告白
間近でイライアスと見つめ合う格好になったロゼリアには、彼が息を呑んだのがわかった。
慌ててロゼリアがぱっと彼の腕の中から離れる。
真っ赤になっているロゼリアの前で、イライアスも頬を染めていた。
「何もしないと言っていたのに、すまない。夜中に君がうなされているようだったから、つい抱き寄せてしまったんだ」
「……私こそすみません。悪夢を見ていて、助けを求めたような記憶が薄らとありますから、イライアス様のせいではありませんわ。前世を思い出してからというもの、時々悪夢を見るのです」
イライアスが慎重にロゼリアに尋ねる。
「前世に関する夢だったのかい?」
「ええ、そのようでした。でも、昨夜の夢に出てきたのは、私の覚えにはない方でした。煉瓦色の髪をした男性で……」
はっとしたようにイライアスは上半身を起こすと、厳しい顔つきになって口を開いた。
「もう少し詳しく聞かせて欲しい。前に話した俺の側仕えだった男も、特徴的な煉瓦色の髪をしていたんだ」
ロゼリアも彼の隣で上半身を起こすと、悪夢の内容を思い起こした。起きたばかりの時はもっとはっきり覚えていたような気がするのに、少し時間が経つとどんどんと朧げなものに変わっていく。
「あまり具体的に覚えている訳ではないのですが、私の目の前に、煉瓦色の髪をした方が跪いていて……。その方の手を振り払って、逃げようとしていたような気がします」
難しい顔で黙り込んだイライアスを前にして、今まで聞けずにいたことが、思わずロゼリアの口をついて出る。
「私、イライアス様にずっと聞きたいと思っていたことがあるのです」
「ああ、何だい?」
「イライアス様が前世の私との婚約を破棄なさったのは、エセル王国で革命が起きるとわかっていたからですよね?」
イライアスはロゼリアの言葉に目を瞠った。
「やはり君は聡明な女性だな。気付いていたのか」
「歴史の期末試験の勉強をしていた時、エセル王国最後の国王がエルドレッド様のお父様だと知って驚いたのです。まさか、あの直後に革命が起きていたなんて……」
彼は目を伏せると続けた。
「あれは、俺の両親を中心とした王族が民衆に圧政を敷いたことが原因だ。だが、君の父上は民に負担を強いることに否定的な立場だった。俺との婚約がなくなれば、君なら生き延びられるのではないかと思って、その可能性に賭けたんだ。君にだけは、幸せになって欲しかった」
ロゼリアは黙ったまま、彼の言葉に耳を傾けていた。
「実際、君の家は革命軍側についた数少ない貴族家の一つになった。俺が君との婚約を破棄した上に、その直後に君が世を去ったことも一因になったのかもしれない。人格者の父上だったが、愛娘の君を失って烈火のごとく怒っていたよ」
断頭台の前で、凍りつくような視線をエルドレッドに向けていたのがリュシリエールの父だったのだ。
(前世のお父様は、革命軍側についたのね……)
それまでは記憶の彼方だった前世の父のことが少しずつ思い出されて、ロゼリアの胸が疼く。今世の父とはタイプが違ったけれど、愛情をたっぷり注いでくれたことは二人共同じだった。
「前世の君は……君も覚えているようだが、俺が婚約を破棄してから、父上の元に帰り着く前に殺されてしまった。いくら謝罪したとしても、許されるはずもない」
イライアスの顔が辛そうに歪む。
「胸が潰れるとはこういうことを言うのだと、冷たくなった君を腕に抱いて初めて知った。断頭台の前に立った時はほっとして、君に追いつけないかと期待して……あの世では会えなかったが、こうしてまた君に会うことができた」
無言のままのロゼリアに、イライアスは静かに言った。
「奇跡を起こしてくれた神に感謝しているよ」
ロゼリアがイライアスを見つめる。
「貴方様は、前世の私に幸せになって欲しかったと仰いましたね。ですが、仮に生き延びられたとして、リュシリエールは本当に幸せになれたと思いますか?」
イライアスはぐっと口を噤んだけれど、ロゼリアは抑え切れずに続けた。
「前世の私は、何があったとしても、最期の瞬間までエルドレッド様の隣で添い遂げたかった。ずっとお側にいることこそが幸せだったのです。そのことをわかっていたからこそ、前世の貴方様は、あえて婚約破棄をなさったのでしょうが……何を幸せと感じるのかは、私の問題です。貴方様が決めることではないと思います」
「その通りだ。返す言葉もないな」
ロゼリアは強い瞳でイライアスの目を覗き込んだ。
「私、イライアス様の強引な求婚には失望しましたし、怒っていたのですよ? 結果的に家が救われることを選んだのは私ですが、前世の気持ちは前世に置いてきてしまったようですし、同じ気持ちをまた貴方様に抱けるのかもわかりません」
「そうだろうな」
目を伏せた彼の前で、ロゼリアは深く息を吸い込んだ。
「ですが、前世の婚約破棄の理由を知って、貴方様らしいと思ったことも確かです。貴方様は、誰よりも前世の私を大切にして、愛してくださいましたから」
ロゼリアは、前世から自分の胸につかえていたものが、ようやくすうっと溶けて消えていったような気がした。
「きっと、今世の貴方様との関係を、また新たに築いていくことはできるのではないかと思います。イライアス様の優しさや、頼りになるところに救われているのは事実ですから」
イライアスがはっとしてロゼリアを見つめる。彼女は先にベッドから抜け出すと、イライアスに頭を下げた。
「偉そうに失礼いたしました。私、イライアス様のことは、今でもわからないことが多いのですが……状況が許すようなら、私にもっと本音を伝えてくださいませ」
「君には敵わないな」
ふっと息を吐いたイライアスの顔には、確かな希望が滲んでいた。ロゼリアもすっきりとした顔で微笑んだ。
「これからも助けていただくことは多いと思いますが、よろしくお願いいたします。夫婦になったのですから、私にもできる限りイライアス様をお支えさせてください」
「ああ、よろしく頼む」
「では、失礼いたします」
「待ってくれ、ロゼリア」
くるりと背を向けたロゼリアを、ベッドを下りたイライアスが呼び止めた。
振り返った彼女の身体を、イライアスの両腕が包み込む。
「ありがとう、愛しているよ。今はこれ以上、君に伝える言葉が思い浮かばない」
心からの感情が込められた彼の言葉に、ロゼリアの胸がとくんと高鳴る。今世でも彼に惹かれ始めているようだということに、気付かないふりをするのは難しかった。
小さく頷いたロゼリアは、イライアスの腕が解かれると、染まった頬を隠すように急ぎ足で寝室を出て行った。