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【第13回ネット小説大賞 WEBTOON部門入賞】前世で私を棄てた婚約者様に、どうやら執着されているみたいです  作者: 瑪々子


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笑顔の裏に

本日二度目の更新です。

「着いたよ、ロゼリアさん」


 アーサーに手を取られて馬車を降りると、まるで小さな宮殿のような美しい建物が目の前に建っていた。ぽかんと建物を見つめたロゼリアが、おずおずと彼に尋ねる。


「あの、ここは……」

「目的地だよ。君に話していたレストランだ」


 彼の隣に並んで外門を潜ると、建物の入口で黒服の店員がアーサーに深々と頭を下げた。建物内に足を踏み入れると、ふかふかとした毛足の長い絨毯や、長い廊下に飾られた重厚な絵画、高い天井の装飾画など、まるで本物の宮殿の中にいるようだった。


(こんな立派なところに来るなんて、思ってもみなかったわ……)


 アーサーが自分にドレスと靴を見繕った理由がわかったような気がした。軽い調子でアーサーに誘われたために、これほど敷居の高い店に来ることなど想像もしていなかったからだ。

 しかも、外からの見た目に反して広々とした店内には、店員以外に客は見当たらない。怪訝な顔をしているロゼリアに気付いて、アーサーが微笑む。


「今日は貸し切りにしてあるんだ」

「えっ、貸し切りですか?」

「ああ。せっかくなら、ゆっくり君に意見を聞きたかったから。ま、僕が出資してる店だし、何も問題はないよ」


 黒服の男性に案内されてロゼリアが席に座ると、ガラス張りの壁越しに中庭の噴水が見えた。整えられた庭木も、花壇に咲き乱れる花も美しい。


(何だか、急に別世界に来てしまったような気がするわ)


 豪華な空間を眺めていると、アーサーの前にシェフが挨拶にやって来た。ロゼリアにも感じよくにっこりと笑いかけてから、彼は持ち場へと戻っていった。


「とても立派なレストランですね」

「そう言ってくれてありがとう。ここは内装も凝っているけれど、それ以上に料理が美味しいから期待していて」


 こんな高級店でクラン伯爵家のワインを扱ってもらえたらと思うと、ロゼリアの胸が弾む。ただ、同時に戸惑いも感じていた。


(まるで恋人同士のようなシチュエーションだわ……)


 テーブルを挟んで、上品な装いでアーサーと向き合うロゼリアは落ち着かない気分で目を伏せた。

 再び視線を上げると、端整な顔立ちをしたアーサーと目が合う。いかにも女性慣れしていそうな彼を見て、ロゼリアは自分に言い聞かせた。


(彼はきっと、こういう状況に慣れているから何も感じないのね。私も、仕事だと思って気にしないことにしなくちゃ)


 その時、黒服の男性がワインを運んできた。アーサーとロゼリアの前にグラスが並べられ、ワインが注がれる。その直後、見た目も美しい前菜が運ばれてきた。


 ナイフとフォークを手に取ったアーサーが、ロゼリアに微笑んだ。


「前菜の魚介のカルパッチョに合わせて、クラン伯爵家のワインを用意したんだ。飲めなければ別に構わないが、できることなら感想を教えて」


 確かにこれは仕事だと思いながら、ロゼリアはようやくほっとしてナイフとフォークに手を伸ばした。カルパッチョを味わってから、グラスに顔を近付ける。ほんの一口ワインを飲んだロゼリアが口を開いた。


「私、まだワインには不慣れなのですが、果実味が豊かで少し辛口で、このカルパッチョに良く合っているのではないかと思います」

「ほう、君は初心者という割には随分センスがあるようだね」


 アーサーが満足そうに目を細める。


「この前、夫から色々と教わりましたので」


 ロゼリアを眺めたアーサーは、少し口を噤んでから続けた。


「……前に君と会ったレストランで小耳に挟んだのだが、君はご主人と前世の話をしていたね?」

「えっ?」


 はっとしてロゼリアがアーサーを見つめる。


(アーサー様は、私たちの話を聞いていたの?)


 聞き間違いだと冗談めかして流せばよいのか、それとも前世の記憶があることを彼に正直に話したほうがよいのか、ロゼリアにはわからなかった。アーサーの口元にはそれまでと変わらない笑みが浮かんでいて、彼が冗談で言っているのか、本気なのか判別がつかない。

 緊張を滲ませたロゼリアの前で、アーサーの声のトーンが一段低くなった。


「君は彼に騙されているよ」

「……どういうことですか?」

「実はね、僕にも前世の記憶があるんだ」


 予想もしていなかったアーサーの言葉に、ロゼリアの目が瞠られる。彼女の心臓はどきどきと嫌な音を立てていた。


「アーサー様には、どんな記憶があるのですか?」

「そうだね、色々と覚えてはいるが、君の……いや、前世の貴女のことももちろん覚えているよ」

「‼︎」


(彼は、いったい誰なの?)


 朧げな前世の記憶を辿っても、ロゼリアにはアーサーに重なるような人物は思い出せなかった。戸惑う彼女に向かって、アーサーが溜息を吐く。


「ロゼリアさんは、僕のことは覚えていないみたいだね。……今も、僕だけが蚊帳の外か」

「アーサー様の仰っていることが、よくわからないのですが」


 眉尻の下がったロゼリアを、アーサーがじっと見つめる。


「君は、ご主人を前世の婚約者だと信じているのだろう? だが、君は肝心なことを忘れているようだ」


 黙ったままのロゼリアに、鋭い目をした彼が続ける。


「前世の彼は、君との婚約を破棄して君を棄てたんだ。その直後に、君は命を落としたんだよ」


 以前にイライアスと行ったレストランでは、ロゼリアはそんなことを口に出してはいない。本当にアーサーには前世の記憶があるようだと確信した彼女の喉が、こくりと動く。

 彼の瞳に熱に浮かされたような色が見えた気がして、ロゼリアの背筋がすうっと冷えた。


「……貴方様は、前世ではどなただったのですか?」


 アーサーは答える代わりにゆっくりと席を立つと、ロゼリアの横で跪き彼女を見上げた。そのままロゼリアの手を取って口付ける。


「今度こそ、貴女を守らせて欲しいんだ。あの男などではなく、この僕に」


 目の前で跪いたアーサーは黒髪だったけれど、ロゼリアの中で、彼の姿が煉瓦色の髪をした青年と重なった。熱の籠った彼の瞳も、なぜか見覚えがあるような気がする。彼女の頭は、鈍くずきずきと痛み出していた。

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