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再会

 今週会ったばかりのアーサーに再び会ったことに驚きながら、ロゼリアは彼に会釈した。


「こんばんは、アーサー様。先日はありがとうございました」

「いや、こちらこそ。こうしてまた会えるなんて、嬉しいです。ご主人とお食事ですか?」

「はい」

「羨ましいな。こんなに綺麗なロゼリアさんと食事だなんて」


 目を細めたアーサーの前で、ロゼリアがくすりと笑みを零した。


「お世辞がお上手ですね、アーサー様は」


 女性慣れしている様子の彼の言葉を軽く受け流すと、ロゼリアは尋ねた。


「アーサー様もお食事ですか?」

「いや。このレストランへの共同出資の話があって、こちらに来ていたのです。食事はいかがでしたか?」

「とても美味しくいただきました」

「では、今度は是非、僕にお誘いさせてください」


 アーサーがにこっと笑う。


「最近、ノールド家はこうしたレストランの運営にも乗り出しているのです。食事に合わせて提供するワインについても、これから顧客として積極的に狙っていきたい、若い女性のご意見を伺いたくて。そうそう、貴伯爵家から納品いただいたあのワイン、とてもよかったですよ」

「本当ですか⁉︎ それは嬉しいです」

「クラン伯爵家にとってもワインの販路を広げる機会に繋がるでしょうし、改めてご相談させてください。……では、次の約束があるので、僕はこれで。またお声掛けします」


 軽くロゼリアにウインクをすると、アーサーは足早に去って行った。

 ロゼリアはアーサーの後ろ姿を眺めながら、自分ももう少しクラン伯爵家の役に立てるかもしれないと、うきうきとした気持ちになっていた。


(さっきイライアス様も仰っていたように、クラン伯爵家のワインがもっと広く売れるようになったら嬉しいわ)


 結婚後、イライアスにばかり家業の負担を強いているようで、ロゼリアは申し訳ない気持ちでいたのだ。人気のある劇も、良い雰囲気のレストランも、侯爵家にいた頃のイライアスであれば、何の躊躇もなく行けるはずだった。これまでイライアスがなかなかロゼリアに声を掛けずにいたのも、金銭面で余裕のない彼女の家の事情を慮ってくれたからなのだろうと理解している。


 席に戻ったロゼリアは、明るい顔でイライアスに言った。


「お待たせしました。……今、偶然アーサー様にお会いしたのです」

「アーサー殿に?」


 怪訝な顔をした彼に、ロゼリアが頷く。


「はい。このレストランへの共同出資のお話があったそうで、ちょうどいらしていたのだそうです。クラン伯爵家が納品したワインについても、お褒めの言葉をいただきました」

「そうだったのか」

「もしかしたら、クラン伯爵家のワインをこちらに置いていただけるかもしれません。ほかにもレストランの運営に乗り出していらっしゃるそうなので、今度お会いできたら、取り扱いを増やしていただけないか伺ってみます」


 少し口を噤んでから、イライアスがロゼリアを見つめた。


「くれぐれも無理はしないでくれ。ロゼリアは酒も飲み慣れてはいないし、アーサー殿と会うなら、できれば俺も同席させて欲しいがな」

「そうですね。私はほんの一口程度しかお酒を飲んだことはありませんし、またアーサー様からご連絡があったらご相談します」


 ふと、心配そうにロゼリアが眉を寄せる。


「今も前世と同じなのかはわかりませんが、前世の私はお酒は飲めましたか……?」


 ロゼリアの言葉に、イライアスは苦笑した。


「あまり強いほうではなかったよ。それに、君はまだ成人を迎えたばかりだから、あまり積極的に酒やワインを勧めたいとは思えなくてね」

「そうでしたか」


 しょんぼりとした彼女に、彼は励ますように言った。


「だが、葡萄の品種や産地の知識を得たり、香りを覚えたり、ワインを飲む以外にも対応する方法はあると思うよ。ただ、君の本分は学生だ。クラン伯爵家を支えようと熱心な君の気持ちはわかるが、君は自分を追い込んでしまいそうで心配なんだ」

「アドバイスをありがとうございます、気を付けます」


 素直に頷いた彼女の頭を、イライアスが優しく撫でる。


「さあ、そろそろ行こうか」

「はい」


 イライアスの隣に並び、腕を取られることがしっくりとくるようになってきたことを感じながら、ロゼリアは彼を見上げて微笑んだ。


***


 帰りの馬車で、イライアスの隣に並んだロゼリアは、うとうとと彼の肩に寄り掛かっていた。ロゼリアの頭の重みを感じながら、穏やかな寝顔を見つめてイライアスが微笑む。


(少し疲れが出たのだろうか。また前世の記憶を思い出したと言っていたしな)


 イライアスが前世の記憶を思い出した時にも、自分で思う以上に精神的に負担がかかり、身体が重くなるような感覚があった。一度記憶が馴染んでしまえば、彼にとっては便利な記憶のほうが多かったものの、ロゼリアにはどうなのか、心配な気持ちは拭えない。


 さらに、ロゼリアから聞いたアーサーの名前が、イライアスにはどことなく引っ掛かっていた。


(レストランの運営、か。ノールド家の規模であれば、他事業に手を広げることには疑問はないが、こんなに都合よくロゼリアの前に現れるものだろうか)


 馬車がごとごとと揺れ、彼は眠っているロゼリアの身体をそっと抱き寄せた。


(俺の取り越し苦労かもしれないが、何か噂でも知らないか、今度兄上に聞いてみるか。クラン伯爵家の流通網についても、兄上に相談したいと思っていたしな)


 イライアスが馬車の窓の外を眺めると、いつの間にかしとしとと静かに雨が降り出していた。

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