*** 15 国の財を増やす方法 ***
「教えてやるよ。
農村の収穫量を増やす方法、それは最新の農業技術を導入すればいいんだ」
「そんなもの、どこにあるというのだ!」
「あんたの国の小麦畑では1反当たりの収穫量が精々小麦1石だろ。
それも最近では連作障害で6斗ほどしか収量が無いだろうし」
(註:そもそも1反とは年に小麦1石(≒150キログラム)を生産出来る畑の広さを言う。
この惑星の場合およそ2000平方メートル、地球の場合は約1000平方メートル)
「それに対してこの魔導国の収量はどれぐらいだと思う?」
「知るかそんなもの!」
「やはり知らないか。
けっこう有名な事実なんだが、辺境の小国だとたとえ王族でも知らないんだな」
「ぐぅっ!」
「この国の小麦収量は1反当たり20石だ。(春小麦と冬小麦の2毛作含む)
つまりあんたの国の30倍だ」
「!!!!!」
「収穫量が30倍になれば税率を上げずとも税収は30倍になるだろうに」
「ど、どうやって……」
「この魔導学園に合格した生徒で、まじめに勉強した奴なんかはこの国を見学してそうした事実を知ることもある。
そいつらはさらに努力して大学の農学部に進学して学び、卒業後には国に帰って王立や貴族領立の農業研究所を設立するんだ。
それで農民に新しい農業技術を教えて国の農業生産をどんどん上げて行ってるんだよ」
「そ、そんな下賤な農民のようなことが出来るかぁっ!」
「じゃああんたの国の小麦生産性はずっとこの魔導学園国の30分の1だな。
つまり王族も貴族も貧乏なままだ」
「ぐぅっ!」
「もうひとつ国の財を増やす方法を教えてやろう。
あんたの国みたいに農業以外に産業が無い国で、王家が下賤な農業に関与する気が無くて収入を増やせないなら支出を減らせばいい。
一番簡単なのは軍を縮小することだ。
まあ一気に縮小すると治安が乱れるから徐々に減らした方がいいが」
「そのようなことをして、隣国が攻め込んで来たらなんとするっ!」
「だからそれは無理だってばよ。
そんな奴がいたらこのレオニーダス・フェリクス魔導学園国が潰すからな。
つまり、この惑星の全ての国はもはや防衛戦力を必要としていないんだ。
必要なのは治安維持能力だけだ。
だから賢いムラサキ王国の国王は30年かけて軍を6千まで減らしているぞ」
「な、ならばムラサキに攻め込んで悲願の祖国統一をっ!」
「やれるもんならやってみろや。
国境に軍を集めただけで、王と王子、上位貴族の当主と嫡男がこの魔導学園国の牢に転移させられるぞ」
「!!!!!」
「それでも軍を引き上げなかったら、成人王族と成人貴族の全員が牢に入れられる。
首謀者である王と宰相と軍務大臣は死ぬまで牢の中だな」
「!!!!!!!!」
「あんたらの軍3万の内、王家直轄の近衛軍と国軍は1万だろ。
その1万には俸給に加えて武器だの糧食だのの費用がかかっているよな。
1万人なら年間総額金貨2万枚(≒200億円相当)ほどだ」
「そ、そんなに……」
「一方で王家が直轄領や貴族から得る税収も今はどんどん減って来て金貨2万枚程度だろうに。
つまり王家がメシ喰ったり酒飲んだりパーティー開いたりする分は、全部国庫からの持ち出しなんだ。
そんなんで国の財が増えるわけないだろ。
このままだとご先祖様が残してくれた財も、あと10年で無くなるな」
「!!!!!」
「ったくいい歳こいた王族のくせにそんなことも知らんのか」
「ぐぅ……」
「だから国軍を半分にすれば問題は無くなるだろうによ」
「だ、だがそれでは王家や国の威信というものが……
それに貴族家が反乱を起こした際に……」
「だったら貴族家の兵も同時に減らさせればいいだろうに。
それともそんなことも出来ないほどあんたの王家の威信は低いのか?」
「あぅ……」
「10年後に王家の宝物庫が空になったらどうするんだ?
隣国に攻め込んで財を奪うか?
民への税率を上げるか?
どっちにしろウーニー王国の王族と貴族は全員がこの魔導国の牢の中だ。
その時は魔導学園がムラサキ王に頼んでウーニーの地も任せることになるだろう」
「げぇっ!」
「なにしろムラサキ王国は国営企業が儲かってるおかげで、民への税率は20%だからな。
ウーニーの民も大喜びするだろう」
「あぅあぅ……」
(バフンくんの威信:もはや回復不能)
「もう一つ教えてやろう。
この30年間であんたの国の国庫の財が年々減って来ているのに、なんで隣国ムラサキ王国の財は100倍以上になっていると思う?」
「ぐぐぐぐ……」
「これも教えてやんよ。
あんたの国にも隣国にも野山にはたくさんの甜菜が自生してるだろ。
あの微かに甘いだけで苦みとエグ味が強烈過ぎて煮ても焼いても喰えないあの甜菜だ。
まあ牛や馬や豚は喜んで喰うし栄養も豊富だから家畜の餌には適しているけど。
あんたの国はそのビートが大量に自生していたから畜産業が盛んなわけだ。
それで隣国はな、そのビートの搾り汁から砂糖だけを分離抽出する方法を確立したんだよ。
もちろん苦みもエグ味も全くないあの白くて甘い砂糖だ。
しかも搾り滓はそのまま家畜の餌に使えるし」
「えっ……」
「ムラサキ王国の砂糖は100グラム銀貨2枚(≒2万円)もするけど、大陸中の国から商人たちが先を争って買い付けに来ているそうだな。
だからいくら作ってもまったく値下がりしないし。
大陸南部の国々ではサトウキビという植物から砂糖を作っているけど、こちらは黒くてかなり草の匂いがするから、ムラサキ王国の甜菜砂糖の方が遥かに人気があるそうだし、あんたの国の王族も貴族も、商人経由で大量に買ってるはずだ。
なにしろ貴族も王族も砂糖を大量に使った菓子は大好物だし見栄を張るにも最適だからな。
それがムラサキ王国の作った砂糖で、買った分だけムラサキ王国を儲けさせているなんて、商人は絶対に言わないだろうし」
「うう……」
「あの甜菜はそもそも北の寒い土地に自生しているものだ。
この魔導学園国でも、もう2000年も前から北の山岳地帯に甜菜畑を作って、上質な砂糖を大量に作っているんだぞ」
「…………」
「36年前、ムラサキ王国の第3王子がこの魔導学園中等部に入学した。
彼はこの国ではあの苦くてエグい甜菜から真っ白で実に美味い上白糖が作られていることを知り、努力を重ねて高等部にまで進学して甜菜から砂糖を作る方法を学んだ。
そうして国に帰った後は、国王に頼んでけっこうな額のカネを出してもらい、魔導学園大学の農学部の研究者に頼み込んでムラサキ王国に来てもらったんだ。
高等部程度の知識では実際に製糖事業を行うまでは難しいからな。
そうして国王に出してもらったカネで人も雇い、製糖工場を作ったんだよ。
国王には随分とカネのかかる道楽だなと笑われ、貴族大臣たちには王族が下賤な商人と同じことをするのかと馬鹿にされていたそうだし、当時の第1王子はこれで王太子の座を奪われずに済むと喜んでいたそうだ。
だが、その王子のおかげでムラサキ王国は莫大な富を得られるようになった。
なにしろ製糖工場の稼働から1年で、それまでの国の税収全額と同じだけの利益を叩き出したんだからな」
「!!!!!」
「その後も砂糖工場は年々莫大な利益を出し続けていった。
おかげで今のムラサキ王国の宝物庫に収められているカネは36年前の100倍だ。
もちろん今のムラサキ王国の国王はこの第3王子だぞ。
彼の王は、王位につくと自分の行動を下賤な商人と同じだと笑っていた貴族大臣たちを徐々に役職から外していった。
いっぺんに解任すると莫迦が反乱を起こすからな。
それでそうした上級貴族が、ならば後任には我が嫡男を!とか言って来るだろ。
そういう奴には「レオニーダス・フェリクス魔導学園高等部を卒業したら後継の大臣にしてやる」って言うんだよ。
それでその大臣も嫡男も魔導学園の入試では国名と爵位を書ければ合格間違いなし!って信じてたもんだから納得するんだ。
だからこそ入試で落とされると呆然とした後に激怒するんだよ。
それで国王に不満をぶつけても『余は合格して卒業したぞ?』とか言われるし。
不満貴族が元第1王子を担ぎ上げて反乱起こそうとしたけど、もちろんすぐにレオニーダス・フェリクス魔導学園国に探知されて、今は首謀者全員魔導学園国の牢の中だ
そうして国王は王立の学校を作って広く民から学生を募り、今では毎年ここレオニーダス・フェリクス魔導学園に10人近い合格者を送り込むようになっている。
あんたの国じゃあ100年前の建国以来合格者はあんただけだろ」
「ぐぅっ!」
「おかげで今のムラサキ王国では大臣12人のうち11人が平民出身の魔導学園卒業者だ。
残る1人の貴族大臣も同じく魔導学園の卒業者だ。
もちろん上級官僚もほぼ全員が平民出身の学園卒業者だな」
「な、なんという下賤なる国だ!」
「ははは、あんたの言う下賤なる平民の国は30年で国力を200倍にしたが、王族と貴族が統治するウーニー王国はその間国力を減らし続けてるだろ。
ということでムラサキ王国が下賤なる平民の国だとしたら、ウーニー王国は阿呆で無能な王族貴族の国だな」
「な、なんだとぉぉぉ―――っ!」
「ということで、これが政の1つの形態だ。
王族が自ら主導して国営工場を造るという政治手法だ」
「な、ならば余が同じことをして技術者を連れ帰れば!」
「無理だな」
「な、なぜだ!」
「まずあんたの国にはもう原料になる甜菜がほとんどない」
「なんだと!」
「あんたの国の甜菜はもはや絶滅寸前なんだよ。
残されたわずかな甜菜から大規模な甜菜畑を作るには20年はかかるだろう」
「えっ……」
「砂糖の原料になる甜菜があればあるほど砂糖が出来て儲かるようになったムラサキ王国は、すぐに大規模な甜菜畑を作らせて甜菜を農民から買い取っている。
同時に野山に自生している甜菜を取り過ぎないようにその収穫を規制しているおかげで、野山の天然甜菜はそれほど減らずに済んでいる。
つまり賢い隣国の王は『農業資源保護』ということもこの学園で学んでいたんだよ。
これも農業に関する政治に必要な知識だ。
一方で、原料の甜菜があればあるほど儲かるムラサキ王国は、商人を通じてあんたの国の農村で甜菜を買い付け始めたんだ」
「!!!!!」
「なにしろ農民が野山で取って来た甜菜は、ムラサキ王国から来た商人に1個銅貨1枚(≒100円相当)で売れるからな。
100個売れば銀貨1枚(≒1万円相当)だし、1万個売れば金貨1枚(≒100万円相当)になる。
秋に甜菜が実り始めると、村人総出で野山に繰り出して大量に甜菜採りをしていたそうだ。
おかげで農民は貴重な現金収入を得られて、貴族や王族に重税を毟り取られた後でもそのカネで商人から麦を買い、不作の年でも冬に飢えなくて済むようになったそうだ。
しかも商人はその甜菜を絞った後、滓を持って来てくれたんだと。
それを干して乾燥させておけば家畜の冬の餌にも出来るからな。
商人は村人たちから随分と感謝されていたらしい」
「け、けしからん!
なぜ農民共はその分の税を国に払わなかったのだ!」
「ナニ言ってんだよ、税は全て収穫した小麦と肉で払うことって決めたのはあんたの国の国王だろうに」
「!!!!!」
「それにあんたが国の主要産業を知らなかったことからもわかるように、王や上級貴族は民の暮らしなんかに全く興味は無かったんだ。
単に麦の収穫後に徴税吏を農村に行かせただけだ。
農村が甜菜を売って現金を手にしていたことなんか分かるわけないだろうに」
「ぐぅ……」
「因みにな、あんたの国の農民から1個銅貨1枚(≒100円)で買った甜菜からは100グラムの上質な白糖が取れるそうだ。
(日本では170グラムほど)
天然甜菜の方が畑物より味はいいし。
まあ設備投資費用や人件費もあるが、ムラサキ王国はこの砂糖を100グラム銀貨2枚(≒2万円相当)って売っているから、200倍近い儲けだな」
「!!!!!!!!!」




