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二人での観劇

 翌日の午後、観劇のために昨日と同じ町を馬車で訪れたイライアスとロゼリアは、石畳の大通りに降り立った。

 大通り沿いに立つ白い石造りの劇場には、現在が公演期間中であることを示す鮮やかな垂れ幕がかかっている。垂れ幕に描かれた劇の名前を見上げて、ロゼリアはうきうきとしていた。


(わあ、楽しみ)


 期末試験前にも、ロゼリアはジェマとクライドからこの劇の話を聞いていた。敵同士の家に生まれたヒロインとヒーローが苦難を乗り越えて結ばれる内容は、涙なしには見られないとジェマが絶賛していたのだ。さらに、ヒーロー役の役者は特に女性に人気があると、ジェマが興奮気味に話していた。


「ストーリーももちろん素晴らしいんだけど、ヒーロー役の役者さんがもう格好良くって……!」


 ロゼリアは、金銭的な問題に加えて試験の準備で余裕がなかったために、当時は観劇どころではなかったものの、ジェマの言葉が印象に残っていた。クライドからはその時に観劇に誘われたけれど、残念ながら断っていたのだ。

 非常に人気があったために再公演されているということを、ロゼリアは昨日商会の主人から聞いて初めて知ったのだった。


 イライアスがロゼリアに腕を差し出す。


「さあ、入ろうか」

「はい」


 彼の腕を取ったロゼリアの頬が、ほんのりと色付く。観劇のために正装をした彼自身が、まるで役者のように美しかったからだ。ロゼリアも、この日は上品な光沢のある菫色のドレスを纏っていた。


 商会の主人から譲られたチケットは、舞台にも程近い正面の席のものだった。想像以上に良い席に、ロゼリアの期待と興奮がさらに高まる。

 劇場の入口でもらった劇の小冊子を熱心に眺めていたロゼリアに、イライアスが微笑む。


「こんなに楽しそうにしているロゼリアは、初めて見たよ」

「ふふ。観劇なんて、母の生前に家族三人で観た時以来かもしれません。それに、今日の演目はもちろん、この劇団もとても人気があるのですよ」


 それから、ジェマから聞いた役者の話などをイライアスに話していたロゼリアだったけれど、途中ではっとして彼を見上げた。


「すみません。イライアス様はきっと、私よりもこういう場にずっとたくさんいらしていますよね? 私ばかりが興奮して喋ってしまって……」


 恥ずかしそうなロゼリアに向かって、イライアスが首を横に振る。


「いや、そんなことは関係ないよ。君と一緒に来られたことが、俺にとっては特別だから」


 歯の浮きそうな言葉でも、イライアスが言うと不思議と様になる。さらに、彼の瞳が愛おしそうに自分を見つめていることに気付いて、ロゼリアはどぎまぎとした。


「……私も、イライアス様と一緒に来ることができて、よかったです」


 イライアスが嬉しそうに笑う。


「初めてのデートだね。式と順番が逆になってしまったが」

「そう言われてみれば、そうですね」


 二人の左手薬指には、揃いの金の結婚指輪が輝いている。ロゼリアは不思議な気分になりながら、まだ着け慣れない結婚指輪を眺めた。

 ふいに、「可愛いよ」とイライアスに耳元で囁かれて、ロゼリアの胸がとくんと高鳴る。イライアスのよく通る低い声は、耳朶に心地よく響いた。


 その直後、開幕を告げるブザーが鳴り、舞台の幕が上がった。

 ジェマに聞いていた話の通り、劇の素晴らしさにロゼリアは息を呑んだ。役者の演技に引き込まれ、時間を忘れて見入ってしまう。場面を盛り上げるピアノやバイオリンの演奏も、しっとりと美しい。ついもらい泣きをしそうになった場面で、ロゼリアが指先で涙を拭おうとしていると、隣にいるイライアスからそっとハンカチが差し出された。

 慌てて小さく頭を下げ、受け取ったハンカチで目元を拭いながら、ロゼリアが懐かしい感覚を覚える。


(この感覚、どこかで……)


 彼女の頭に、ふと前世の記憶が甦ってきた。前世で劇を見る時は、二階の中央に特別に設けられた席が指定席だった。涙もろかった前世の彼女が泣きそうになると、隣にいたエルドレッドが、まるで用意をしていたかのようにすっとハンカチを差し出してくれたのだ。

 イライアスのさりげない気遣いに心が揺れる。


(こういうところ、イライアス様はいつも優しいのよね)


 彼の細やかな気配りから、大切にされていることが伝わってくる。


(前世の私が涙もろかったことも、きっと覚えていらっしゃるのでしょうね……)


 自分よりも彼のほうが前世の記憶を覚えていることがもどかしいのと同時に、常に自分を優先してくれることに甘酸っぱさも感じる。


 ロゼリアは舞台に視線を戻した。最終幕で客席の盛り上がりは最高潮を迎え、拍手喝采のうちに幕が下りる。ロゼリアも大きな拍手をしていたけれど、ちらりと隣に目を向けると、端整なイライアスの横顔が目に入った。彼も拍手をしながら、ロゼリアの視線に気付いた様子で、彼女に向かって柔らかく笑った。


「良い劇だったね」

「はい」


 そう答えながらも、ロゼリアはつい彼の笑顔に見惚れてしまった。彼女の目には、舞台で脚光を浴びていたヒーロー役の役者よりも、イライアスのほうが格好良く見えたからだ。そんな自分を自覚して、ロゼリアの頬には熱が集まる。


(私ったら、何を考えているのかしら)


 客席が薄暗いことに感謝しながら、彼女は舞台に視線を戻した。

 前世の彼女も、誰より前世の彼の優しい笑顔が好きだったことまで記憶に甦ってくる。

 ロゼリアが見ているのは、あくまで目の前にいるイライアスだ。それでも、前世の自分と今世の自分は、どうやら惹かれる部分が似通っているようだった。

 いったんイライアスに惹かれ始めたことを自覚してしまうと、様々な彼の魅力が見えてきてしまい、自分でも自分の心の動きについていけないような感覚になってしまう。さらに前世の記憶が新たに甦ったことで、感情の振れ幅も大きくなっているようだ。


 カーテンコールに応えて舞台に戻った役者たちが、歓声に包まれる。ジェマが言っていたように、ヒーロー役の役者はかなりの人気の様子で、客席の令嬢たちから黄色い声が飛んでいた。もちろん役者も素敵だったけれど、ロゼリアには彼よりも、隣にいるイライアスの存在のほうがずっと気になっていた。


 劇場を出たイライアスが、スマートにロゼリアをエスコートしながら口を開く。


「この後レストランを予約してあるんだが、いいかい?」

「はい。ありがとうございます」


 劇を見た後の高揚感が残る中で、ロゼリアはイライアスを見上げるとこくりと頷いた。

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