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幸せな時間

 イライアスとロゼリアが向かったのは、小洒落ているが敷居の高過ぎない、隠れ家的なレストランだった。

 歴史の感じられる石造りの建物を活かしながら、一歩中に足を踏み入れるとモダンな造りになっている。


「素敵なレストランですね」

「そう言ってもらえてよかったよ」


 イライアスがロゼリアを見つめて嬉しそうに笑う。落ち着いた店内の奥まったテーブルに案内された二人は、向き合って腰掛けた。


「観劇にもまた行こう。今回は偶然チケットをもらったが、今度は君が好きそうな劇のチケットを俺が用意しておくよ」

「ありがとうございます。……イライアス様は、前世の私と観劇に行った時のことを覚えていますか?」

「ああ。君も覚えていたのかい?」

「イライアス様がハンカチを貸してくださった時に、思い出しました。前世でもああして並んで劇を見たことや、エルドレッド様のお気遣いに感動したことも。でも、私が嬉しかったのは、今のイライアス様の優しさです」


 前世の気持ちを思い出したことよりも、今目の前にいるイライアスが自分に向けてくれる気持ちがロゼリアの心に響いた。

 照れたように軽く頬を染めてから、イライアスが思案気に口を開く。


「もしかしたら、君は前世と似たような状況になった時に、記憶が戻りやすいのかもしれないな」

「確かに、そうかもしれませんね」

「今は頭痛がしたり、気分が悪くなったりはしていないかい?」

「大丈夫です。ただ……」

「ただ?」

「イライアス様のほうが、今の私自身よりも前世の私を知っていることが、少し複雑な気持ちです」


 前世の彼がどんな自分を好きだったのか、ロゼリアにはよくわからない。難しい顔をした彼女を見て、イライアスがふっと笑みを零した。


「確かに前世の君の記憶は残っているが、俺が見ているのは、今目の前にいる君のことだよ」


 彼の言葉は、すとんとロゼリアの腑に落ちた。それは、ロゼリアの感覚とも一致していたからだ。いくら彼に大切にされたとしても、それが前世の自分を好きだったことによるものなら、きっと不安を感じたのだろうと思う。けれど、イライアスはしっかりと現在の自分と向き合ってくれていると感じられることが、ロゼリアを安堵させていた。

 新しく関係を築いていきたいと言った彼女の言葉を理解した上で、尊重してくれているとわかる。そして、考えをしっかりと口に出してくれることも嬉しかった。


「イライアス様はお優しいですね」

「優しいというより、つい君のことが気になってしまうのだろうな」

「ふふ。それを優しさと言うのではないでしょうか」


 ちょうどその時、二人の前に前菜が運ばれてきた。新鮮な生野菜のサラダの上で生魚の切り身を花弁に見立て、食用の花弁も飾った、目にも鮮やかな前菜だ。


「わあ、綺麗」

「そうだね」


 二人は揃って舌鼓を打った。


「クラン伯爵家で造っているワインも合いそうだ。こういう店でも扱ってもらえるといいのだがな」


 イライアスが手元のワイングラスを傾ける。成人を迎えたばかりのロゼリアは、まだ酒を飲み慣れてはいないため、ワインの代わりに注文したジュースを飲んでいた。ノールド商会の使用人に、酒も飲めないようなお嬢さんと言われたことを思い出し、確かにその通りだと苦々しく思いながら、ロゼリアはイライアスに尋ねた。


「イライアス様。貴方様の目から見て、クラン伯爵家の事業はいかがですか? できれば率直なご意見をいただきたいのですが」


 少し眉尻の下がったロゼリアを安心させるように、イライアスが微笑む。


「君に伝えておきたいのは、クラン伯爵家で扱っている品物は、穀物もワインも間違いなく品質が高いということだ。義父上は、誠実に事業を行っていらしたのだと感じたよ」


 ほっとしたようにロゼリアが微笑む。


「そうなのですね。……事業は不振が続いている様子でしたが、改善の余地はありそうでしょうか?」

「ああ。扱っている品物の質がしっかりしていさえすれば、販路についてはいくらでも可能性がある。アルレイ侯爵家の人脈にも頼れる部分は頼りながら、義父上と立て直しを図っていきたいと思っているよ」

「そう言っていただけると心強いです」


 続いて運ばれてきたヴィシソワーズや白身魚のフリット、牛頬肉の煮込みも、どれも絶品だった。


「どのお料理も本当に美味しいですね」


 無邪気なロゼリアの笑顔につられるように、イライアスも笑う。

 最後に運ばれてきたショコラのムースをスプーンに掬ったロゼリアの手が、ふと止まった。彼女をじっと見つめるイライアスの視線を感じたからだ。

 ロゼリアはスプーンを手にしたまま首を傾げた。


「イライアス様、どうなさったのですか? 私の顔に、何かついているでしょうか」

「いや。こんな幸せな時間があるものなのかと思ってね」


 しみじみとそう言った彼は、頬を色付かせたロゼリアに笑いかけた。


「君の表情はくるくるとよく変わって、見飽きないね。近いうちに、仕事の合間を見てまた外に食事に来よう。いくつかお勧めの店があるんだ」


 あまり夫婦らしくない、初々しい会話ではあったけれど、それはロゼリアの反応の一つ一つを愛しく感じるイライアスの素直な気持ちだった。


「……こちらこそ、楽しみです」


 照れを隠すように、ロゼリアがスプーンを口に運ぶ。イライアスと夫婦になってからようやく始まった恋に、隠し切れず胸がときめく。滑らかなショコラのムースは、上品な甘さを口の中に残していった。


 化粧直しのために、ロゼリアが一度席を立つ。化粧を直し終えたロゼリアが席に戻ろうとしていると、背後から声が掛かった。


「ロゼリアさん。こんな所で会うなんて奇遇ですね」


 聞き覚えのある声にロゼリアが振り向くと、そこにはアーサーが立っていた。

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