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結婚式を迎えて

「ええええっ⁉︎ イライアス様と結婚する、ですって??」


 大声を上げたジェマの前で、ロゼリアは慌てて唇の前に人差し指を立てた。


「ジェマ、声が大き過ぎるわ!」

「ごめんごめん。あんまりびっくりしたから、つい……」


 ちょうど校門前でジェマと会い、彼女と廊下を歩いていたロゼリアは周囲を見回した。今日は王立学院の終業式の日だ。最上級生の卒業式は、昨日開催されたばかりだった。

 まだ朝早い時間だからか、廊下には生徒が遠くまばらに見える程度だった。胸を撫で下ろしたロゼリアに、ジェマが興味津々に尋ねる。


「期末試験後にイライアス様と帰ってるのを見て、何だろうって思ってはいたけど、まさか結婚だなんて‼︎ いったい、何があったっていうの? ロゼリアは、長いことイライアス様を避けていたじゃない。あれからそんなに経ってはいないのに、どんな心境の変化があったの?」


 好奇心に瞳を輝かせて早口でまくしたてたジェマは、教室に足を踏み入れると、一番乗りをしていたクライドに大きく手を振った。


「ねえ、クライド! 聞いてくれる?」


 勢いよく机の前に来たジェマに、彼は怪訝な顔で尋ねた。


「朝から元気だね、ジェマ。何があったっていうんだい?」

「ロゼリアが、イライアス様と婚約したの!」

「えっ……」


 クライドが呆気に取られた様子でロゼリアを見つめる。ジェマは楽しそうに続けた。


「しかも、結婚ももうすぐですって!」

「どういうことだい、ロゼリア?」


 ジェマとクライドの前で、ロゼリアの頬が赤く染まる。


「色々あって、イライアス様と結婚することになったの。二人にはいつ言おうか迷っていたのだけれど、なかなか伝えられなくてごめんなさい。イライアス様は王立学院を卒業したし、ちょうどいいかと思って」

「ああ、昨日卒業式だったもんな」


 前日に行われた王立学院の卒業式では、在校生たちが巣立っていく卒業生を見送った。卒業生の中でも、イライアスの人気は目立っていた。

 とりわけ多くの女生徒たちから惜しまれつつ去っていくイライアスからは、軽く目配せをされただけだったけれど、それでもロゼリアはどぎまぎとしたのだった。


「実は、イライアス様にも、あまり目立ちたくはないから卒業までは伏せておいて欲しいとお願いしていたの」

「ロゼリアもイライアス様もこれまで内緒にしていたから、誰も知らなかったのね。でも、それは多分正解だったと思うわ。もしロゼリアとの結婚が知られていたら、昨日の卒業式でもたくさんの女生徒から悲鳴が上がっていたはずだもの」


 ジェマが納得したように頷く。


「それにしても急だね、まだロゼリアは学生だっていうのに」


 クライドが少し寂しげにロゼリアに言った。


「うん。私もこんなにすぐに結婚するとは思っていなかったのだけれど……家業が厳しくて、父も倒れてしまって、困っているところをイライアス様が助けてくださったの」

「そうだったの、それは大変だったわね。私たちにも相談してくれたらよかったのに」

「ロゼリアの助けになれることがあるなら、僕だっていくらでも手を貸すよ」

「ジェマもクライドも、ありがとう」


 微笑んだロゼリアに、ジェマは興奮気味に尋ねた。


「結婚式って、私たちも呼んでもらえるのかしら?」

「もちろん。ただ、式は身内と親しい友人だけで、ささやかに行う予定なの」

「へえ、そうなんだ」


 侯爵家から婿入りするイライアスの立場を考えて式は挙げるものの、クラン伯爵家の懐事情を考えると豪華な式は難しい。結局、アルレイ侯爵家から多くの支援を受けて式を挙げることが、ロゼリアには申し訳なかった。


 ジェマはうっとりとした表情で息を吐いた。


「あんな素敵な旦那様、夢みたいね。羨ましいわ」

「……そうかもしれないわね、ありがとう」


 一瞬の間が空いて返したロゼリアに、ジェマは不思議そうに続けた。


「ロゼリアは嬉しくないの?」


 慌ててロゼリアがジェマに返す。


「イライアス様は私には勿体ないような人だから、結婚にもまだ現実味が湧いていないのかもしれないわ」

「ロゼリアは可愛い上に努力家だから見初められたんだと思うし、自信を持って!」


 ジェマがロゼリアににっこりと笑いかける。


「また結婚式を楽しみにしてるわ」

「僕もだよ」

「ありがとう。ジェマとクライドには、近いうちに招待状を送るわね」


 親しい友人からの祝福の言葉に、ロゼリアも微笑みを浮かべた。


***


  結婚式の日は、ロゼリアが想像していたよりもあっという間にやって来た。

 その後再び来訪したイライアスから、すぐに婿入りしたい旨を告げられて、ロゼリアの父も涙を流して喜んでいた。結婚式の準備の合間に、クラン伯爵家の家業の説明もイライアスに始めている様子だ。

 しばらく左半身が思うように動かず気落ちしていた父に、少なからず活力が戻ったように見えて、ロゼリアも嬉しく思っていた。今では、ゆっくりであれば杖なしに動けるようになり、日常生活には支障が出ない程度には回復が見られている。


 輝くばかりの純白のウェディングドレスを身に着けた娘の姿を、父は目を細めて見つめていた。


「綺麗になったな、ロゼリア。天国の母さんも、きっと喜んでいることだろう」


 ロゼリアが窓から外を見上げると、雲一つない澄み切った青空が広がっている。

 父はしみじみと彼女に言った。


「お前には苦労をかけたな。我慢させることも多かったが、文句一つ言わず奨学金で王立学院に通って……。我が娘ながら、たいしたものだ」

「私のほうこそ、お父様の娘に生まれて良かったです。イライアス様が婿入りしてくださいますし、お父様も少し落ち着けるといいですね」

「ああ、本当にありがたいことだよ。……さあ、そろそろ行こうか」

「はい」


 父に腕を取られて、ロゼリアがチャペルへと向かう。イライアスが彼女を待っていることを思うと、自然と鼓動が早くなる。

 少し緊張している様子ながらも、父を慮ってゆっくりと歩調を合わせて進む娘を、彼は温かな瞳で見つめた。


 チャペルに到着したロゼリアは、父と並んでバージンロードを進んでいった。こぢんまりとしながらも歴史の感じられるチャペルの両側から、参列者たちの視線を感じる。けれど、緊張のあまり、ロゼリアは参列者の顔に目をやる余裕はなかった。


 ウェディングドレスの長いトレーンがバージンロードを彩る。ロゼリアのために特別に誂えられたドレスは、繊細なレースが幾重にもあしらわれた、シルクの光沢が美しいものだ。彼女の視線の先には、シルバーグレイのフロックコートを纏った長身のイライアスの姿があった。


(自分の心臓の音が聞こえそうな気がするわ……)


 どくどくと大きな音を立てる胸を宥めるように、ロゼリアは深呼吸をしてから父の腕を離した。ロゼリアの前に立つイライアスは、眩しそうに彼女のことを見つめていた。

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