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古い記録

 ロゼリアは図書室で歴史書の書架を眺めていた。エセル王国に関する本を上段に見付け、背伸びをして数冊を手に取る。

 図書室にはほとんど人影はなかった。図書室の一角にある机に本を置き、椅子を引いて座ると、一番分厚い本に手を伸ばす。色褪せた本のページをめくる音が、静かな図書室に響いた。


(エセル王国のことを調べる時間が、ようやくできたわ)


 これまでエセル王国の歴史を読み解く時間が取れずにいたロゼリアだったけれど、少し身の回りが落ち着いて、久し振りに王立学院まで足を伸ばしたこの日は、調べものをするのに丁度良いタイミングだった。さらに、イライアス本人から前世の婚約破棄の経緯を聞けたことで、歴史に向き合う気持ちとしては以前よりも凪いでいる。

 そして、ロゼリアには気になっていることがあった。


(私が夢に見た、あの煉瓦色の髪をした男性。きっとイライアス様の側仕えだった方なのでしょうけれど、何か記録に残っていないのかしら?)


 王太子だったエルドレッドならともかく、彼の一介の側仕えに過ぎない者の記録が歴史に残っている可能性は低いように思われたけれど、それでも調べてみないことには始まらない。


 エセル王国の滅亡に関するページをぱらぱらとめくっていたロゼリアの手が止まる。前世の父に関する記述に目が引きつけられて、胸の奥が痛んだ。彼の名前は革命の立役者の一人として記されている。ただ、それ以上詳細な説明は残されてはいなかった。


(革命後の国家で、前世のお父様は幸せに過ごされたのかしら)


 リュシリエールにも、そしてエルドレッドにも知る由のないその後の彼の人生を思い浮かべ、ロゼリアが小さく息を吐く。

 再び関連する記述をなぞっていた彼女の視線が、一箇所でぴたりと止まった。むしろ、なぜ最初に気付かなかったのかと思うほど、目立つ姿絵が大きく載っていた。


(この煉瓦色の髪って……)


 華々しく革命軍の旗を掲げる煉瓦色の髪をした凛々しい青年は、『革命の英雄』と記されていた。ロゼリアの視線が彼に関する記述をなぞっていく。

 当初は王太子に仕えていたものの、王族の圧政に苦しむ民を見捨てることができず、民衆側について革命軍を率いたという彼の経歴を見て、ロゼリアの動きがぴたりと止まった。


(イライアス様が仰っていたのは、やはり彼のようだわ)


 王や王妃を筆頭に、エルドレッドたち王族を死に追いやった者の姿絵を、ロゼリアは口を引き結んで見つめていた。歴史書を見る限り、彼は民衆にとっては重要な活躍をした人物のようだ。

 ただ、彼の姿絵を見ても、夢に出てきた青年の顔が彼と同じだったのかはわからなかった。前世の婚約者だったエルドレッドの顔だけははっきりと覚えているのに、夢に出てきたと思しき青年や、前世の彼女を襲ってきた男たちの顔は、まるで靄がかかったように、ぼんやりとしか浮かんでこない。


(歴史書の記述によると、この方は立派な方として描かれているけれど、イライアス様が気にされていた理由は何なのかしら)


 イライアスは、前世の仇というだけで注意を促すようなことはないとロゼリアは知っている。不思議に思いながら、関連するページを読み終えたロゼリアは、別の本へと手を伸ばした。

 結局、それ以上は新しい発見のないまま、ロゼリアは手元の本をすべて閉じた。


***


 ロゼリアが王立学院から帰宅すると、メイドの一人が慌てた様子で彼女を出迎えた。


「お嬢様、大変です」

「何かあったの?」

「お父上が、また体調を崩されて……」

「‼︎」


 ロゼリアの顔からすうっと血の気が引く。慌てて彼女は父の部屋へと駆けて行った。


「お父様!」


 ベッドから上半身を起こしていた父は、顔色は悪いながらも使用人と話をしていた。難しい顔で使用人と相談していた様子の父が、ロゼリアに視線を向ける。


「お父様、ご体調はいかがですか?」

「心配をかけてすまないな。少し眩暈がしたのだが、前ほど悪くはないよ。それよりも……」

「何かあったのですか?」


 困った様子で、父と使用人が顔を見合わせる。


「ああ。私の代わりに、急遽イライアス殿が取引先に商品を届けてくれることになったのだが、手違いがあってね」


 青い顔で、使用人が頭を下げる。


「僕のせいです、申し訳ありません。届ける予定の品物を取り違えていたのです」

「それは何なのですか?」

「ワインなのだが、取引先の指定の銘柄とは違うものを馬車に積んでいたようだ。すぐに別の馬車を向かわせたいのだが、ここにいる彼にはこれから別の品物を納める約束がある。他の使用人も出払っているし、私が向かおうと思っているのだが……」

「私がまいります」


 即答したロゼリアを前にして、父は使用人と顔を見合わせた。


「だが、ロゼリア……」

「お父様は安静にしていてください。手元に正しい品物があるなら、私が馬車ですぐ届けに行きます」


 クラン伯爵家のために尽力してくれているイライアスに恥をかかせるようなことは、ロゼリアは決してしたくはなかった。

 少し悩んだ様子の父だったけれど、ロゼリアの言葉に頷く。


「では、君に頼むよ。イライアス殿もさっき出発したばかりだ、今から向かえば何とか間に合うかもしれない」

「わかりました」

「助かるよ、ロゼリア。大事な取引先だから、気を揉んでいたんだ」


 取引先の屋敷の場所を確認し、使用人の手を借りてワインを馬車に積み込んだロゼリアは、御者に頼んで、できる限りの速さで馬車を走らせた。

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