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【第13回ネット小説大賞 WEBTOON部門入賞】前世で私を棄てた婚約者様に、どうやら執着されているみたいです  作者: 瑪々子


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イライアスの想い

 家で期末試験の勉強をしていたイライアスは、ペンを机に置くと、しばし自分の両手を眺めた。


(ロゼリア……)


 ロゼリアを家に送る馬車の中で、急な揺れに彼女が体勢を崩した時、抱き留めた身体は固く強張ったけれど、両手には彼女の温かな体温を感じた。それは、彼にとっては涙が出そうなくらい嬉しいことだった。

 最後に前世のリュシリエールと対面した時には、既に彼女の身体は冷え始めていたからだ。

 前世での彼女との別れを思い出し、彼は深い溜息を吐くと、鈍く痛む頭を片手で押さえた。


(前世で、俺はリュシーを守ることができなかった)


 エルドレッドがリュシリエールと婚約していた時、国内では革命の機運が高まっていた。武力で領土を拡大し、周囲の小国を征服して奴隷を増やすことで国力を増してきたエセル王国内では、貧富の差が広がっており、激しい不満が渦巻いていたのだ。


 彼自身は、貧しい民衆の意見も掬い上げようと奮闘していたものの、彼の父である国王は正反対の意見を持っていた。国王は、王宮での贅沢な暮らしを満喫する一方で、歯向かう者たちには見せしめのように残虐な刑を課した。そんな王族たちは、恨みと憎しみの対象になっていた。


 エルドレッドの肩を持ち、彼を支えていたのは、心優しき婚約者のリュシリエールと、彼女の実家の侯爵家だった。けれど、そのライバル関係にあった侯爵家のほうが、既得権益を守ろうとする貴族たちの筆頭であり、国王との立ち位置が近かった。


 エルドレッドは、父である国王が、彼の婚約にも次第に不満を抱くようになっていたことに気付いていた。そして、それ以上に、国内の緊張が高まり、革命の兆候が随所に現れていることを悟っていた。国の至る所に漂う不穏な空気から、愛する婚約者を守るにはどうすればよいか、彼は苦渋の決断を迫られていたのだ。いったん彼との婚約が調ってしまえば、リュシリエールは将来の王妃になる。革命で国が覆ってしまえば、断頭台は避けられない。


 領民たちからの信頼が篤いリュシリエールの実家の侯爵家であれば、革命が起きたとしても無事に生き残れるのではないかと、エルドレッドはその可能性に賭けて、断腸の思いで彼女との婚約を破棄したのだった。

 リュシリエールに本当のことを告げてしまえば、彼女は自分の側から決して去りはしないとわかっていた。


(彼女にはどうにかして生き延びて、俺のことなど忘れて幸せになって欲しかったのに……)


 あえて多くの貴族たちの前でリュシリエールとの婚約破棄を告げたのは、彼女はもう、憎まれる王家とは関係が切れたと示すため。婚約破棄の噂はあっという間に広がるだろうと想像していた。


 革命が起きたら真っ先に矢面に立たされるであろう、ライバル侯爵家の令嬢と婚約を結び直したのも、民衆の憎悪の目を自らに集中させるためだった。


 けれど、婚約破棄の直後、彼が対面することとなったのは、愛する人の変わり果てた姿だった。

 まだ仄かに温もりの残る最愛の人を腕に抱き締めて、彼は慟哭した。


(リュシーは、どんな思いで死んでいったのだろう)


 彼が見た、王宮を去って行く彼女の顔には、ただ深い絶望が滲んでいた。

 裏切られ、棄てられて、さらに恐怖の中で世を去ったであろう彼女のことを思うと、心臓が潰れそうだった。せめて最期の瞬間まで、なぜ自分が側で守れなかったのかと、そればかりが悔やまれた。

 革命が起き、王家が転覆して断頭台に立った彼は、彼女のいない世界でそれ以上過ごさずに済むことに安堵していた。


(もしも、願いが叶うなら。あの世でも来世でもいい、どうかまた彼女に会いたい)


 最後に神に願った前世の彼は、断頭台の露となって消えた。


***


 今世でロゼリアと出会ったイライアスは、前世の最後の願いを叶えてくれた神への感謝を覚えずにはいられなかった。


 ロゼリアが、前世で襲ってきた者が自分の差し金だと誤解していることもわかっている。それでも、悲惨な結末を招いたのは、ひとえに自分の判断の甘さゆえだったと、彼は深く責任を感じていた。


(俺のせいで、愛する君の未来を奪ってしまった)


 エルドレッドは、リュシリエールとの婚約破棄の後、最も信頼していた自らの腹心を彼女の側につけていたのだ。革命派の民衆とも密かに良好な関係を築いていた彼の腹心は、リュシリエールとも日頃から親しくしていた。彼はリュシリエールを心から慕っていると信じて、疑ってはいなかった。

 けれど、エルドレッドがその後に対面を果たしたのはリュシリエールの亡骸だけで、彼女の警備につけていたはずの腹心は姿を消していた。リュシリエールを託した彼の裏切りに、エルドレッドは言葉も出なかった。


 前世の記憶を取り戻したイライアスは、自分たちを裏切った腹心の存在もまた思い出していた。


(――あれは、頭の切れる男だった。そして、人心掌握にも長けていた)


 ロゼリアは前世の彼の腹心を覚えてはいないようだったけれど、イライアスには彼の存在が気掛かりでならない。それは、ロゼリアが苦学生だと知ったイライアスが、彼女の実家であるクラン伯爵家について調べた時、奇妙な圧力がその事業にかかっていることに気付いたからだ。その時、なぜか彼の背筋はすうっと冷えた。


(……嫌な予感がする)


 理屈で説明するのは難しかったけれど、イライアスがロゼリアに会った瞬間に、彼女がリュシリエールの生まれ変わりだと感じたのと同じくらいに、クラン伯爵家に対して裏で圧力をかけている何者かに、彼はえも言われぬ胸騒ぎを覚えていた。

 自分の思い過ごしではないかと、イライアスは何度も自分に言い聞かせたけれど、本能的な感覚が、一刻も早く動くべきだと彼に訴えていた。

 目に見える証拠がある訳ではない上に、他家に関する話だ。誰に相談することも、手を出すこともできず、焦りが募る。


(もしも、今世でも、ロゼリアに何か危害が加えられたとしたら……)


 イライアスは、自らの第六感に言い知れぬ不安を覚えるのと同時に、気も狂わんばかりにロゼリアの身が心配になった。前世の腹心の影が、遠くないところにあるように感じられた。

 そして、イライアスには、未だにわからないことがあった。


(なぜ、彼は前世でリュシリエールを裏切ったのだろう)


 前世の腹心は、リュシリエールを嫌うどころか、むしろ思慕の情を寄せているように見えた。だからこそ、イライアスは彼を信じて彼女を託したのだ。リュシリエールを即座に裏切り、残酷な最期を迎えさせるほどに恨んでいたのなら、もし今世に彼が生まれ変わっていたとしたら、ロゼリアに何を仕出かすかわからない。


 前世の腹心が今世に生まれ変わっているとしても、どのような身分でどこに潜んでいるのか、イライアスには知る由もなかったし、手掛かりになりそうなのはクラン伯爵家絡みの情報のみだ。それでも、ロゼリアに手が伸ばされようとしているような、嫌な感覚があった。

 クラン伯爵家の内情を外部から調べるのには限界がある。そして、ロゼリアを守ろうと思えば、できるだけ彼女の側にいられるほうがよい。その両方を叶える手段が、彼女との結婚であり、クラン伯爵家への婿入りだったのだ。彼の望みは、ロゼリアが無事でいてくれることだけだった。

 なりふり構ってはいられず、イライアスはすぐにロゼリアに求婚したのだ。


(ロゼリアが俺に心を開いてくれることは、一生ないかもしれないが。どんなに君に嫌われようと、今世で君を守るためなら、俺は何だってする)


 前世で奪ってしまった彼女の笑顔を、できることならほんの僅かでも取り戻したい。その希望が叶うかはわからなかったけれど、せめてロゼリアの実家のクラン伯爵家が持ち直し、そして彼女の身の安全を確認できるまでは、一番側で守りたかった。


(どうか、今度こそ俺にロゼリアを守らせてください)


 彼は窓から星の瞬く夜空を見上げると、願いを込めてぎゅっと拳を握り締めた。

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