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望まない求婚

以前に書いた短編の長編版です(短編とは設定を変えている部分があるため、短編は今は検索除外にしています)。

お付き合いいただけましたら幸いです。

 ロゼリアが王立学院から帰宅すると、玄関に勢いよく飛び出して来た父が、彼女の華奢な身体を抱き締めた。


「ありがとう、ロゼリア。お前のお蔭だよ」


 その言葉の意味がわからないまま、彼女は瞳を潤ませている父を困惑気味に見上げた。


「どうしたというのです、お父様?」


 目元に滲む涙を拭った父が、ロゼリアに向かってにっこりと笑う。


「アルレイ侯爵家が、この家への支援を申し出てくださったんだ」

「えっ、アルレイ侯爵家が……?」


 アルレイ侯爵家は、このヴェルヌ王国でも五本の指に入る名門の貴族家だ。娘の怪訝な表情に気付かぬままに、父は頷いた。


「ああ、これで領民たちにも迷惑を掛けずに済む。お前がアルレイ侯爵家次男のイライアス様に求婚されるなんて、思ってもいなかったよ。まさか、彼のような素晴らしい方が、この家に婿入りしてくださるとはな」

「……‼︎」


 ロゼリアは思わず両手で口元を覆った。彼女の顔から、さあっと血の気が引く。彼女にとってのイライアスは、結婚どころか、顔すら見たくもない相手だったからだ。

 けれど、その理由を父に説明するのが困難だということを、彼女はよくわかっていた。イライアスは、恵まれた家柄だけでなく眉目秀麗な容姿でも知られ、社交界で高い人気を誇っている。さらに、王立学院では抜群の成績を収めており、その優秀さでも評判だ。歴史は古いものの、傾きかけているクラン伯爵家の一人娘である自分には、傍から見ても明らかに釣り合わない相手だということを、ロゼリアは認めざるを得なかった。


(お父様は、私がイライアス様との結婚を喜んでいると信じ切っていらっしゃるみたいだわ)


 イライアスからの求婚が、娘にとってはまったく望ましくないものだなんて、父には想像もつかないのだろうとロゼリアは思った。

 早くに母を亡くしたロゼリアにとって、男手一つで彼女を育ててくれた真っ直ぐで少し不器用な父は、誰より大切な存在だ。しかし、彼は昨年、多忙のせいで無理がたたって一度倒れている。もし次があれば命の保証はないという医師の言葉を、ロゼリアは茫然と聞いていた。

 王立学院を卒業したら、父を支え、少しでも彼の負担を減らすことがロゼリアの願いだった。そんな父の心からの笑顔を見てしまった彼女には、イライアスからの縁談を断ることは難しくなっていた。


 言葉を失っているロゼリアの肩を、父が優しく叩く。


「イライアス様は、屋敷の中でお前のことを待っているよ」


 娘が感極まっていると勘違いした様子の父は、無言のままの娘の背中を押すようにして、嬉しそうにイライアスのところへと連れて行った。

 応接間のドアが閉まると、ロゼリアはテーブルを挟んで座るイライアスの顔を冷ややかな瞳で見つめた。


「どうして、私に求婚などなさったのですか? 貴方様には、クラン伯爵家のような格下の家に縁談を持ち込む必要なんて、どう考えたってないでしょう」

「君には前にも伝えただろう、俺との結婚を考えて欲しいと。だが、君は冗談だろうと取り合ってはくれなかったな。だから、俺が本気だということを示したまでだ。多少強引だった自覚はあるがな」


 外堀を埋められたロゼリアが、深い溜息を吐く。


「アルレイ侯爵家の当主様にまで話を通していらっしゃったなんて、思いもしませんでしたわ。……それに、結婚云々なんていう以前に、私にはもう関わらないで欲しいと、何度も申し上げたはずですが」


 淡々とそう言ったロゼリアを、イライアスは真剣な顔で見つめ返した。


「だが、このままでは、君の家が立ち行かなくなるのも時間の問題だ。君の家が持ち直すまでで構わないから、俺を利用してくれないか」


 ロゼリアは俯くと、呟くように言った。


「父は、この縁談にすっかり乗り気になっています。アルレイ侯爵家がこの家に支援の手を差し伸べてくださることには、感謝しております。でも……」


 彼女は顔を上げると続けた。


「なぜ私なのです? 前世の罪滅ぼしか何かのおつもりですか」


 イライアスが言葉を詰まらせる。

 前世の彼は、前世のロゼリアが心から愛した婚約者であり、そして彼女を棄てた相手だった。

 到底信じられないようにも思えた、ロゼリアの脳裏に甦ってきた前世の記憶が確かなものだと判明したのは、皮肉にも、イライアスから前世の自分の名前を呼ばれたからだ。互いに前世の記憶を持っていることを、二人はそれぞれ知っている。


 イライアスがゆっくりと重い口を開いた。


「いや、違う。そんな理由で君に求婚したのではない」

「では……」


 ロゼリアが乾いた笑みを零す。


()()私を殺すおつもりですか?」


 彼女が思い出した前世の記憶は、決して好ましいものではない。前世のイライアスは、前世のロゼリアの想いを踏みにじるかのように、多くの衆目の前で彼女との婚約を破棄して、他の令嬢との婚約を宣言した。そのうえ、婚約破棄の直後、まるで謀ったかのように前世のロゼリアは何者かに襲われ、命を落としたのだ。

 しばらく口を噤んでから、イライアスは静かに言った。


「俺はただ、君の側にいることができるなら、それだけで構わない。それが君に求婚した理由だ」


 苦しげに彼が顔を歪める。


「君の家の事情につけ込むような卑怯な真似をしていることは、百も承知だ」

「……私には、イライアス様のお考えがさっぱりわかりませんわ」


 ロゼリアは硬い表情でイライアスを見つめた。


「私、結婚しても、貴方様を愛することはできないと思います」

「ああ。そんなことを望む資格は、俺にはないとわかっているよ」


 そう言いながらも悲しげな表情を浮かべた彼を見て、ロゼリアの方がなぜか傷付いたような顔になる。


(どうして、こんなことになったのかしら。彼ならどんな相手だって選べるはずなのに、なぜ今更私のことを……? 今の私には、前世の私が秘めていたような彼への想いなんて、欠片も残ってはいないのに)


 もしも前世の自分が、彼から想いの籠もった言葉を贈られていたのなら、きっと涙を流して喜んだのだろうと、まるで他人事のようにロゼリアは思った。彼女の胸はもう冷え切っている。心からの愛情をあっさりと裏切った相手を信じることなど、ロゼリアにはできそうにない。


 複雑な気持ちになりながら、彼女は今世でイライアスと出会った時のことを思い返していた。

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