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*** 16 近代政治 ***

 


「どうだ驚いたか」


「な、ならば何としてでも我が国にも技術者を招聘してだな……」


「だから無理だって言ってんだろうに」


「何故だぁっ!」


「何故なら、20年前にあんたの国のある砂糖菓子大好き伯爵が、商人からムラサキ王国の話を聞き出したんだよ。

 まあ商人もお得意様の伯爵にうっかり口を滑らしたんだろうけど。

 それでその伯爵は、家令をここレオニーダス・フェリクス魔導学園に派遣してきて、あんたの国に製糖技術者を招聘しようとしたんだわ。

 それで家令が年俸とその他費用はいくらかかるかって聞いたら、すべて含めれば前金で初年度金貨500枚(≒5億円相当)って答えが返って来たそうなんだ。

 プラス技術者と助手5人の宿舎と侍女侍従込みの食費宿泊費な。

 その金貨500枚にはもちろん工場建設費や道具代と従業員の雇用費用も入ってたけど。

 まあ、この国の研究者たちってそもそもすっげぇ高給取りだし、あんな辺鄙な国にまで行くんだからせめて今までの俸給の3倍は欲しいっていうことだったし」


「ぐぎぎぎぎ……」


「そしたら貧乏伯爵は仰天して、大きな工場建設は砂糖製造が成功してからっていうことで、とりあえず実験施設だけにしてくれって言って、金貨300枚に値切ったんだと。

 それでも貧乏領地では払いきれなかったんで、甘い物好きな国王にも頼んで半分出してもらったそうだ。

 それで春にようやく来てくれた技術者に「すぐ砂糖を作るよう命じるっ!」って言ったんだよ。

 それで呆れた技術者たちに「原材料である甜菜が実るのは秋だから今は無理だ」って言われたんだわ。


 そしたらその伯爵は、農民たちに命じて野山を探させて、干からびて萎んだ甜菜と、甜菜の搾り滓を持って来させて『さあ砂糖を作れ!』って言ったんだよ。

 どうやら砂糖は魔導で作るもんだと思ってたらしいなぁ。

 それで技術者が『こんな材料で砂糖を作れるわけないだろう』って言ったら、激怒した阿呆国王がその技術者たちを捕縛して、王を騙した罪で無礼打ちにするって喚いたんだぞ。


 それでもちろんこの魔導国の技術者だから国の遠隔観察の魔導で保護されてて、すぐに転移の魔導でこの国に戻されて助かったんだよ。

 それであんたのウーニー王国は、このレオニーダス・フェリクス魔導学園国から技術者派遣停止100年の罰を課されたんだ。

 その伯爵は気の毒に斬首されちゃったけど、まあ阿呆だから仕方がないか」


「!!!!!!」


「つまりはだ、国王やら貴族やらが阿呆で威張ることしか考えてないと、国営企業なんていう高度な政治は不可能だっていうことなんだ」


「ぬぐぐぐぐぐ……」


「それにしても、さすがはムラサキ王国の国王だよ。

 自国が儲けるために僅かなカネを払って甜菜の供給を隣国ウーニーにやらせ、同時にウーニー王国の天然甜菜をほぼ絶滅させて将来砂糖製造のライバルにならないようにしたんだからな」


「!!!!!!!」


「どうだ、これも政治戦略だ。

 ムラサキ国王は、こんなことに30年も気づかなかったウーニー王国の王族や上位貴族をさぞかし笑っていることだろう」


「ぬががががが!」


「まああんた自身が頑張って大学まで行って研究者になれれば砂糖も作れるだろうけどな。

 努力してみたらどぉだぁ?」


「ぬがぁぁぁ―――っ!」


(バフンくんの威信:もはや大幅なマイナスゾーン)



「もうひとつ教えてやろう。

 単一の農産物とその加工製品に頼る政治をモノカルチャーと言ってな。

 万が一にもその農産物が害虫や病気などで全滅したら、その作物に頼っていた国は大打撃を受けるだろう。

 だから賢いムラサキ王は国営事業の改革と多角化にも乗り出したんだよ。

 具体的にはまず甜菜畑の分割と砂糖製造で設けたカネを使っての農業改革だ。

 甜菜畑に病害虫の被害が起きても損害を最小限に抑えるために、甜菜栽培を互いに30キロ以上距離を置いた8つの大規模生産地で行うようにした。

 そうすればたとえ1つの畑で病害虫被害が発生しても、他の7つの畑には被害は及ばないだろう。

 もちろん大規模製糖工場も8つある。


 だが考えてもみろ。

 農民が自主的にそんなこと出来るわけないだろ。

 つまりこれは王城が主導しないと不可能なことであり、これこそが農業に係わる政治、つまり農政だ」


「「「 ………… 」」」


 バフンくんだけでなく、大教室にいる王族貴族たちも唖然としている。

 


「さらに、ムラサキ王の王子王女を含む王立学校の出身者たちはこの魔導学園国で最新農業を学び、国に帰って王立農業研究所を設立した。

 おかげでかの国の小麦生産性は今や畑1反当たり6石にまで上がって来ている。

 つまりあんたの国の10倍だ」


「「「 !!!!!! 」」」


「いいか、同じ面積の畑で10倍の量の小麦が採れるんだぞ。

 税収を麦に頼っているあんたらから見れば、つまり国力も10倍っていうことだ」


「あぅ……」


「『高貴な王族が下賤な農民と同じことが出来るか!』とか言ってる間に小麦生産でもムラサキ王国に10倍の差をつけられているんだ。

 それでいいのか?」


「あぅあぅ……」


「ついでにもう一つ、彼の国からの留学生たちは魔導学園で学ぶだけでなく、この国の料理学校にも通って学んだ。

 具体的には特産品の砂糖を使ったスイーツを作る方法だ。

 あんたらまだ喰ったことないだろうが、今度休みの日にでも学園中央街のショッピングモールに行って、ケーキやらプリンやらパフェやら喰ってみ。

 あまりの旨さに気が遠くなるから」


(残念ながら貧乏国から来たバフンくんのような王族や貴族はほとんど小遣いを貰っていないので、有料のケーキやプリンやパフェは食べられないだろう。

 国元では王子にも王室予算は付くが、『寮費食費無料の学園に入ったのだから必要あるまい』として、バフンくんの予算は他の王族の酒代に消えている)



「ムラサキ王国は殺到する商人たちのために商業用第2王都も建設している。

 そこでは富裕な商人向けの大きなホテルが30も建っているそうだ。

 そうして、国に戻った留学生たちは、そこにケーキやプリンやパフェを供するスイーツレストランを作ったんだ。

 おかげでさらに商人たちが殺到するようになったんで、新たに20のホテルの建設も始めたそうだ。


 国の土地に国のカネを使って商業街を作り、ホテルやレストランも作って商人を呼び込んでカネを落とさせる。

 これも政治の一つの形態だろう」


「「「 ……………… 」」」




 スコットニー教授が立ち上がって拍手を始めた。


「いや本当に素晴らしい政治講義だ。

 豊富な実例に加えて実践的な問題点や反省点まで含まれているとは!

 さすがは新入生首席だね!」


「痛み入ります……」


「要は近代の政治というものは、農学などの科学技術と密接に結びついているということだな。

 近代政治に必要なのは他の全ての学問の知識なのだろう。

 いや本当に素晴らしい講義だった……」


 大教室の8割近い生徒たち(つまりは平民たち)は盛大に拍手に加わったが、貴族王族出身の生徒たちは皆蒼褪めている。

 ほとんどが自領や自国の主要産業すら知らなかった者たちだろう。



「どうかねレオニーくん、この政治概論講義は、この教室の分だけでなく、他にも100ほどの講義があってわたしの研究室の准教授や講師連中が持ち回りで担当しているんだよ。

 それで、もしよければ、君も講師陣に加わってもらえないだろうか」


「「「 !!!!!!!!! 」」」


「うぉぉぉ―――っ! すげぇっ!」

「さすがはレオニー先生っ!」

「中等部でも講師になるのね♡」

「史上最年少中等部講師か!」


 だがレオニーくんは実に申し訳なさそうに言ったのである。


「すみません先生……

 お言葉は真にありがたく光栄なんですが……

 私は魔導学やそのほかにも学びたいことがたくさんありまして……」


「そうか、それは残念だ……

 それでは今の講義は魔導録画で保存されているはずだから、それをうちの研究室の連中にも見せて構わんかな。

 きっと素晴らしい影響があると思うんだ」


「それはもちろん構いません」


「ありがとうね♪」


 スコットニー教授は本当に嬉しそうだった……





「くそっ! くそっ! くそぉぉぉ―――っ!」


 一方でバフン・ウーニー第3王子殿下は荒れていた。

 テント村大食堂でテーブルを蹴りつけ、椅子を床に叩きつけて大暴れしている。

 だが、保護魔導のかかったテーブルも椅子もビクともしておらず、手首や足首を痛めたためにさらにイラついていた。

 大食堂の王族貴族の大半は口を開いて驚いていたが、中にはにやにやと笑っている者もいる。

 きっとあの政治概論の講義に出ていた者だろう。



「あ、あの下賤なる平民のガキめぇっ!

 高貴な王族たる余にあのような恥をかかせおってぇ!

 どうしてくれようっ!」


 側近とやらの貴族家縁者3人は黙って下を向いているだけであった。

 まあ、自らのプレゼンスを高めようとして逆に大恥をかいたのを他人のせいにする辺りがこの男の阿呆たる所以でもある。



「そうだ!

 あ奴に決闘を申し込むぞっ!

 明日の朝一番で奴の教室に乗り込み、決闘申し込みを叩きつけてやる!」


「で、ですが殿下、奴が決闘を受けるとは限らないのでは……」


「受けられないのならば、それはそれであ奴をビビらせ、マウントを取れたことになる!

 受けたならば体格差で圧倒すればよい!

 4対4の決闘を申し込めば、あ奴に助太刀する者は12歳のガキしかおらんっ!」


「な、なるほど!」


「で、ですが殿下、あの空中浮遊の魔導をまた喰らうかと思うと……」


「決闘条件の中に『空中浮遊の魔導禁止』を盛り込めばよい!」


「なるほど!」

「さすがは殿下!」


 いい歳コイたおっさん4人が10歳の少年に決闘を申し込むことが恥ずかしいという意識は無いらしい……




 翌朝、レオニーくんのSSS1教室にはHR前におっさん4人組の姿があった。

 尚、第3王子の属するZZZ100教室からSSS1教室までは歩いて1時間の距離があるので、おっさんたちはたいへんだった。

 もちろん彼らはHRや1時間目の授業には遅刻している。


「おい下賤なる平民レオニーっ!

 キサマに貴族王族の習いとなる決闘を申し込むっ!

 よもや逃げまいなっ!」


「いいぞ」



「うぉぉぉ―――っ!」

「このおっさんたちやっぱ莫迦だわー」

「よりによってあのレオニー先生に決闘を挑むとはっ!」


「ただし、もちろん決闘は日曜日にするように。

 あんたらと違って大切な授業を欠席したくないからな」


「ぬぐぐぐぐ……」


「あ、あと学校側への決闘届はあんたらが出しとけよ♪」


「ふざけるなっ!

 そのような雑務は下民の仕事であろうっ!

 高貴な王族貴族の手を煩わすなぁっ!」


「はははは、決闘を申し込んで来たのはあんたたちだよな。

 あーそうか、それで決闘届を出さなければ実際に決闘しないで済むからな。

 決闘を申し込みはしたけど実際には決闘しなくて済んだ、そうなればほんのちょっぴりでもメンツを保てるかぁ。

 実にセコいこと考えるねぇw

 そのセコさこそが王族の威信なんか?」


「がぎぐぐぐぐ……

 その方ら!

 学校側に決闘届を出してこいっ!」


「「「 はっ! 」」」



 10歳の少年に容易く誘導される辺りが彼らの阿呆さを象徴していた……




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