12*そして兄妹は消えていく
「君の“鵺”は僕のマティルドに苦戦しているようだね」
「苦戦? あれが苦戦に見えるとでも言ってるのかしら。そうだとしたら大間違いよ」
左側からとんでくるグリアラの拳をひじで受け止め、素早く手首を掴んでそのまま高い背負い投げをする。
「アレでいいのよ」
「……おもしろい」
空中でバランスを整えるグリアラに、地面を蹴って跳んで蹴りを入れようとするが、どこからともなく現れた糸、『ルーダ』に足が絡みつく。
「なっ…!?」
驚くのも一瞬。瞬時に短剣を取り出して『ルーダを』切り、地面に着地する。
「どうやら君たちは、『ルーダ』についてなにかしっているようだね」
アルジェントに続いて、グリアラも地面に降りてくる。
「ええ。少し考えれば分かることよ」
「うちでも分かった! 多分分かってる!」
なかなか姿を現さないマティルドを探しながら、マネキンを撃破していた風歌が来た。
アルジェントのなにしてるのよ、という目を見た風歌は、
「いや~、マティルドが見つかんなくってさぁ!」
「やはり苦戦しているようだね」
勝ち誇った笑みをうかべるグリアラに、風歌は言う。
「う~ん。マティルドは…見つかっても、そこにいなくなっちゃうんじゃないかなぁ」
グリアラの表情から笑みが消えた。
「なんてゆーのかな……ある女の子の魂? を、あの人形に定着させてるんでしょ?」
「………」
「是、ね」
グリアラの沈黙を聞き、アルジェントが言う。
「…ああ、そうだよ。あの人形には、マティルドの魂を定着させていた」
意味が分からない、という風に2人は顔を見合わせる。
グリアラは、ひどく悲しそうな顔をしながら、過去の話を語りだした。
◇ ◆ ◇
今からおよそ700年前。グリアラはフランスで生まれた。祖父、父、母、妹の5人暮らし。家は裕福でもなく、貧しくもない、いたって普通の家庭で育った。
家は代々人形劇の仕事に就き、祖父と父は人形師。その2人の背中を見ながら育ったグリアラも、人形師を夢とし、日々練習していた。
グリアラの20歳の誕生日に、初舞台となった。
劇は成功、客の歓声と拍手、家族たちの暖かな言葉。これ以上にない幸せだった。
あんな出来事さえなければ――。
その直後、観客席から悲鳴が聞こえてきた。
見ると、物凄い勢いで、火が、燃えていた。
「父さん!!」
「慌てるなグリアラ。力のないヤツはお客様を避難! 力に自信があるヤツは火を消せ!」
パニック状態に陥っている観客を、母と妹やその他の女性が観客を出口まで誘導する。その間に、男はバケツに水を淹れて火を消す。
火は消えることなく、より広く、より強く燃えていく。
避難は順調に進み、観客は全員無傷。次はグリアラたちが脱出する。
「げほっ…みんな、無事か!?」
咳き込みながらグリアラが問う。すると、祖父、父、母の返事が返ってきた。グリアラの妹――マティルド――の声が、無い。
「母さん、マティルドは!?」
「なにっ、いないのか!?」
父が辺りを見回す。つられてみんなもマティルドの姿を探すが、見当たらなかった。
劇場内。
マティルドは1人、取り残されていた。
「あ…つい……」
火事によって燃え、落下した障害物により、マティルドは身動きがとれずにいたのだ。
ああ、みんなの人形が燃えていく――。
「っはあ…!」
炎が酸素を奪っていき、まともに息ができない。
(私…死ぬ、の……?)
マティルドの頬に、涙がつたった。
その場で力なく倒れこみ、生きることを諦めたその時。
「マティルドー! どこにいるんだ!?」
聞きなれた、大好きな兄の声が聞こえてきた。
「あ、に…さま」
「マティルド!? いるんだな! 今から助けてやるから…!」
(ああ、いいのに兄様…私も兄様も、死んでしまうわ……)
「マティルドー!」
前にはマティルドがいるのに、障害物のせいで近づけない。それは大きく、物と物の隙間からマティルドが見える状態だ。
「マティ…ルドッ!」
「駄目、です…兄様…。お逃げ、くださいっ…」
マティルドの言葉に、首を横に振る。
「そんなことは…できない!」
そうは言うが、グリアラの体ももう限界。視界はぼやけ、息をしているのかさえ分からない状態。
「あに…さまっ…!」
「っ、マティルド…」
その後、2人は“廃獄界”へと、堕ちていった。
グリアラは獄界の王と契約、“生屍”となり、マティルドの魂を人形に定着させた。
◇ ◆ ◇
「僕は、マティルドと共に生きていくことを決めたんだよ。長くね」
「あー、うん。そうなんだ…」
グリアラの過去の話を聞き、なんて言えばいいのか迷う。
「だから、君たちを殺すよ」
「それはできないんじゃないかしら」
腕を組みながらアルジェントは言う。
「お前、もう『ルーダ』とやらが出せないんじゃない?」
「……」
黙るグリアラを見て満足そうに頷く。
「そうよね? だって、糸を作るのに精気が必要だから」
そう。グリアラの糸、『ルーダ』は、自身の精気から作成されている。グリアラが3日間という時間が欲しかったのは、精気を集めるためだったのだ。
「そもそも、“永遠の戦”なんて、どうでもいいんでしょ?」
アルジェントに続いて、風歌も言う。
「マティルドと一緒に生きることだけでいいんだよ。正直、“永遠の戦”には関わりたくない。死んだらもう一緒にいられないから」
「マティルドは、こんなこと望んでいないじゃないかしら?」
「っ、そんなことはない!」
そう言うグリアラに、姿を見せないマティルドの声が聞こえてきた。
「……兄様。私は、グリアラという兄がいるという事実だけで十分ですわ。そんな…兄様の精気を消費させるまで、私を生かそうとしないでくださいまし…」
グリアラの表情が、悲しみで歪む。
「私は、もう700年前に死んでいるのですわ」
「マティ、ルド…」
「もう、兄様にはだいぶ…かなりお世話になりましたわ。これ以上、兄様の精気は減らしたくないのです」
「君が消えるなら、僕も一緒だ」
「兄様…」
グリアラは2人に向き直り、こう言った。
「僕を、殺してほしい」
予想していた台詞ではあったが、実際に言われると素直に頷けることができない。
「……風歌」
「はいぃぃ!!」
いきなりアルジェントに名前を呼ばれて、驚く。
「あなたが、やりなさい」
「………はい?」
アルジェントは風歌に向き直る。
「聞こえなかったかしら? 風歌、あなたが殺しなさいと言ったのよ」
「いやいや! 意味分からんしっ!」
「や・り・な・さ・い」
「うわーい、やっちゃうぞー」
「そう。じゃあ、よろしく」
風歌は泣く泣くウェンディを構え、狙いをグリアラに定める。
「……マティルド、楽しかったよ」
「あら、私もそこそこ楽しめましたわ」
銀色の風が風歌のまわりで吹き出し、やがて突風に変わる。
「私より何倍も、何十倍も長生きなさいよ」
「うん。努力する」
矢にも銀の光が帯び始める。
「ありがとね――バイバイ」
「ええ――さようなら」
風歌は渾身の一撃を、グリアラに向かって放った。瞬間、視界は銀色で支配され、次に視界が戻ったときには、グリアラはいなくなっていた。
「……」
風歌は、ゆっくりと腕を下ろす。
「終わったね」
「この戦いは、ね」
アルジェントはそう言い、風歌に近づいて手を握る。
「アルン…」
アルジェントの気遣いに、涙ぐむ。
「さあ、帰るわよ」
「…うん!」
アルジェントは“フィールド”を解除し、2人は並んで有升デパートを後にした。
「もう! 2人揃って風邪で休みだなんて…馬鹿!」
翌日、学校に登校した2人は、琥珀と那珂に説教…みたいなのをされていた。
「お前ら休むから、那珂が暇だ暇だ言ってうるさかったんだ」
いまだに馬鹿馬鹿言ってる那珂に、琥珀は2人に耳打ちした。
「は、ははは…」
「それは…悪かったわ」
「そうよ! 悪いわ。すっごく悪いわ!!」
暴れる那珂を、琥珀が押さえつける。
「お陰で、すっごい暇だった!」
「おい那珂。あんまり言うとあたし傷つくぞ」
「……ごめんなさい……」
琥珀と那珂のやり取りを見て、2人は笑いあった。
*Next story*
はふー。
グリアラ戦、やっと
終わりましたww
長かったですね☆←




