表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【第13回ネット小説大賞 WEBTOON部門入賞】前世で私を棄てた婚約者様に、どうやら執着されているみたいです  作者: 瑪々子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

31/34

取り戻した記憶

 その頃、イライアスは兄のエイベルから顧客の紹介を受けていた。アルレイ侯爵家とも以前から付き合いのある顧客であり、イライアスが話した感触としても上々だった。

 打ち合わせが終わった後、クラン伯爵家に新たな顧客が得られそうなことに安堵していたイライアスに、エイベルが尋ねる。


「イライアス、もう少し時間はあるか? お前の耳に入れておきたいことがあるんだ」


 珍しく厳しい顔をしている兄に、イライアスが内心で首を傾げながら頷く。


「はい、兄上。何かあったのですか?」

「この前、君はアーサー殿のことを僕に尋ねただろう? あれから彼のことが頭に残っていたのだが、クラン伯爵家の顧客でもある、とある商会の主人と話す機会があってね。その時に、気になる話を聞いたんだ」

「……気になる話、ですか?」

「ああ。お前が婿入りしたことも話して、引き続きクラン伯爵家とも懇意にして欲しいと伝えたら、急に渋い顔をされてね。詳しい話を聞いてみると、別の商会から、より良い条件での取引を持ち掛けられたというんだ。それが、ノールド家の息のかかった商会でね」

「……‼︎」


 はっとイライアスの表情が硬くなる。腕組みをしたエイベルは続けた。


「クラン伯爵家は、アーサー殿からかなりの資金を借りているのだろう? 返済がさらに難しくなるようなことを、アーサー殿があえてするというのも腑に落ちないのだが、クラン伯爵家はアーサー殿の恨みでも買っていたのかな。……君がクラン伯爵家に婿入りしていなかったなら、クラン伯爵家の命運は、アーサー殿の手に握られていたようなものだっただろうな」


 イライアスが以前から感じていた、クラン伯爵家に対する不穏な圧力が、兄から聞いた話と繋がる。


「それに、アーサー殿はやはり、レストラン経営には大分前から乗り出しているぞ。気になって調べてみたのだが、君がロゼリアさんと行ったと言っていたレストランもそうだし、あの付近の町で人気のあるレストランは、以前から出資や買収を積極的にしていたようだ」

「妙ですね。前にレストランでロゼリアが彼に会った時、出資の話で来ていたと聞いたそうなのですが……」


 イライアスは嫌な予感を覚えていた。


(まさか、アーサー殿は偶然を装って彼女の前に現れたのか?)


 彼が事前にレストランを予約していたことを把握していれば、ロゼリアがあの場に現れることもわかる。出資者ならば、情報は掴もうと思えば掴めるはずだった。それでも、多忙なアーサーがそこまでしたと仮定するなら、それなりの理由が背後に存在するように思われる。


「ノールド家は、あまり敵には回したくない相手だ。ロゼリアさんは彼に気に入られているようだという話だったが、何だかよくわからないな。……って、おい、イライアス?」


 イライアスは、既に馬車に向かって走り始めていた。


「今日はこれで失礼します、兄上」


 彼は振り返って一言だけ兄に告げると、ざわつく胸を抱えて馬車に乗り込んだ。

 ロゼリアの顔が一刻も早く見たかった。アーサーが彼女に手を伸ばそうとしているような気がして、急がせた馬車の中にいる時間が、とてつもなく長く感じられた。


***


 ロゼリアの頭の中に、洪水のように前世の記憶が流れ込んできた。

 彼女の前で跪いているアーサーの姿が、はっきりと前世の彼に重なる。


「……ダミアン様」


 掠れ声で呟いたロゼリアを、跪いたアーサーがうっとりと見上げる。


「思い出してくださったのですね、リュシリエール様」


 前世の名前を呼ばれ、ロゼリアの心臓はどくりと跳ねた。彼の口調が急に敬語になったことも、彼女の心をざわつかせる。


「こうしてまた貴女様にお会いできて、どれほど嬉しかったか」


 彼は恍惚とした表情で続けた。


「僕には物心ついた時から前世の記憶があったのですが、クラン伯爵家で貴女様を一目見た時、心が震えました。僕は貴女様に会うために、前世の記憶を持って生まれ変わったのだと確信したのです」


 アーサーが嬉しそうに笑う。彼の笑顔も、前世のダミアンの屈託のない笑顔に重なる。

 エルドレッド王太子の側仕えの一人として、その群を抜いた優秀さで下位貴族から取り立てられたダミアンのことを、ロゼリアは思い出していた。

 ダミアンは優しく聡明で、会話もウィットに富んでいて、エルドレッドの隣にいた前世の彼女をよく笑顔にしてくれた。彼のことを、前世の彼女はまるで兄のように慕っていたのだ。


「前世の僕にとっては、貴女様の存在が心の拠り所でした」


 まるで女神でも仰ぎ見るかのように、アーサーがロゼリアを見つめる。


「下位貴族出身だった僕は、周囲の高位貴族たちから嫌がらせを受けることも多かったのですが、貴女様は僕にねぎらいの言葉をかけ、優しく笑いかけてくれた。それがどれほどありがたかったか」

「だから、貴方様は……」

「ええ。婚約破棄されて傷付く貴女様を見て、堪え切れずに貴女様に愛を乞うたのです」


 以前に夢で見た光景が、ロゼリアの目に甦る。傷心のリュシリエールの前で跪いたダミアンは、自分ならば必ず幸せにすると言って彼女の手を取ったのだった。

 ふっとアーサーの表情が翳る。


「リュシリエール様は、まだ王太子殿下を愛しているからと言って、僕の手を取ってはくださいませんでしたね。ですが、前世の貴女様のお父上と一緒に、貴女様の仇は討ちました」

「……前世では『革命の英雄』と呼ばれていらしたのですものね」

「ええ。ご存知だったのですか」


 アーサーは真剣な表情で彼女を見つめた。


「エルドレッド王太子殿下――現世のイライアス殿が何と言って貴女様に近付いたのかはわかりませんが、早く目を覚ましてください。僕を選んでくださるなら、貴女様に生涯不自由はさせません」


 ロゼリアは混乱したままアーサーを見つめた。

 この上なく上品なレストランで、誰が見ても成功者である美しい青年が、目の前で愛を乞い跪いている。けれど、ロゼリアの背筋はぞわりと粟立っていた。前世の最期を、ようやく一連の場面として思い出したからだ。

 椅子に座ったまま、唇を引き結んでじりと身を引いたロゼリアを見て、アーサーの眉尻が下がる。


「前世でも、僕の手を取ってくださっていたなら、貴女様をあんな目に遭わせずに済んだかもしれません。僕は馬で貴女様の乗った馬車を追いかけたのですが、ようやく追い付いた時、貴女様は僕の目の前で儚くなられた」


 ロゼリアは呟くように言った。


「……あの男たちに前世の私を襲わせたのは、貴方様だったのですね」


 アーサーの顔がひくりと引き攣る。


「前世の僕には、そんなことをする理由がありません」

「確かに、私を殺すつもりはなく、脅すだけのつもりだったのかもしれません。でも、今になって思い出しました。意識が薄れていく最後に、私を襲ってきた男たちが、焦ったように貴方様の名前を呼ぶのを」


 リュシリエールが胸に刃を突き立てた後、男たちが慌てて振り向きダミアンの名前を呼んだことが、ほんの微かに記憶に残っていた。同時に、叫び声を上げて彼女に駆け寄ってきたダミアンが、虫の息になった彼女の身体を、震える腕で抱き上げたことも。


「もし前世の私が貴方様の手を取っていたのなら、そんな必要はなかったのでしょうが、前世の私を助けたことにして、父に恩を売りたかったのでしょうか。革命を円滑に成功させるためにも、前世の父の協力が欲しかったはずですから。それに、あの場で助けられていたら、前世の私も貴方様の求婚を断れなくなったことでしょう」


 歴史書によれば、前世の彼女の父が革命軍側についたこともあり、すぐに戦の大勢が決まったようだった。


「……卑怯だわ」


 黙ったままのアーサーの前で、椅子から立ち上がろうとしたロゼリアの腕を、彼ががしりと掴む。


「離してください」


 冷ややかに言ったロゼリアに、アーサーは淡々と言った。


「今世では、絶対に逃がしません」

 

 彼には近付くなとイライアスから言われた言葉がロゼリアの頭に甦ったけれど、もう手遅れだった。


(イライアス様……)


 ロゼリアは、心の中でイライアスの名前を呼ぶことしかできなかった。

 青ざめたロゼリアの顔を見つめて、アーサーは微笑みを浮かべた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ