敵な笑みを浮かべた。

 たまらないのは彼らの方だろう。銃で撃たれた奴が再び立ち上がるなんて。

 俺は二人組に近づく。彼らは咄嗟に銃を構えたが、俺はそれにも構わず距離を詰める。

 彼らは発砲したが、俺は止まらなかった。銃弾は確かに俺に当たっている。右腕にも、左頬にも。しかし、痛みを感じる間もなく、澪が癒してくれる。

 二人組が銃が意味をなさないことに気づき、その場から逃げようとした時にはもう遅かった。

 俺は二人に、稽古で鍛えた手刀をお見舞いし、二人はその場に倒れた。


 駆けつけた警察官が、犯人を連れていく。俺たちはその場に残り、突然倒れた警察官たちの遺体を見ていた。

 彼らは誰に、どうやって殺されたのか。

 そして、守れなかったことへの悔しさも込み上げる。

 「…‥氷?」

 「どうした?」

 ふと澪が、近くに落ちていた何かの欠片を見て呟く。それは氷の欠片に見えた。

 俺もそれを見て、触ってみる。冷たくて、触れているうちにじわじわと溶けていくが、普通の氷と比べるとそれが遅い気がする。

 「遺体がね、尋常じゃないほど冷たかったの。普通は、亡くなった直後に、あんな冷たさになることはない」

 澪が神妙な面持ちでそう言った。

 「氷といえば、冥王星にもいたよな。あの小さい子にデレデレの」

 俺と澪は顔を見合わせて考えた。おそらく、彼の仕業ではないかと。


 その頃。

 玲と澪たちがいる路地をつくる建物の一つの屋上に、一人の青年と少女がいた。

 「さっきのが、冥王星もどき?」

 可愛らしい、幼い声で、少女は吐き捨てる。

 「よわい」

 蔑んだ瞳で下の路地を見下ろす。その目はとても、幼い子どものものとは思えないものだった。

 「そうだね」

 隣の青年は微笑みを浮かべながら少女の言葉に頷く。

 青年のネクタイには雪の結晶の形の飾りが、少女の頭につけた大きなリボンには本の形の飾りがついている。

 「でも相談所の二人、炎の方は強かったね。特に最後の、銃弾の中を走っていく様子は、すごかったよ。普通の人にはできない。度胸があるみたいだ」

 青年は楽しそうに続ける。

 「そう考えると、少女のあの力も素晴らしかったね。まさか雨によってあんな力を発揮するなんて!雨の日は相手にしたくないなぁ。それに、あの状態」

 彼は言葉を一回そこで切り、笑みを深めてから続ける。

 「限界超越(リミットオーバー)だ。まだ不完全だったけどね」

 そんな青年を、少女は黙って見上げている。

 彼は相談所の二人を褒めてはいるが、彼らは青年の攻撃に反応できなかった。青年は殺そうと思えばいつでも彼らを殺せた。少女も同様だ。玲と澪が生きて帰れるのは、彼らにその気がなかったからだ。

 「帰ろうか。僕もまた仕事に戻らないと。いや、これも仕事か。ああ、そうだ!アッシュ!マカロンを買ったんだ!食べる〜?」

 そう言われて、少女は顔をパアッと輝かせる。

 「たべる」

 傍から見れば、今の二人は仲睦まじい兄妹のようだろう。だが実際は、手を血で汚した殺人集団の一員だ。

 二人が屋上から姿を消す。

 こうして、今回の事件は幕を閉じた。


 ……ちなみに、澪の鞄はお手洗いに行った際、そこに置き忘れてきたらしい。

ルビが振れたことに喜んでいます。

一章が終わりました!次からは二章です!(当たり前)

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