*** 14 講義の続き ***
「そんな地にはもちろん人もいなかったし、いても生きてはいけずにすぐ死んでしまう。
この地は大陸を囲むどの海からも3500キロ近く離れているからな。
そうした海から極端に離れた地は、極度内陸性気候と言って、夏の最高気温は50度以上、冬の最低気温はマイナス50度以下となるのに加えて雨もほとんど降らない。
そんな地に4500年前1人の大賢者が降り立った。
彼は大魔導を駆使してまずは砂漠の砂や岩石を収納し、それを固めつつ東に運んで山を作り始めた。
平均標高3000メートル以上、南北1500キロに達し、現在は東の大山脈と言われる山脈を3つもな。
彼の後継者たる大賢者たちもこの信じられないほど巨大な土木工事を続けた。
同時にこの地から遥か西にある山脈を削ってその標高を下げ、西の海から偏西風に乗って流れてくる湿った空気が東の大山脈に当たって雨を降らせるようにした。
この雨が砂や岩石を採取した砂漠の窪地に流れ込む川を作って、砂漠に溜まり始める。
もちろん砂漠の窪地は大規模な土の魔導で固めてせっかくの水が大地に沁み込まないようにしてだ。
これが現在この国にある面積500万平方キロもの大湖となった。
もはや海と言っていい広さの湖だ。
要は海から遠い地が極度内陸性気候になって木も草も生えず、ヒトも住めないのなら、そこに大きな海を作ってしまえばいいという壮大な発想だ。
こうして代々の大賢者たちがたいへんな努力を積み重ねた結果、今ではこの地は惑星最大の穀倉地帯になっている。
つまりこの国は無人の地に作られた開拓村から大きくなっていった国なんだよ。
だから周辺の貧乏国になんか攻め込まずとも、惑星最大の国土を有しているんだ。
そうして、ヒトが生きていける環境が整うと、2500年前の大賢者レオニーダス・フェリクスが、ここにレオニーダス・フェリクス魔導学園国と魔導学園を作った。
そうして、4大陸すべての土地から貴族や王族を名乗る者たちに重税を課されて苦しんでいた民たちを転移魔導で連れて来たんだ。
これがこの国の始まりであり、つまり政治の成果だ。
おかげで民がいなくなって王族貴族が飢え、滅んだ王国がたくさんあったそうだが」
「…………」
「こうしてこの国は、一切他の国の地を奪わずにここまでの領土を持てたんだ。
つまりまあ領土を『作った』わけだな。
そんなことを成し遂げた大賢者たちの努力はさぞかしたいへんだっただろう」
「……………………」
そのとき大教室の入り口から年配の男性が入って来た。
「おいバフン、スコットニー教授が見えられたぞ。
早く席につけ」
だが、そのスコットニー教授と呼ばれた男性が笑顔を浮かべながら拍手を始めたのである。
「確か君は今年度の中等部入試首席のレオニーくんだね。
いや失礼ながら君の話を教室の外で聞かせてもらっていたんだが、実に興味深くまた面白かった。
だが少々足が疲れてしまったので、教室の隅に座らせてもらいたいんだ。
それでどうか君の講義の続きを聞かせてもらえないだろうか」
スコットニー教授は教壇の隅にあった椅子に座った。
「本気で仰っていらっしゃるのですか?」
「もちろんだ。
どうか続けてくれたまえ」
「それでは僭越ながら。
そうそうバフン、あんた自分の母国ウーニー王国の主要産業は何だか知ってるか?」
「え……」
「自国の主要産業も知らずに政なんか出来るわけがないだろう。
小麦生産と畜産業だろうに」
「…………」
(そ、そうだったのか……)
「それでな、俺は毎年発行されるこの国別ランキング表を見るのを楽しみにしているんだが……
その中でも特に国富や国民総生産推計で大躍進している国があるんだ。
なにしろこの30年で国富、つまり国の富が100倍以上になっている国だからな。
国民総生産と言うのは1年間でその国の民が作り出した財とサービスの額を合計したものだ。
この魔導学園が提唱し始めた新しい概念だが、その国の国力を見る有力な指標だな。
言ってみれば、国の経済規模の拡大状況を見ることの出来る重要指標だ。
この大躍進している国の国民総生産推計はこの30年間で200倍になっているんだ。
地政学を趣味にしている俺にとっては最大の注目国だな。
それで、この国こそがあんたの国の隣国ムラサキ王国なんだよ」
「えっ……」
「やっぱりそんなことも知らなかったのか。
どうやらあんたの国の国王や上層部も知らないみたいだけどな。
元は同じ国で隣国だけあって、地理や気候条件はほとんど変わらないだろ。
あんたの国は国富が増えるどころか減る一方なのに、なんで隣国がそんなに豊かになってるのか知りたくないのか?
これも政治に必要なことだぞ」
「うっ……」
「俺が教えてやんよ。
まずなんであんたの国は王城の国庫にあるカネが年々減って来ているんだと思う?」
「そ、それは臣民の我が王家に対する忠誠心が足りないからだ!」
「はははは、その答えでよくわかったよ。
つまりあんたの国では王族の脳みそも足りないんだな」
「な、なんだとぉっ!」
「それじゃあ今あんたの国で農民に課している税率を知ってるか?」
「うっ……」
「やっぱりそんなことも知らんのか。
収穫された作物や畜産物の40%だろうに」
「そ、そうだ!」
「知ったかぶりすんなや」
「ぐぅっ!」
(バフンくんの威信:半値八掛け二割引き)
「それであんたの国の王族やら上位貴族やらが贅沢しまくってるんで、国庫のカネが減りまくってるんだろ。
国の財を増やすためにはどうすればいいと思う?」
「そんなものは簡単だっ!
税率を上げればいい!」
「いやそれは無理だ」
「なぜ無理なのだぁぁぁ―――っ!」
「何故ならレオニーダス・フェリクス魔導学園国によって、税率の上限が40%に制限されているからだ」
「!!!!」
「1200年前、ムラサキウーニーの地を領土としていた国が、財を求めて一方的に隣国に侵攻しようとした。
まあすぐにレオニーダス・フェリクス魔導学園国に潰されたが」
「ど、どのようにして潰したというのだ……」
「ははは、やはり知りたいか。
同じことだ、侵攻が始まった途端に王族や宰相を始めとする国の上層部や軍の指揮官を全員異次元に『収納』した。
それで生きていくのに最低限必要なだけの質素な食事と水しか与えなかったために、その国はすぐにレオニーダス・フェリクス魔導学園国に降伏した。
特に酒を出さなかったせいで王族が惑乱していたからな。
その時の降伏条件のうちの1つが、今後ムラサキウーニーの地では、如何なる国が現れようとも民への最高税率の上限は40%とするというものだったんだ」
「…………」
「その後、その地の国が分裂したり滅んだりして他の王朝に代わっても、レオニーダス・フェリクス魔導学園国はその約定を遵守させた。
逆らった国は同様に王族や上級貴族家当主を異次元に収監したしな」
「!!!!」
「だから今のウーニー王国もその制限下にあるし、長年の間にこの惑星上のほぼ全ての国で税の上限が40%になっているんだよ」
「そ、そんなことは聞いておらんっ!」
「そりゃあそうだ、国の上層部はこの魔導学園国にそんな制限をかけられているなんて国の恥だと思っているんだろう。
だから約定ではなく国法で税率上限40%と決めたとして事実を隠蔽しているんだ。
それを知らないっていうことは、あんたは国では上層部とは見做されていないっていうことだな」
「ぐぅっ!」
「だから国王が交代した国なんかでは、新国王が国法を変えて上限を上げようとするんだが、すぐに10日ばかり行方不明になった後、上限変更を諦めている」
「な、何故この国はそのような内政干渉を行っているのだ!」
「この学園国の基本法第4条、国家の義務には、有意の人材を集めるために惑星全域に於ける治安の維持、要は過酷な税や戦争行為や内乱などを平和裏に鎮圧する義務を負う、とあるからだ。
重税に喘ぐ民は学問を為す余裕なんか無くなるからな」
「そ、そんな……
そこまでの事が出来て、何故他国を支配して版図を広げようとしないのだ!」
「それは当然基本法第4条の規定を遵守するために、この魔導学園国が自ら他国に攻め込むことを禁じられているからだ。
それにウーニー王国のような貧乏国を支配下に置いてもまるで意味が無いしな」
「な、なんだと……」
「話を元に戻すとだ。
国庫収入を増やすために増税が出来ないとすれば、他にどんな方法があると思う?」
「そ、それは……」
「やはりわからんか。
もちろん農村の収穫そのものを増やせばいいんだろうに」
「そ、そうだ!」
「それじゃあどうしたら収穫が増やせるんだ?」
「そ、それは農民共を督励してだな!」
「どうやって?」
「収穫が増えなければ死罪にすると脅せばいいっ!」
「ははは、あんたや国王がそれを命じたら、異次元に何年も収監されるぞ」
「!!!!」
「たとえ5年後に釈放されて国に帰っても、そのときには新しい王が即位しているな」
「!!!!!!!」




