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*** 8 受験生1200万人の理由 ***

 


 それにしてもなぜこれほどまでに受験生が集まるのか。


 最も多い理由は王家や貴族家の見栄である。

 自らの一族、もしくは有力家臣の子弟、または自分が出資する領地学校の卒業生がレオニーダス・フェリクス魔導学園の中等部に入学したともなれば、大変な名誉と自慢に繋がるのだ。

 レオニーダス・フェリクス魔導学園国によるパクスが維持されている社会では、それぐらいしか他国や他家に対してマウントを取れる機会が存在しないからでもある。


(高等部入学者はほとんどが大学に進学してレオニーダス・フェリクス魔導学園内で研究者になることを目指す。

 このため母国や領地に帰ってくるのは高齢になって引退するときのみであり、王族や貴族であるスポンサー本人が存命中に帰って来ることはほとんどない。

 このために、高等部や大学部への入学者はそれほどまでには喜ばれないのである)



 レオニーダス・フェリクス魔導学園国のおかげで他国や他領との戦争の恐れがほぼ無くなった王家貴族家は、法外な報酬でレオニーダス・フェリクス魔導学園中等部の卒業生を雇い、国内や領内に王立学校や領立学校を創立した。

 学園中等部の入試倍率が約12倍と聞いて、120人の貴族家王族家縁者を生徒として放り込めば、そのうちの10人は合格するだろうと考えていたようだ。


 だがしかし、この120人はほとんどが王族や貴族家の縁者である。

 つまり碌に読み書きも出来ず、1ケタの足し算すら指を使わねば出来ないような連中だったのだ。

 しかも、彼らの頭には『努力』という概念が無かった。

 貴族の嗜みとは、エラソーに配下に命令するか酒を鯨飲して泥酔することだけだったからである。


 さらに、こうして雇われる教師には平民出身者が多かった。

 なぜなら貴族家出身者は、他の貴族に雇われて俸給を得るということを恥と考えるからである。

 つまりは貴族家子弟しかいない生徒たちは、平民出身である教師を蔑んで全く努力もしなかったのだ。

 中等部卒業生の教師には学問を教える能力はあったが、尊大なだけでまったくヤル気のない生徒たちに真面目に授業を受けさせるようにするノウハウは持っていなかったのである。


 2000年ほど前の初期のころには、120人の貴族家子弟を教導しても合格者が1人もいなかったとなれば、恥をかかされたとして平民教師を無礼打ちにしようとするような王族や貴族家当主もいた。

 だが、これにもレオニーダス・フェリクス魔導学園国が介入し始めたのである。

 学園出身の教師を雇用し、王立領立学校の生徒たちの受験成績が壊滅的であった際にその教師に暴行などを働いた場合、その国や貴族領からの受験生の受け入れ停止10年、もしくは魔導具の運用停止などの対抗措置を課すようになった。

 もちろん卒業生教師には、本人登録した『即死無効』と『自動転移』の魔導具を貸与している。


 特に貴族家当主が悪質だった場合には、その国からの受験生受入れが無期限で停止されるケースもあったため、激怒した国王が貴族家の改易や当主の死罪を命じることも多かったそうだ。

 こうして学園卒業生教師の安全も確保されるようになったのである。



 このように無能な生徒の多い王立領立学校の王族貴族生徒たちだったが、中には異様に熱心に学習に励む者もいた。

 それは王家貴族家の3男以下の令息や3女以下の令嬢たちである。

 彼らは嫡男が当主を継いだり継嗣をもうければそのスペアという地位を失い、その後は男性はせいぜい近衛軍領軍の下級指揮官や領地の村長程度になるしかなく、女性は他の貴族家当主の後妻や妾、侍女になるしかなかったのである。


 だが、もし中等部に合格して卒業も出来たとなれば……

 嫡男を追い落として、3男4男5男が次期当主として指名されるケースも多かった。

 仮に嫡男が当主を継いだ後でも、より上位の貴族家に養子に入れる可能性が飛躍的に高まるのだ。

 令嬢にしても、中等部合格者であれば見栄を重んじる上位貴族家からの縁談が殺到するだろう。

 場合によっては王族の配偶者となって、いままでエラソーに命令ばかりしていた父や長男を跪かせることも出来るようになるのだ。


 こうして、野心に燃えて必死に勉強に励む王族家貴族家の子弟もまた一定数はいたのであった。


 このために、努力をしている弟妹を妨害しようとし、果ては暗殺しようとする兄姉も多かったらしいが、これが発覚した場合には激怒した当主から廃嫡されることもあったためにやや沈静化しているらしい。



 レオニーダス・フェリクス魔導学園国に受験生が殺到する理由のもう一つは、王家貴族家の野心である。

 多少なりとも知能のある国王や貴族家当主は、自国や自領が魔導具のリース費用を毎年合計でいくら払っているのか想像することも出来た。

 リース料は極めて安いが、それでも魔導具の数が異様に多いため合計では莫大な金額になっていたのである。

 中には国や領地予算の3割以上がリース料として消えている地もあった。

(残りの内3割は酒代である)


 もしも配下の者をレオニーダス・フェリクス魔導学園に送り込み、大学まで進学させることが出来たならば。

 もしくは大学院にて魔導具を研究している研究者を雇用出来れば。

 あの莫大なリース料を節約出来るどころか、自ら生産した魔導具を販売して莫大な収益を上げることも出来るようになるかもしれない!


 こうした野心を抱いた為政者により、受験の督励や研究者の引き抜きは多かった。

 中には魔導モーターの開発に成功するケースもあったのである。


 だが……

 魔導モーターの専門家は冶金工学や機械工学の知識に乏しかった。

 つまりはモーターがあってもギアボックスが作れないのである。

 もちろん変速機も作れない。

 さらにはディファレンシャルギアも作れないために、2軸タイプの直進しかできない車体しか制作出来ないのであった。

 もちろんシャーシやハンドル機構も作れず、ガラスも作れない。

 さらにはゴムタイヤもサスペンションも作れないために、大昔の馬車並みの魔導車しか作ることが出来ず、最初期のT型フォード以下の車両しか作れなかったのである。

 現代地球でも自動車はあらゆる技術の集大成と言われているのだ。



 これに対して、レオニーダス・フェリクス魔導学園国の魔導車は、普及用の軽車輛はともかく、王族貴族用の高級車輛は現代地球のベンツやロールスロイス並みの外観と性能を持っていたのである。

(危険運転防止のため、最高速は時速30キロほどに抑えられている。

 この時代には運転免許制度は無いのだ)

 もちろんその分リース料も馬鹿げて高かったが、王族貴族は見栄のためにはカネを惜しまない。

 というかリース料の多寡を認識出来る知能も無い。

 そのような判断は下賤の者の為すものであり、高貴な身には必要無いと考えられていたからである。



 もしさらに莫大な俸給を払って魔導モーターの専門家のみならず、ギアボックスや変速機を作れる機械工学の専門家、ガラス作成の専門家、ゴムタイヤやサスペンションを作れる専門家、流麗なボディを作れたり塗装の出来る専門家も雇い入れたとしよう。

 その場合には工場設備への投資も含めて、完成品の魔導車のコストは超絶高価なものになってしまう。

 それこそ1台金貨1000枚(≒10億円)にもなってしまうだろう。

 これに対し、レオニーダス・フェリクス魔導学園国産の魔導車であれば、最高級車であってもリース料は年金貨5枚(≒500万円)であったために、競争力はゼロに等しかった。


 もちろんもっと簡素な水の魔導具や灯の魔導具であれば、その制作に成功するケースもあった。


 だがしかし……

 魔導モーターや各種魔導具のエネルギーを供給する魔石の製造・充填、さらには大気中に含まれる魔素の吸収・圧縮のノウハウこそは、レオニーダス・フェリクス魔導学園国の最高機密であった。

 大学院の教授陣はおろか、学園理事会の理事たちでも知っている者はいない。

 理事長と副理事長だけが独占している知識だったのである。


 まるでコカ・コーラのレシピを知っているのはコカ・コーラ社の社長と会長だけなのと同様であった。


(因みにコカ・コーラ社では、会長と社長が同じ飛行機や車に乗ることは禁止されている。

 両者に万が一の事があった時のために、レシピは大銀行の地下金庫室並みの金庫に仕舞われているそうだ。

 その大金庫室はあまりにも有名なため、各種雑誌で見たことがあるひとも多いことだろう)


 大昔にはそれでも自然界には多くの魔物が存在していたために魔石を得ることも出来たが、今では魔物も自然保護区にしかおらず、密漁も厳重に禁止されている。

 もちろん化石燃料や燃料燃焼型エンジンの制作ノウハウも無い。



 こうして魔導具の供給に於いては、2500年もの間レオニーダス・フェリクス魔導学園国の独占状態が続いていたのであった。

 もし仮にかの国以外で魔導車が開発されるにしても、その時までにはさらに数千年の時が必要になるかもしれない……





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