*** 9 入学手続きと入寮 ***
レオニーダス・フェリクス魔導学園では、合格発表の翌日から入学手続きが始まった。
さすがに100万人の入学手続きだけあって、窓口も5000ほど用意されている。
だがしかし、入学手続き最終日を前にしても、手続きに訪れない合格者が複数いたのである。
その全員が国外からの受験生であり、すぐに学園調査部門の精鋭が調査を開始した。
1200万人の受験生にはすべて探知用のマーカーがつけられていたために、追跡は容易だったのだ。
ある合格者は伯爵家の5男だったが、学園合格によって次期当主の座を奪われることを恐れた嫡男によって殺害されていた。
受験者は受験後も受験生用宿舎に留まるよう推奨されていたが、合格を喜んだ受験生が宿舎を出て学園国にある自国の大使館に出向いていたらしい。
どうやら受験生用宿舎には侍女侍従を入れられなかったために、着替えも入浴も自分で行う生活に耐えられなかったとみられる。
そして大使館にて嫡男の命を受けた従士によって誘拐され、気の毒に殺害されてしまっていたとのことである。
嫡男と従士たちはすぐに転移魔導によって拘束され、それぞれが終身刑を命じられている。
だが、この嫡男は寿命を迎えるまで40年間も牢にいたが、自分を差し置いて次期当主になるかもしれない弟の殺害を命じたことが何故罪に問われるのかとうとう死ぬまで理解出来なかったらしい。
『私は殺せと命じただけで私が殺したのではない』と言い張っていたそうだ。
この貴族家の属する国では、この事件の全貌を詳細に報じた新聞が配られ、併せてこの貴族家の縁者や領学校の出身者には無期限の受験資格停止、この国全体にも5年間の受験資格停止が言い渡された。
国王は激怒した。
「我が第3王子が来年受験予定だというのになんということをしでかしたのだ!
ええい近衛よ! 伯爵家当主を捕縛して連れて来いっ」
結果として伯爵家は改易されて一族全員は平民に落とされ、伯爵家当主は死罪を賜られたそうだ。
また、別の国では第4王子の合格に際し、同じく大使館に戻っていた合格者が、王太子の命を受けた大使館員によって毒を盛られて危篤状態に陥っていた。
もちろん学園調査部は転移魔導によってこの合格者を速やかに保護し、学園中央病院にて解毒治療を行ったために一命を取り留めている。
この国には無期限受験資格停止が言い渡され、さらにこの事件が大陸全土に報じられたため、激怒した国王により王太子は廃嫡の上死罪、大使館員2名も死罪が言い渡されている。
こうした犯罪行為により、気の毒に命を落とした合格者は全部で25名、危篤状態に陥っていたものの学園調査部に救出された者は35名に及んだそうだ。
学園理事会では国外の合格者に学外に出ないよう禁足令を出すことを検討している。
無事入学手続きを終えた合格者たちの入寮が始まった。
入学者たちは次々と学園学生課を訪れて学生寮の案内を受けている。
尚、学生服はすぐに支給され、更衣室で着替えることを指示された。
今まで着ていた王族服や貴族服などは、更衣室に付属するロッカーに仕舞うようにも指示されている。
普段着、生活用品などもすべて無料で支給された。
(これは王族用学生服なのか?
それにしては飾りもほとんど無く随分とみすぼらしいが……)
その合格者は、学園内循環魔導バスに乗り超巨大な寮が一千棟も立ち並ぶ寮街に出向いた。
そこで指定された352号棟の8階95号室に向かったのである。
この国に来るまで魔導エレベーターなどには乗ったことは無かったが、受験者用の寮にもエレベーターはあったために、なんとか乗り込んで無事8階まで辿り着くことが出来ている。
その合格者はノックもせずに部屋の扉を開けると、衝撃にフリーズした。
なんとそこには4人もの男たちがいて、新入生である彼をジロジロと見ていたのである。
部屋には2段ベッドが3つと机が6つ、クローゼットも6つついていた。
平民基準では十分に広い部屋だったが、ポンカス王国の第4王子である彼から見れば、そこはまるで下級侍女か下男たちの部屋だったのである。
(受験生用の寮は受験生に配慮して狭いながらも個室だった)
「よう、お前は新入生だな。
俺は3年生の部屋長だ、早く自己紹介をしろ」
「な、なんだお前たちはっ!
ここは余の部屋だ! すぐに出ていけっ!」
「「「 はっはっはっは 」」」
「貴族新入生あるあるだな!」
「き、貴族ではない! 余は王族であるぞっ!」
「なあ王族さんとやらよ。
この学園では身分を名乗ることは禁じられているんだぞ。
そんなことも知らずにこの学園を受験したのか?」
「つ、つべこべ言うなっ!
この部屋は余一人で使う!
すぐに出ていけっ!」
「いやそれは出来ん」
「お前が出て行く分には一向にかまわんがな」
「な、なんだと!
無礼打ちにいたすぞぉっ!」
新入生は4人の男たちに睨みつけられて怯んだ。
平民に睨まれてビビるなどということは人生初の経験である。
「出来るもんならやってみな」
「もし俺たち4人を無礼打ちに出来たとしても、お前も死罪だけどな」
「なっ!」
「ほら、お前のベッドはその入り口に近いところだ。
まだもう一人の新入生が来ていないから、上段と下段の好きな方を選べるぞ」
その新入生はものも言わずに部屋を飛び出した。
そうしてまたも巡回バスに乗って学生課に向かったのである。
「どういうことだぁ―――っ!
なぜ余を6人部屋などに案内した!
これはポンカス王国に対する重大な侮辱であるぞぉぉぉ―――っ!」
「あー、あなたも6人部屋が気に入りませんでしたか」
「あ、当たり前だっ!」
「それでは1人用の宿泊施設を希望されますか?」
「最初から1人用に案内せよっ!」
見れば学生課の苦情処理係りの部屋では、あちこちで青筋を立てた新入生たちが怒鳴り散らしている。
(もちろん全員が王族や貴族)
「でしたらこの6人部屋を出て1人用宿泊施設に入るという承諾書にサインしてください」
「は、早くペンをよこせっ!」
「それではここの列が無くなり次第施設にご案内させて頂きますね」
その場にいた500人ほどのクレーマーたちは男女別に分かれ、12台の魔導バスに分乗して移動を始めた。
そして、寮の建物群を過ぎたところにある広大な広場に案内されたのである。
「こちらは男性用の1人用宿泊施設です。
あの塀の向こうは女性用施設ですが、男性があの塀を超えると雷撃が落ちてきますのでご注意ください。
あちらに見える円筒形の大きな建物は食堂ですね。
その隣のやや小さい建物はトイレですので、用を足すときはあちらをご利用ください。
トイレの周囲にはシャワーもありますのでどうぞお使いください」
「「「 な、なんだここは…… 」」」
その食堂だという建物の周囲には300張以上のテントが並んでいたのである。
耳を澄ませば塀の向こうの女性用施設の方からは金切り声で抗議する声も微かに聞こえて来た。
「皆さん良かったですねぇ。
あちらは軍でも使われている将校用高級テントです。
中には暖かな寝袋やマットも用意してありますし、テントの防水も完璧ですので快適に過ごせるでしょう。
小さいですが卓袱台も置いてありますので食事も勉強も出来ますし。
しかも本来2人用のテントを1人で使えますからね」
「ふ、ふざけるなっ!
元の6人部屋を余一人で使わせろぉっ!」
「いやいや、もう皆さまは6人部屋寮の退去届を出されていますので戻れません。
それに実は今年は新入生が多かったために500人分ほど寮が足りなかったのですよぉ。
ですから皆さんが1人用の施設を選んでくださって大変に助かりました。
どうもありがとうございます♪」
「「「 こ、こここ、この野郎ぉぉぉ―――っ! 」」」
その場の男性新入生300人が係員に殴り掛かって行ったが、全員に小さな雷撃が落ちてその場で昏倒した。
雷撃が落ちた頭頂部には小さなハゲが出来ているが、もちろん本人たちは気づいていない。
「やれやれ、本来であれば学園内での暴力は停学案件ですが、まあまだ入学式も終わっていませんし今回は特別に見逃してあげましょうか」