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*** 2 宣戦布告書 ***



 苦情受付け担当官は机の引き出しから書類を取り出した。


「それではこの書類に必要事項を記入してくれ」


「な、なんだこの書類は!

 せ、宣戦布告書だとぉっ!」


「その通りだ」


「そ、そんなもの書くわけが無かろうがぁっ!」


「ということは奇襲により戦争を始めるということだな」


「あ、当たり前だっ!」


「ならば我が国も奇襲により貴国を襲撃するとしよう。

 まずは直ちにこの場で貴君を捕らえ、磔台に縛り付けた上で国の正門前に晒すことになる」


「な、ななな、なんだとぉぉぉ―――っ!」


「当然だろう。

 貴国の軍が自国の第1王子を殺害すれば貴国の評判も地に落ちるし、心理的先制攻撃として申し分ないからな」


「わ、我が軍の兵が余を害するわけは無かろうが!」


「ん?

 もちろん貴君には兵士の軍服を着せて、顔も布で隠すぞ。

 遠方から矢を射る貴軍の弓兵に貴君が第1王子だとわかるわけは無いだろう?」


「ひぃっ!」


「だが安心するがいい。

 貴君を殺害するのは我が国の軍ではない。

 たぶん貴国の弓兵部隊によって、貴君はハリネズミのようになって死ぬことだろう。

 貴君の死後に布を解いて、貴君の恨めし気な死に顔を貴国の兵たちに見せてやろう」


「ひひぃっ!」


「さて、宣戦布告書を書くか?

 書かなければ磔台に乗ってもらうことになるが……」


「ぺ、ペンをよこせっ!」


「まずは名前と家名、それから地位だな。

 よかったな、ようやく家名と地位を書けるぞ」


「や、やかましいっ!」


「それから現時点での日時と戦争開始日時だな」


「そ、そんなもの即座に開戦するに決まっておろうがっ!」


「貴君の知力はやはり相当に低いなぁ」


「な、なんだとぉっ!」


「即時開戦ならば、貴君がこの書面に署名し終わった瞬間に貴君は戦時捕虜として捕縛されるぞ。

 その後はやはり磔台だな」


「あひぃぃぃっ!」


「そんなこともわからんのか?」


「と、ととと、特別に明日正午開戦にしてやるっ!」


「そうかそうか、その次は最も肝心な内容なんだがな。

 貴君の為す宣戦布告は貴君の私兵によるものなのか?

 それともスットコドッコイ王国としての宣戦布告なのか?」


「国としての宣戦布告に決まっておろう!」


「開戦理由は『貴君が入試に落ちたこと』でいいんだな?」


「それに加えて貴様の無礼な振舞いだっ!」


「それにしても、史上稀に見る情けない開戦理由だなぁ」


「ぬがぁっ!」


「それから、貴君は自国の開戦を宣言できる軍権を持っているのか?

 王太子に軍権が移譲されることはあるが、未成年の王子に軍権が与えられることは無いと思うぞ?」


「よ、余は第1王子だ!

 今年15歳になって成人すると同時に王太子となり、次期国王になることが確定するのだから当然軍権も得ることになるっ!

 故にもはや軍権を得ているも同然であるっ!」


「そうかそうか。

 それではその旨も書き加えてくれ。

 最後に署名も忘れずにな」


「うぎぎぎぎ……」



「それではこの宣戦布告書は、その写しを今から1時間以内に貴国の国王陛下にお届けしよう。

 貴国との時差は2時間ほどだから、国王陛下にもすぐ見ていただけるだろう」


「な、なんだと……

 この国に来るのには高速魔導列車を使っても2日もかかったのだぞ!

 1時間で届けることなど不可能だろうにっ!」


「なんだそんなことも知らなかったのか」


「なにぃっ!」


「当国は惑星上800か国の内798か国との国交があるが、我が国はそれらの国のすべてに大使館を置いている。

 もちろん貴国の大使館もこの国にあるだろう?

 そうして、我が国の外務省と798か国に置かれている大使館の間は、すべて転移門で繋がれているのだよ。

 だからこの書類もすぐに貴国にある我が国の大使館に送れるのだ。

 その後は、この宣戦布告書の写しに加えてこの会談を記録した映像の魔導具も持った我が国の大使が、貴国の国王陛下に謁見を求めることだろう」


「!!!」


「そうそう、一応ご忠告申し上げると、この宣戦布告書に記された明日正午の開戦時刻までにこの国を出国しないと、貴君は戦争捕虜として捕縛されてしまうぞ」


「!!!!!」


「スットコドッコイ王国方面行きの辺境魔導列車は毎日午後2時に1本しか出ていないから、急いで乗らないと明日には捕縛されてしまうか。

 今日の列車の出発まではあと2時間しかないなぁ」


「な、なんだと……」




第1王子が慌てて出て行くと、苦情処理担当官はため息を吐いた。


(毎年平均30か国の王族と120家の高位貴族家子弟が、不合格を合格にするために軍を派遣してこの国を蹂躙するぞと脅してくると言い、その中で実際に武力行使に至るケースは10件も無いと教えてやったが……

 残りの140家はどうなったのか考える頭も無いか。

 やはり生まれしか能が無く、威張ることしか出来ない者ではそんなことは考えることも出来んのだな。

 それに彼の国にある大使館には我が国の転移門があるとは教えてやったが、転移門が無くとも遠隔転移の魔導でどこにでも兵を送れることも知らないのだな。

 この国が絶対にそのようなことをすることはないということも当然知らんだろうが。


 まあまだ14歳の少年にはちと酷かもしれんが、あの国の国民にとっては彼が国王になるよりはよっぽど幸福だろう……)




 第1王子は魔導学園を出て、大慌てで20人もの護衛や侍女侍従を引き連れて大陸縦貫・横断鉄道の中央駅に向かった。

 もちろん自国大使館には何の連絡も入れていない。

 どうやら彼にも一応羞恥心はあるらしく、不合格だったと伝えたくなかったようだ。


 その後王子は列車内の高額な個室に籠ると周囲に当たり散らしながら過ごしていた。

 その内容は多岐に渡ったが、要約すると単に『魔導学園が不敬を働いたせいで高貴な自分が不合格にされた』という不満のみだった。




 翌日の正午過ぎ、魔導高速鉄道の列車内にアナウンスが流れた。


『この列車にてスットコドッコイ王国に向かわれているお客様に申し上げます。

 本日正午をもって、スットコドッコイ王国がレオニーダス・フェリクス魔導学園国に宣戦を布告したため、当列車はスットコドッコイ王国を迂回して終点バカボノ王国中央駅に向かうこととなりました。

 終点到着の遅延予想時間は30分ほどです。

 スットコドッコイ王国に向かわれるお客様は、手前のスチャラカ王国駅で馬または馬車にお乗り換えくださいませ。

 繰り返します……」


「な、なんだと!

 なぜこの列車はスットコドッコイに向かわんというのだ!」


「あの……

 我が王国は正式にレオニーダス・フェリクス魔導学園国に宣戦布告しておりまする。

 魔導列車運行会社が列車に我が国に入ることを回避させたのは当然かと思われますが……」


「だからなぜ運行会社は我が国を避けるのだと聞いておるのだっ!」


「ご存じありませんでしたか……

 この大陸縦貫・横断鉄道は、すべてレオニーダス・フェリクス魔導学園国の所有物なのです。

 車輛も線路も駅も全て」


「!!!」


「宣戦を布告して来た国などに入れば、列車ごと我が国が鹵獲してしまうかもしれません。

 我が国に入国しないのは当然のことかと……」


「な、なんだと……

 この大陸全ての鉄道網がレオニーダス・フェリクス魔導学園国の所有物だと申すかっ!」


「はい」


(この阿呆王子、そんなことも知らんのか……

 鉄道敷設の見返りとして、線路設置用の土地は全て国が無償で提供しているというのに……)


「ぐぬぬぬ……

 な、なぜ奴らにそのような独占を許しておるのだ!」


「あの魔導モーターはレオニーダス・フェリクス魔導学園国でしか作ることが出来ないからです。

 加えて滑らかで歪みも無い線路を作る技術も敷設する技術もかの国にしか無いからです」


「そ、そんなもの、列車を鹵獲して複製させろっ!」


「無理です」


「何故無理なのだぁっ!」


「あの魔導モーターの中核部は『ぶらっくぼっくす』と呼ばれる筐体の中にあります。

 その筐体をこじ開けようとすると、中核部は即座に自壊してしまうのです。

 よって誰も複製出来ません」


「ならば我が先進国の技師どもに命じて自国で開発させろっ!」


「それも無理でしょう」


「なぜ無理なのだぁぁぁ―――っ!」







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