*** 6 パクス・レオニーダス・フェリクシア ***
こうして巨大な人造湖から蒸散する水が周囲の沃野に更なる豊富な雨を齎し、この地は現在では惑星最大級の穀倉地帯となっている。
さらに大賢者の後継者たちは、周辺の国々からの侵略を大魔導の使用をもってことごとく跳ね返した。
2500年前には大賢者後継者の1人であるレオニーダス・フェリクスが、レオニーダス・フェリクス魔導学園国を建国し、同時にレオニーダス・フェリクス魔導学園も創立して現在に至っている。
この学園国は、巨大湖を含めれば1500万平方キロもの広大な版図(アメリカ合衆国の約1.5倍)を誇っており、その統治のために2000年前から国内魔導鉄道網や魔導通信網も建設されている。
また、この頃から4大大陸各地の戦争や苛斂誅求に対し、大魔導を用いて平和裏に介入したことから、各地の紛争も激減していった。
例えば1800年ほど前、ある大国が大規模な銅鉱山を発見した。
その国営鉱山は大河川流域にある山からほとんど露天掘りのように銅鉱石が得られる場所であり、鉱山近くの河川沿いには銅の精錬所も造られた。
もちろんすぐに大量の亜硫酸ガスが発生し、精錬所からの廃液も河川を汚染し始め、風下側では森の木々も枯死し始めている。
河川の下流にも汚染と深刻な健康被害が広がり始めたため、下流域の国々はこの国に猛烈な抗議をしたが、鉱山国首脳部は『鉱山と健康被害の因果関係が明らかでない以上、鉱山や精錬所の閉鎖には応じられない』と、ちょっと前までの日本政府や裁判所と同じことを言って抗議を無視した。
頭にきた下流域の国々がこの国に攻め込もうとしたが、特に下流側に隣接した国は王都がこの河川より遠く、別の河川を水源としていたためにあまり協力的ではなかった。
またこの鉱山国が豊富な青銅をもって武器を量産していたために、武装懲罰侵攻も難しかったのである。
ここでレオニーダス・フェリクス魔導学園国が介入を始めた。
まずは魔導印刷技術を用いて折から創刊されていた新聞により、この鉱害を糾弾するキャンペーンを始めたのである。
だが、この鉱山国はまったくもって動じなかった。
なぜなら国王を始め、上級貴族階級たちのうち、誰一人として字が読めなかったからである。
読み書きなどは下賤なる商人の技であり、王族貴族には相応しくないと考えて(イイワケして)いたらしい。
文字の読める文官たちも、わざわざ上層部を激怒させてお手打ちにされぬよう黙っていたそうだ。
レオニーダス・フェリクス魔導学園国は鉱山国の下流国に接触した。
そうして、この国より河川沿いの土地を貸与され、中規模ダムを造った上で、このダムに大規模な『クリーンの魔導具』を設置して下流域の河川を清流に戻したのである。
同時に数十隻の船にも『クリーンの魔導具』を搭載し、河口までの流域一帯を往復させた。
河口周辺の海岸沿いにも。
もちろんこうした作戦には莫大な費用がかかっていたが、レオニーダス・フェリクス魔導学園国は、密かにこの鉱山国の宝物庫の中身を自国に転移させてこれに充てている。
そして……
レオニーダス・フェリクス魔導学園国は、それでも採掘と精錬を止めなかった鉱山国の王城と上級貴族街を結界で覆った。
そして、ダム湖や河川や大気中から『クリーンの魔導具』で抽出した硫酸や、現代地球でも人類が作り出した最悪の汚染物質と言われるダイオキシンをこの結界内に流し込んだのである。
(この結界は汚染物資は通さないがヒトは通過することが出来る)
王城と上級貴族街の空気はすぐに目も開けていられないほどに汚染された。
王族と上級貴族は避暑地の離宮や別荘に逃れたが、ここも既に結界で覆われており硫酸が溜まり始めていた。
王族らは農村の村長宅らにまで押し入ってこれを占拠したが、そこにもすぐ結界が張られることになる。
彼らはレオニーダス・フェリクス魔導学園国に抗議の声明を送ったが、『当国と貴国の健康被害の因果関係が明らかでない以上、抗議には意味が無い』として退けられている。
さらに学園国は土壌汚染で困窮した農民に対し、農村に斡旋所を設けて転移魔導によるレオニーダス・フェリクス魔導学園国への移住を推奨し始めた。
驚くべきことに学園国には税が無いそうで、重税に喘いでいた農民たちはすぐに移住に同意している。
慌てた貴族家が兵を派遣してこの逃散を阻止しようとしたが、それらの兵はすぐに消失して武装解除され、マッパにされた上で貴族邸に転移された。
レオニーダス・フェリクス魔導学園国は、最終的に銅鉱山を山ごと削って異空間に投棄し、精錬所施設も同じく消失させた。
(魔導学園国は既に砂漠の砂などから数兆トンに及ぶ銅を得ており、中小鉱山程度の鉱石は必要としていない)
王族と上位貴族は貯め込んだ金銀を持って周辺国に逃げようとしたが、城や貴族邸の宝物庫は既に硫酸の池に沈んでいて回収不能になっている。
哀れ彼らは軍用天幕を張って野山での暮らしを余儀なくされたそうだ。
このようにしてパクス・レオニーダス・フェリクシア(レオニーダス・フェリクス魔導学園国主導による平和)が進展すると、かの国は500年前より惑星上の各国に魔導鉄道網の建設を提案し、併せて魔導車を始めとする魔導具のリースも開始していたのである。
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広大な国土を持つレオニーダス・フェリクス魔導学園国の周辺には、多くの国々もまた存在し、それぞれ栄枯盛衰を繰り返していた。
その周辺国の一つであるチンボラーゾ王国の第1王子インキーンもまたレオニーダス・フェリクス魔導学園を受験したが、スットコドッコイ王国の第1王子と同様に合格点には遥かに足りず、やはり不合格となっていたのである。
このインキーン第1王子もスットコドッコイ王国のアホダス王子と同じく名誉を傷つけられたとして激高し、やはりレオニーダス・フェリクス魔導学園の苦情受付官に対して宣戦布告状を叩きつけていた。
インキーン王子は直ちに魔導列車に乗って帰国し、父であるタムシーン国王にレオニーダス・フェリクス魔導学園国の不敬を切々と訴えた。
そして……
不幸なことに、この国の国王も王子同様阿呆であったのだ。
歴代の王子のうち最も優秀である(単に読み書きが出来ただけ)と謳われたインキーン王子が、1000点満点の試験で僅かに65点しか得点出来なかったとされたのは自らの血統に対する重大な侮辱だとして、国内に戦時動員令を発した。
もちろん宰相を始めとする国家の中枢も同様に阿呆であったために、この動員令は速やかに実行されたのである。
やはりレオニーダス・フェリクス魔導学園国により平和の続く各国では、血統のみに頼る統治体制は急速にその支配層の知性を奪っていくらしい。
高貴な支配層の身に生まれたならば、知性の有無は問われないのだ。
チンボラーゾ王国軍は、魔導トラックに国軍兵や貴族軍兵を満載し、総計6万に達する全軍を国境沿いの街に集結させ始めた。
だが、宣戦布告状にあった戦争開始日時に至ると、やはり輸送魔導トラックを含む全ての魔導具がその動きを停止したために、チンボラーゾ軍は人員と武器糧食の輸送に大混乱を生じさせたのである。
もちろん国内の魔導具もまたその作動を停止したために、王族も貴族も民も大混乱している。
この当然の行為を卑怯だとしてますます激高したチンボラーゾ王国上層部は、すべての兵に徒歩による行軍と輸送を命じた。
将軍や軍の高級将校たちは、一足先に国境の街のホテルを占拠しており、連日連夜の大宴会に興じている。
街の周辺にて野営を余儀なくされていた兵たちは、食料の供給はなんとかなったものの、碌な資材も無かったためにトイレはすべて単に穴を掘ったものだけであった。
このため、国境街周辺には耐えがたい臭気が充満し、国境街の住民の多くは避難を始めている……