04 決意
「それにもうこれ以上この家にいるわけにはいかないわ」
このまま公爵家のやっかいものとして暮らすのか。
いずれどこかの年老いた伯爵だが男爵だかに無理やり嫁がされるのか。
まかり間違えば、コルデリアの侍女にという未来だってありうる。
「ロディーヌ様」
ロディーヌを見るメアリーの目はいつになく真剣だった。
「そんなに心配?当然あなたも一緒に行くんですからね」
ロディーヌは笑みを浮かべて言う。
メアリーの顔が驚きと喜びに包まれる。
「え!いいんですか?」
「もちろんよ。あなたさえよければ、これからもずっと私のそばにいて欲しいの。あなたは私の家族のようなものだから」
「もったいなさすぎるお言葉ですわ。私こそ、これからもロディーヌ様にお仕えできるなんて、天にも昇る気持ちです」
メアリーはとんでもないといったそぶりで言った。
ロディーヌはテーブルの上のグラスをとり、水を飲み干した。
そして再び口を開いた。
「前から何となくわかっていたの。私はこの家にいてはいけないんだって」
「でもロディーヌ様ほどキングストン家に尽くされている方はおられませんわ」
「お父様やお母様はご存じないし、ご興味もおありではないわ、そんなこと」
「まぁロディーヌ様がいなくなった後に、有難みをわかればいいんですよ、あの方たちは」
メアリーは少し意地悪そうな表情をする。
「そんな事もないと思うけど。とにかくあなたが一緒に来てくれるなら心強いわ」
「わかりました。私も準備しておきます」
そう言った後、メアリーは時計を見る。
「あら、もうこんな時間。長々と失礼いたしました、ロディーヌ様」
「そうね。では今夜はこれで。おやすみ、メアリー」
「おやすみなさいませ、ロディーヌ様」
メアリーが部屋を出ていくと、また一人の時間になる。
ああはいったものの、やはり不安はある。
これからどうなっていくのだろうか。
様々な思いは尽きない。
その時――
「やぁ、久しぶり。何か考え事かな?」
ロディーヌがその声の方に振り向くと、そこには小妖精がいた。
緑の帽子と上着、赤い下履きという、おなじみのいでたちだった。
「まあ、あなたなの」
「あなたなのとはご挨拶だね。このホルバン様に対して」
その小妖精は言った。
妖精達はエリン王国に広く生息している。
小妖精、泣き妖精、猫妖精、妖精の恋人等々。
彼らは普段は妖精の国に住んでおり、時々人里に現れる。
ホルバンとはもう八年くらいの付き合いになる。
初めて出会ったのは、母が亡くなったあとすぐだった。
それ以来、彼の知識や手助けを得たりした事もあった。
「せっかくなんだけど、ごめんなさい。あなたの相手をしている暇はないの」
ホルバンは悪い妖精ではない。
ただ妖精の例にもれず、気まぐれでいたずら好きなところもあった。
「いやいや大体知ってるよ。大変だったみたいだねぇ」
ホルバンの声には若干面白がっているような雰囲気があった。
「あなたにとっては笑いごとかもしれないけど、こっちの身にもなって欲しいわ」
「ふーん。じゃあちょっと詳しく話してみてよ」
ロディーヌは今まで起こった事を話し始めた。
聖女の力を得た事に始まって、第二王子の婚約者になった事。
聖女の力を失って婚約破棄になった事。
妹が王子の新たな婚約者になった事。
そういえば、前にもこんな事があった。
ホルバンやメアリーに対して、色々な出来事を話してきたものだ。
そうするとなぜか少しだけ心が軽くなった気がする。
最もメアリーはともかく、ホルバンはちゃかしたり、まぜっかえしたりすることも多かったのだが。
「そういうわけでね。今度はレンスター公爵から婚約の申し込みがあったの」
「ふんふん。へぇーなるほどね。そりゃ面白い」
「結局私は聖女なんかじゃなかった。何かの間違いだったのよ」
「そりゃね。あんたは聖女なんかじゃないもんね」
そう言うとホルバンはげらげらと笑った。
「でもね。そんな何の能もない私でも、生きていかなければいけないのよ」
するとホルバンは、少し真剣な顔になって言った。
「前から言ってるけどね。あんたは自分を低く評価しすぎだよ。あんたの良くない癖だよ」
ロディーヌはホルバンを見つめた。
心配しているのか、面白がっているのか。
多分その両方かもしれない。
「でも本当の事だもの」
「それでさ、あんたはどうするんだい?」
「メアリーにも言ったけど、婚約の申し込みをお受けするのも手かもしれないと思ってるわ」
「お、珍しく積極的だねぇ」
「どのみちこの家には私の居場所は無いもの。あるのは母との思い出だけだわ」
しばらくは沈黙の時が流れた。
先に口を開いたのはホルバンの方だった。
「まぁおいらには関係ない。あんたが決める事さ」
「その通りね。あなたは公爵の事をどう思うの?」
「実のところ、公爵の事はおいらも良く知らないんだな」
「そう」
「人間どもが噂してるのは聞いてるけど。まぁ人間の噂なんてあてにならないもんさ」
ロディーヌはしばらくは自分の物思いにふける。
ふと顔をあげると、いつのまにかホルバンはいなくなっていた。
小妖精というものは気まぐれだ。
今までもこういう事があった。
今夜は疲れたな。
これからどうしよう。
そんな事を考えているうちに、いつのまにか眠りについていた。
翌朝の目覚めは快適というほどでもなかった。
起き上がって窓をあける。
外の空気だけはロディーヌの気分にかかわらず、新鮮で気持ちが良かった。
歯磨きと洗顔をすませて、今日はそのまま食堂へ向かう。
すると妹が先に来ていた。
「おはようございます、お姉さま」
コルデリアはすました顔で、ロディーヌに向かって言った。
「おはよう、コルデリア」
表面上は平静をよそおって、ロディーヌは挨拶する。
「お姉さま、今日は厨房でお召し上がりにならないのですか?」
コルデリアは笑みを浮かべていた。
ロディーヌが家族と一緒に食事をとる事は少なかった。
早起きして水汲みの手伝いをしたり、掃除をしたりしていたせいだ。
義母やコルデリアも、何かといえばロディーヌをのけものにしていた。
「そうね。今日はここでいただくわ。話がありますから」
「もちろん。お姉さまのご自由になさってよろしいんですのよ。家族なのですから」
言外の含みをにじませながら、コルデリアが言う。
義母や妹が自分に向ける悪意にはもう慣れた。
慣れたつもりだった。
だがやはり心は冷える。
やがて父と義母も広間にやってきた。
今日の朝食は、パン、スープ、豚の塩漬け肉といった比較的質素なものだった。
神に祈りをささげたあと、食事が始まった。
話題はやはりロディーヌの婚約のことになる。
「こんなにいい話は無いってロディーヌにもいってるんですよ」
義母のサーシャが言う。
「その通りですわねお母さま」
コルデリアが相づちをうつ。
「歳は七つ離れてますけど、少しくらい離れていたほうが頼りがいがあるってものですよ」
「お姉さまのような方と結婚したいとおっしゃって下さるのですから、この上なく素晴らしい方ですわ」
二人は顔を見合わせて笑う。
七歳違いの結婚など、高位の貴族や王族にとって珍しくもない。
政略結婚ともなれば、数十歳違いという話もよくあることだ。
嫌味や嘲り交じりの会話はロディーヌにとっては見慣れた光景だった。
幼い頃から、コルデリアは利発で魔力に優れた子供だった。
全く魔法というものを使えないロディーヌは、何かといえばその事をちくちく言われたものだ。
そして、義母や妹とロディーヌの間でおろおろするのが父親だった。
「そうだね。第三王位継承者たるレンスター公爵からの婚約申し込みは名誉なことだと思うよ」
父は当たり障りのないことをいう。
「ロディーヌは頭もよくないし、魔力もない、大人しすぎて頼りにもならない。こんなのではこの家を守ることもできないでしょうよ」
「まぁまぁお母さま。お姉さまは下働きの仕事はお得意みたいですわ」
うっすらと笑みを浮かべてコルデリアが言う。
その間ロディーヌはずっと下を向いていた。
心は決まった。
静かに顔を上げると言葉を発する。
「お父様、お義母様。お気持ちはよくわかりました。ロディーヌはレンスター公爵様からの婚約の申し込みをお受けしようと思います」
「おおそうか。決心してくれたか」
「当然ですよ、ロディーヌ。やっとわかってくれたのね」
「これで決まりですわね。お姉さま、おめでとうございます」
三人の反応は、一応はロディーヌの決断を賞賛し、祝福するような形ではあった。
もうこれ以上ここにいても仕方ない。
だがレンスター公爵との婚約と結婚がロディーヌの新たな居場所になるとも限らない。
思いは千々に乱れ、容易にまとまりそうになかった。
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