*** 7 終身刑囚たち ***
それでも1か月後、ついに6万の軍勢が集結すると、軍の総司令官であったインキーン第1王子は全軍に徒歩による一斉総攻撃を命じたのである。
どうやらそれ以外の戦略や戦術は考えることも出来なかったらしい。
もちろん、王族や貴族軍の将軍たちにとっては徒歩による移動などは有り得ないことであり、全員が国境街の高級ホテルに残って伝令兵に進軍を命じ続けることしかしていなかった。
そうして、すべての兵と下級指揮官が国境を越えたところで、総司令官や将軍たちを含むその全軍が収納魔導により忽然と消え失せたのである。
総司令官や将軍たちは魔導学園国裁判所により、それぞれ禁固30年から終身刑までの量刑を受けていた。
同時に、全ての兵は武器も防具も衣服も剥ぎ取られた上で、チンボラーゾ王国王城自慢の庭園に転移させられている。
庭園では折から王妃主催による貴族家令室令嬢を集めた盛大な茶会が開催されていたが、その会場内にマッパの男たち6万がぎっしりと詰め込まれたのである。
庭園は阿鼻叫喚の大騒ぎとなったが、大量のマッパ男たちに囲まれて特に中年のご婦人方は喜ばれていたそうだ。
こうしてチンボラーゾ軍はほとんどすべての武器防具と糧食を失って、実質的に無力化されたのである。
(鹵獲された武器防具は、錬成の魔導で純度の高い金属インゴットにされ、魔導具や魔導車の原材料の一部になっている)
もちろんリース魔導具の停止措置は続けられていたが、無能者の集まりであるチンボラーゾ王国指導部は何もしなかった。
レオニーダス・フェリクス魔導学園国に対する降伏と賠償の交渉に赴くことすら思いつかなかったらしい。
こうした状況が周辺各国に知られ始めると、当然のことながら周辺国では侵攻の準備を始める国も見られた。
だがしかし、その国に置かれたレオニーダス・フェリクス魔導学園国の大使館より、チンボラーゾ王国に侵攻して略奪などを試みた場合には、当該国の一切の魔導具を作動停止させるとの通達が届けられたのである。
その中の1か国は、夜陰に乗じての侵攻と略奪ならば気づかれまいと判断してこれを実行したために、全土で魔導具が停止する措置が実行されると同時に国王、宰相と王太子も消え失せている。
チンボラーゾ王国では、幾ばくかの王族貴族たちが木工師に命じて荷車を豪華な人力車に改造し、配下の者たちに曳かせて周辺諸国に逃げ出そうとした。
しかし、いざ金銀宝石を持って逃亡しようとした際に、王城や貴族邸の宝物庫が強固な結界によって封鎖されていることに気づくのである。
これはもちろんレオニーダス・フェリクス魔導学園国の遠隔魔導によるものだが、まあ言ってみれば戦争相手国に対する資金封鎖に該当するだろう。
チンボラーゾ王国の王族貴族は呆然とした。
流通が止まっているために、食料の確保すら困難になっている。
有りもしない酒や肉を持ってこいと怒鳴り散らす主人たちに辟易した使用人たちも続々と逃げ出した。
下級使用人などにとっては、少なくとも農村部の実家に帰れば喰うには困らないのである。
ただ単にレオニーダス・フェリクス魔導学園国に降伏して賠償を行えばいいだけの話なのだが、全ての王族貴族がこの考えに至ることが出来なかったのだ。
彼らに出来たことは、部下をレオニーダス・フェリクス魔導学園国の大使館に出向かせ、現状を抗議させようとすることだけだったのである。
もちろん強固な結界に覆われた大使館はビクともせず、クレーマーも全く相手にもしてもらえずに追い返されている。
そもそも宣戦布告をした相手国にクレームを入れようとする行為の阿呆さに気が付かないのもどうかしているが。
こうして国に残った国民(主に王族貴族)が餓死の危機に晒され始めると、レオニーダス・フェリクス魔導学園国の強大な監視魔導に探知され、転移魔導によって異空間に召喚される。
その異空間では担当官によりレオニーダス・フェリクス魔導学園国への亡命が打診されるのだが、亡命の条件はまず王族籍、貴族籍の放棄だった。
これを了承した者には食事が振舞われ、簡素ながら信じられぬほど美味な料理に亡命希望者たちは皆涙を流すことになる。
その後は亡命後の条件、すなわち教育を受ける義務と勤労の義務が説明される。
(レオニーダス・フェリクス魔導学園国に納税の義務は無い)
これも了承した者は学園国内の初等学校宿舎に送られて、読み書き計算などの学習を始めることになるのだ。
だが……
やはり王族貴族たちは、飢えが収まると多数の下僕に傅かれる生活を熱望するようだ。
まずは宿舎が大部屋であることに文句を言い、同室の者たちの出自を聞いて自分の下僕にしようとし、従わない者には無礼打ちと称して暴力を振るおうとするのである。
また、こうした傾向を持つ者ほど授業態度も悪かった。
もちろん彼ら亡命者には監視魔導マーカーが付けられており、不適合者はすぐにまた異空間に転移させられる。
そこでは担当官による説諭が試みられるのだが、この説諭が3回に及ぶとまずは収容所に10日間隔離される。
この収容所は全て個室になっており、労働の義務も無い代わりに娯楽も無い。
つまり美味なデザートも無いし酒も出ない。
おかげで収監者はすぐに重度慢性アルコール中毒の禁断症状を起こし、『見渡す限りの虫の大群が攻めて来たぁぁぁ―――っ!』とか『余の目玉が見つからぬぅっ! 者共探せぇぇぇ―――っ!』とか錯乱しているらしい。
やはり王族貴族とは、威張ることと酒を呑むことしか能が無かったようだ。
そして、10日の収容の後は収容経験者だけを集めた初等学校に送致されるが、ここでも同様の行為を繰り返すと今度は30日間の収容措置が取られる。
その次は3か月、その次は1年とだんだんと刑期は伸びて行き、最終的には終身刑となる。
レオニーダス・フェリクス魔導学園国の収容所には現在80万人の終身刑犯がいるが、もちろん彼らは独房に収容されていて生殖行為も許されていないために人口は増えることなく、蓄積した不摂生の影響で寿命も短いため、最近では終身刑犯の人口はこの数字で落ち着いている。
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レオニーダス・フェリクス魔導学園の初等部は、4大大陸すべての孤児、難民、亡命希望者を無試験で受け入れているために、その生徒は1000万人ほど存在する。
その中で順調に学習を重ねて卒業資格を得る者はここ最近は90万人ほどで、それ以外の多くの者は卒業資格の取得を諦めて職業斡旋所に出向き、各人の能力や希望に応じて様々な職に就くことになる。
まあ100万人ほどは初等部の安逸な暮らしを希望して、10年間の制限期間いっぱいに学習を続けているのだが。
この卒業資格を得た者90万人は、そのほぼ全員が中等部の入学試験を受験する。
それ以外にも4大大陸全ての国からの受験生は毎年平均1200万人もいた。
この受験に際しては、798か国にあるレオニーダス・フェリクス魔導学園国の大使館に届け出て受験を希望すれば、受験料はもちろん往復の交通費、学園国内での滞在費に加えて食費ももちろん無料になる。
(ただし、旅行代わりに受験を申請し、実際に受験をせずに逃亡した者はマーカー魔導により追跡され、収容所に3年間収容されることになる)
その中等部の合格者は毎年平均約100万人と倍率12倍を超える狭き門である。
卒業資格を得る者は30万人とさらに少ないのだ。
(中等部合格者の内90万人は初等部出身者だった。
つまりは初等部卒業者ほぼ全員であり、他国の王族貴族の入試倍率は1200万人に対して10万人と、120倍にもなっている。
まあ他国からの受験者1200万人のうち500万人は2ケタの数同士の足し算が出来ず、1000万人は2ケタの掛け算が出来ないのだ。
しかもその1000万人のうちほぼ全員が、爵位や王族位と家名を書けば合格間違いなしと確信しているのである。
莫迦につける薬は無いのであった……)