*** 23 惑乱から狂乱へ ***
「あの、この国の人口は4億人と聞いたのですが、50億石もの麦では多すぎませんか。
何のためにそこまで麦を作っているのでしょう。
あまり長いこと麦を蓄えておくと、カビが生えたり味が落ちてしまうと思うのですが……」
「まず我が国の食料収納庫は上級の魔導具であり、内部の時間が停止しています。
ですからたとえ1000年前の麦でも新鮮なままですね」
「「「 !!!! 」」」
「ですので現在保有している麦の総量は5兆石に達しています。
そして、それほどたくさんの麦を備蓄している理由は、惑星規模の天災により農業生産が壊滅的な打撃を被っても1000年は惑星人口を養うためです。
我が国は広く惑星全域から人材を集めて魔導学園にて学んでいただくことを国是としていますが、大不作で飢えた民に学問をする余裕などは無くなるでしょうから。
ですので、麦だけでなく大量の野菜や肉や果物も備蓄しています」
「そ、そうでしたか……」
「それに惑星規模とまでは行かなくとも、国や地域などで不作になって民が飢え始めた場合には、この国の備蓄から援助食糧が届けられます。
そうした分の食料も備蓄しているのですよ」
「「「 ………… 」」」
「それでは山岳地帯の甜菜畑もご覧に入れましょう」
その山肌にも見渡す限りの作物が植えられていた。
「あれらは甜菜という作物です。
それぞれの甜菜の根部は1キログラムほどの重さがあるのですが、そこからは1つにつき100グラムほどの白砂糖が取れます」
「あ、あの100グラム銀貨2枚(≒2万円)もする砂糖がですか!
そ、その作物がこんなにたくさん!」
「甜菜は確かに甘みがあるそうですが、それ以上に苦みとエグ味が酷く、とても食べられたものではないと聞いたのですが……」
「ええ、ですので製糖工場でその苦みとエグ味を取り除いた白砂糖を作っているのです。
その搾り滓は家畜の餌にも出来ますし」
「ま、まさかその秘法も……」
「もちろん魔導学園大学の農学部で教えています」
「ならばなぜ多くの国で砂糖が作られていないのでしょうか……」
「それは魔導学園中等部に入学された他国の方々が、ほとんど全員ご卒業出来なかったからでしょう。
ですがこの中央大陸北部にあるムラサキ王国では王子殿下がこの学園の高等部までご卒業になり、併せてこの国の技術者を国に招聘して王立製糖工場を作られました。
おかげでこの国の財は30年前の100倍になり、もちろん現在の国王陛下はこの王子殿下です」
「な、ならば我が国も技術者を呼べば!」
「ですが……
現在では少なくとも高等部を卒業され、農学を学ばれた方以外からの技術者招聘はお断りさせて頂いていますのですよ。
或る程度の学問を修められた方でないと、工場を作っての事業など全くご理解頂けませんので」
(ということは、中等部の入学者すらいない我が国では到底無理だということか……)
「それではみなさん、次は昼食会会場に向かいましょう」
これまでは比較的まともであった下級貴族家子弟の大使館員たちは、フードコートにて惑乱した。
「な、なんだこのカラアゲという食い物は!
なぜこんなに美味いのだっ!」
「こ、この『らがーびーる』とかいう飲み物、エールに似てるが味は完全に別物だ!」
「な、なぜこの『らがーびーる』は冬でもないのにこんなに冷えているんだ!」
「ガツガツガツガツ。グビグビグビグビ」
「『ふらいどぽてと』を食べて『びーる』を飲む!
『ふらいどぽてと』を食べて『びーる』を飲む!
え、永遠に続けられそうだっ!」
「『ぴざ』を食べて『びーる』を飲む!
『ぴざ』を食べて『びーる』を飲む!
え、永遠に続けるぞ!」
こういう姿を鯨飲馬食と言うのだろう……
ここでウイスキーが供されると、大使館員たちの惑乱が狂乱に進化した。
「ぬおおおお―――っ!」
「な、なんて強くて旨い酒だぁっ!」
「こ、この酒や喰い物の持ち帰りは出来るのですかぁっ!」
「残念ながらお持ち帰り用はございません。
ですがみなさま、これらの酒も料理も中央街にある食堂で召し上がることが出来ますよ」
「「「 !!!!! 」」」
「そ、それは貴族用レストランという事ですか?」
「いえいえ、我が国に貴族はおりませんのですべて国民が利用する食事処でございます。
皆、仕事帰りの1杯を楽しみにしておりますし、休日の昼には家族連れで訪れることもあります」
((( へ、平民が日常的にこのような美味を食しているというのか…… )))
実は彼らのような外交官は、地球でも古来より貴族家子弟が就く職業であり、その場合、貴族の嗜みとして国から支払われる給与は全て返上するのが常であった。
要は貴族には領地からの徴税権を与えているのだから、名誉職である外交官の給与は領地の領主が払えということである。
大使館で住まいと食事は与えられていたが、特に貧乏領地出身の大使館職員に小遣いなどは無かったのであった。
「あ、あの、大使館に帰って報告するためにお聞きするのですが、この料理とびーるとは、食事処ではいくらするのでしょうか……」
「そうですね、そのジョッキ1杯のビールに皿いっぱいのフライドポテトとカラアゲがついて銅貨5枚(≒500円)ほどでしょうか」
「「「 !!! 」」」
「そ、それでは国民の所得は……」
「一般の工事人夫や工場労働者の最低賃金は月に銀貨50枚(≒50万円)です。
魔導の使える上級職ならば月に金貨1枚(≒100万円)ほどでしょう。
学園理事ともなれば月に金貨5枚だそうです。
もっとも学園理事になられるような大魔導士さまは、既に多くの超級魔導や魔導具を開発されていますので、その場合は1つの発明につき年間金貨50枚(≒5000万円)の年金が支給されます。
現時点での最高年金額は、或る大魔導士さまに対する年金貨550枚(≒5億5000万円)だそうですね」
「「「 !!!!!! 」」」
((( それって、ウチの国の国王陛下の収入より多いんじゃね? )))
「また、我が国では家は政府から支給されています」
((( この国の平民の方が俺たち貴族より遥かに裕福に暮らしているのか…… )))
こうしたことを聞いた大使館員たちは、ここぞとばかり昼食時間いっぱいまでビールやウイスキーの鯨飲を続けた。
おかげで昼食時間が終わるころには、全員がテーブルに突っ伏すか床に転がっていたのである。
スイーツや映画館まで辿り着けた者は一人もいなかったのであった……
一方で大使閣下も参加された300か国ほどの見学会では。
10か国ごとに集めて運ぶため30機の特別飛行魔導機が準備されていたが、それぞれ事前の大使閣下の人物評価により、『大阿呆大使用』『小阿呆大使用』『比較的マトモな大使用』と分かれていた。
大阿呆大使用の飛行魔導機搭乗口前にて。
その場には12名もの護衛を引き連れたある国の王族大使閣下がいた。
(王族と言っても第10王子)
「あの、案内状には護衛や随行員の方々は2名までとお願いしておりましたが……」
「なんだとキサマ!
平民ごときが余の護衛に文句をつけるか!」
「ですので10名の方にはこちらで待機をお願いいたします」
「こ、この無礼者めぇっ!」
どうやら小心者ほど大勢の護衛を侍らせたがるようだ。
「護衛兵っ! こ奴を無礼打ちにせよっ!」
「「「 はっ! 」」」
12人の護衛が一斉に剣を抜いたがすぐに消え去った。
「なっ!
キサマ我が護衛に何をした!」
「殺人未遂の容疑で逮捕致しました。
たぶんですが裁判所の判断で全員3年ほど牢に入れられるかと」
「こ、こここ、この無礼者めぇっ! 我が国3万の軍がこの国に攻め込むぞぉっ!」
「因みにあなたさまは、先ほど護衛の方々に無礼打ちを命じられた殺人教唆罪に加えて、今の戦争脅迫がございましたので、合計8年ほど牢に入れられます」
「なっ!」
大使閣下も消えた。
また別の大使閣下は。
「なんだと!
護衛の持つ剣を預けろだと!」
「はい」
「そのようなこと、認められるわけが無いだろう!」
「それでは残念ながらそちらの方々のご参加はご遠慮願います」
「ぐぎぎぎぎ!
なんという無礼な国だっ!
本国政府より厳重なる抗議を入れるぞ!」
「どうぞ」
「ぬがががが……
武装護衛無しで高貴な余が行動出来るかぁっ!
余は帰るっ!」
「本日はここまでのお運び誠にありがとうございました」
「ぬがあぁぁぁ―――っ!」
また、それでも魔導学園国への興味から護衛の剣を預けさせた大使閣下もいるにはいたが。
「あの、そちらの護衛の方々、懐のナイフもお預けくださいませ」
「な、何故わかった!」
「もちろん『武器探知』の魔導によるものです」
「「「 !!! 」」」




