9、石の使い手ー前編
ひらひらとこちらに手を振ってくる彼は、一見敵とは思えないほどだった。
「僕の名前、覚えてるかな?」
笑みを浮かべながら聞いてきた彼に、俺は答える。
「琥太郎、だったか?」
「正解!覚えててくれたんだね!嬉しいよ!僕は泉琥太郎。改めて、よろしくね」
パチパチと手を叩きながら改めて自己紹介をする様子は、本当に喜んでいるように見えた。
……何を考えてるのか、よく分からないな。
「ところで……、君たちの名前は前回教えてもらえなかったから、僕分からないんだよね。聞いてもいいかい?」
そう言われた俺たちは、警戒しながらも順番に名乗ることにした。
「俺は帳雄大」
「アタシは来栖火花」
他の二人が口々に名乗っていき、自分の番になって俺は口を開く。
「俺は……」
しかしそれを、泉琥太郎が遮る。
「阿澄玲君だよね。知ってるよ。なにせ、僕らの狙いは君なんだから」
彼の声色が一気に変わり、低くなる。俺たちは思わず体をこわばらせた。
「それじゃあ、お互い名前を知れたことだし、始めようか」
彼は肩にかけた鞄から、小さな石を取り出した。
「君たちはその炎の少年を守り、僕はそれを狙う。……ハッ、まるで鬼ごっこだね」
敵が冷たく笑いながら、取り出した石を宙に放り投げる。一体何をした……、と思った瞬間、急に当たりが暗くなった。
……いや、違う。何かの影になっている?
「玲!」
雄大が短く叫ぶ声が聞こえ、同時に背中を押された。その直後、俺たちが立っていた場所に、巨大な岩が降ってきた。
「さすがだね。避けるなんて」
彼は手に持った石を投げて遊びながら、称賛の言葉を送ってくる。
一体いつ、どこから、こんな岩が……?
これが彼の、石の使い手の力なのだろうか。
雄大と火花も困惑していた。
そんな俺たちに、彼が説明する。
「僕の力は、こんな風に石の大きさや形を変えることができるんだ。小さな石を大きな石に変えたり、丸い石を尖った石に変えたりね」
彼は手に持っていた石を、刺されば肉が抉れてしまいそうな、先端の尖った形に変える。そしてそれを、俺たちの方へと投げてきた。
俺は咄嗟に避けたが、突然、その石がまるで意思を持ったように、軌道を変えて俺の背中に刺さる。
「がっ!?」
「玲!」
火花が俺の名前を叫んだのが聞こえた。二人は向かってきた石を地面に叩き落として、こちらに向かってくる。
「大丈夫か?」
「うっ……」
雄大の声に、俺は呻き声で返す。
痛い。血が出ている。深く刺さったわけではなかったようで、かろうじて動ける状態ではあるが。
俺はなんとか立ち上がる。まだ始まったばかり。こんなところで倒れるわけにはいかない。
敵に狙いが俺なら、俺が倒れた時点で、この戦いは終わってしまうのだ。
「あの鞄を奪えば勝てるか?」
俺は二人に尋ねる。
「いや、地面にも結構石は落ちてるから、あんま意味はないと思う。近くには敵に拠点もあるわけだしな。そもそも、あの鞄に石が詰まっていて、あいつが遠くからでもそれを操作できる場合、鞄を奪う行為こそが命取りになる可能性もある」
と、雄大が答えた。俺は「確かにな」と頷く。
「となると、本人を叩くのが確実か」
火花が敵を見据えながら言った。今後の動き方がなんとなく定まってきたところで、敵の攻撃が来る。さっきのように巨大な岩が降ってきて、俺たちは一度散り散りになる。
「話し合いは終わったかい?」
敵は一気に大量の石を宙に投げると、その石が雨のように辺りに降り注ぐ。その一つ一つが、鋭利に尖っていて、さらに近くに落ちたいくつかは、さっきにように軌道を変えてこちらに向かってきた。
俺は自分を囲むように炎の円を作り、それで石を弾いた。
……なんとなくでやったけど、上手くいってよかったぁ。
周りを見ると、雄大と火花もそれぞれの方法で攻撃を防いだようだ。
一つも攻撃が当たらなかったことにやや不満そうな顔をしている敵に、今度は俺たちが攻撃を仕掛ける。俺は火の玉を投げつけ、火花は電流を飛ばした。
が、敵は目の前に築いた大きな岩の壁で、俺たちの攻撃を防いだ。上からの雄大の風の斬撃も、頭上で岩を屋根のようにして防ぎ、さらにその岩をこちらに放ってきた。
そして目の前に築いていた岩に向こうからは小さな石をショットガンのように連続で発射してくる。
「カウンターまで持ち合わせてるなんて、ちょっと憧れる!」
雄大がそんなことを叫びながら、俺たちは岩と小さな石たちを避けていく。途中、避けるのが難しかった分を火の玉で防ぎ、そのまま敵の方へ投げてみたが、岩の壁は依然として存在しているので意味がなかった。
こちらの攻撃は当たらず、敵は余裕の表情のまま、次々と攻撃を仕掛けてくる。
彼に勝つのは無理なのではないか。そう思った。
避けているだけでどんどん削られていく体力。当たれば死ぬかも知れないという恐怖で震える体。
雄大と火花も同じなのではないか、と思った。二人も息を切らしていて、焦りの表情が浮かんでいる。
もし自分が炎の使い手でなければ、こんな場所にはいなかっただろう。
ごく一般人であれば、こんなことに巻き込まれることも、こんな風に戦うこともなかったはずだ。
避けきれなかった石が足を掠って、血が出てきた。こんな痛い思いをすることも、きっとなかっただろう。
痛みに涙を滲ませる俺の元に、大量の石が降り注いできた。避けられる余裕はなく、俺はここで死ぬのだろう、と思ったその時。
その無数の石が空中で、風によって切られ、電気に弾かれて飛んでいく。雄大と火花だ。二人が、俺を助けてくれた。
「玲!」
二人が俺を呼ぶ声が聞こえる。俺はその声に応えなければならない。こんなところで一人だけ、挫けるわけにはいかない。
グッと拳を握りしめる。
……決めたんだ。相談所の相談員になった時。
この力を、人を守るために使うって。
俺がこの力を持って生まれたのは、この力で人を守るためだから。
他の使い手たちだって、同じじゃないのか。
「なんで俺を狙うんだ!」
俺は声を張り上げて尋ねる。
「知らない」
敵は淡々と言った。
「なんでお前たちは人を殺すんだ!人を守るために与えられた力で!」
俺の問いに、敵は冷たく返す。
「この力をどう使うかは、僕が決めることだろう?人を守るため、なんて勝手に定義するな。この力で人を殺そうが僕の自由だろう。僕の力なんだから!」
攻撃がさっきより激しくなる。しかし、精度は粗くなったような気がした。
反撃しなければ。きっとできるはずだ。三人なら、三人の力を合わせれば!
三人それぞれの力を使って……。
……そうだ。
俺はひらめく。でも、敵に悟られてはいけない。
俺は敵の攻撃を避けながら雄大のところへ向かった。
「大丈夫だったか?」
雄大は真っ先にそう聞いてきた。俺は小さく笑って「大丈夫だ」と返す。そして彼に尋ねた。
「俺を空中に浮かばせることってできるか?風の力で」
「は?」
雄大は俺の質問の意図を汲み取ることができない、と言った様子だったが、とりあえずコクリと頷いた。
「本当か!」と言いながら俺は目を輝かせる。しかし詳しく説明してやれる暇はない。
「俺が合図したら、俺を空中に浮かばせて欲しい。動かしたりはしなくていいから。ただ、その場で」
それだけ言って俺はそこから離れる。あまり長いこと彼のそばにいて、敵に勘付かせるわけにはいかない。
あとは火花に……。
だが、敵はすでにこちらに勘付いていた。俺の行く手を阻むような攻撃を仕掛けてきて、火花に近づけなくなってしまう。
俺の思いついた作戦は、火花の協力が必要不可欠だ。あまりぐずぐずしてはいられないので、今すぐにでも実行したいが、そうなると火花が俺の意図を汲んで動いてくれることに賭けるしかない。
……っ、頼んだ!
敵の攻撃が収まらないため、俺は仕方なく行動に移すことにした。
「雄大!」
俺の声で、雄大が力を使って、俺を浮かばせる。そのまま俺は上から火の玉を投げつける。これが当たってくれれば楽なのだが……。
しかし敵はさっきのように、岩を屋根にして防いでしまう。
だが、彼の気は今、こちらに向いているはずだ。俺は火の玉を連続で投げつけ続けながら、地上の火花に目線を送る。
火花が上を向いて、目が合う。目が合うだけで分かってもらえるとは思えない。だからせめて、伝わるかは分からないが、俺は後ろに手を回してパーカーのフードを深く被った。
それを見た火花はハッとしたような表情をした後、堪えきれない笑いをこぼしながら、敵の側へと向かった。
そして、辺り一面に、ありったけの電気を流した。地面を、空気中を、特別な電気が流れ、敵の周りを囲んでいる。
敵の視線は今度は火花の方に向いているはずだ。敵の不意を連続で突くような攻撃。さっきまでの俺は囮だ。そして今の俺は……。
ーー着火剤だ。
「電気爆発!!」
俺と火花の声が重なる。俺は敵のいる方へ向けて、二発、火の玉を放った。
その炎は、辺りを流れる電気と混じり合い、爆発した。
長くなったので二つに分けることにしました。
最後の「電気爆発」には元々カタカナのルビがあるのですが、恥ずかしいので書かないことにしました。
「でんきばくはつ」と読んでくださっても、「エレキテルエクスプローション」と読んでくださっても構いません。もっとかっこいい技名を考えられるセンスが欲しいです。