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9*デパートの廃屋で小さなお人形さんと

(うぷ……やばい、ごっつ気持ち悪い)


グリアラに拉致された風歌は『ルーダ』で全身をまかれ、ぶら下げられながら夕方の空を満喫する。


(空ってこんなにキレイだったんだ)


と、場違いなことを思うのは、酔いから逃れるため。実際、風歌の目は下を向き、街並みを眺めている。


(この浮遊感、超ヤダ!)


顔を真っ青にして、心中で叫ぶ。


(でも、アルンに言われたことちゃんとしないと……)


アルジェントに言われたこと。それは、弱り捕まったフリをすることだ。


アルジェントが“死神”の気を感じ取った瞬間、風歌に声なき声で話し掛けた。


――大人しく捕まったフリをしてなさい――


言われた通り、風歌はいかにもやられた、という感じでぐったりしていた。


その後、グリアラは3日後という期日を指定した。


当然アルジェントは信じるつもりは一欠片ひとかけらもない。


信じた、と見せかけて明日にでも奇襲をかける、と言っていた。


風歌は、あの時の言葉を思い出す。


――風歌、私は3日も待つつもりはないわ――


うん、そう言うと思った


――明日にでも出向きたいと思うわ――


で、うちは何すればいい?


――そうね。大人しく捕まったフリをしつつ、そっち側の情報を、出来る限り教えて――


えっと、テレパシーで?


――テレパシー…そうね、テレパシーで――


そして、最後にアルジェントはこう言った。


――突入する5分前になったらテレパシーで連絡するわ――


と、回想しているうち、本格的に気持ち悪くなってきた風歌は声を絞り出す。


「あ、あの……降ろして、くださ…うぉえぇっ!」


「なんてはしたないレディなの!?」


甲高い声で喋るのはグリアラのお気に入りのお人形、マティルド。栗色の髮に、ピンクの豪奢ごうしゃなドレスを着てグリアラの頭の上に座っている。


「だって…まじ、は…吐くぅぅうぅうう……」


両手で口を押さえて、リバースするのを必死で堪える。


「おぼろろろろ……」


本当に我慢できなくなった風歌は、空中でやってしまった。


「まあ!まあまあまあ!!」


人形特有の笑みのまま、マティルドはグリアラの頭でジタバタ暴れる。


「あなた、なんてことしているの!? 信じられない! 信じられない!!」


「に、2回も…言わんで……うっ…」


「まったく。可愛い僕のマティルド、君はこんな事してはいけないよ」


こんな事やそんな事の前に、マティルドは人形。出来るわけがない。


「当然でしてよ。ああ、ドレスに臭いが付いてしまうじゃない!」


(知ったこっちゃ、ねぇよ…!)


気持ち悪いながらも、心の中ではしっかりしている。


(ア、アルン…うち、空で吐いちゃった……)


アルジェントからの返事は、


(知ったこっちゃないわ)


だった。


(吐いたなら、後始末しなさいよ)


そう言った後、関係ないことで“テレパシー”を使ってくるな、と注意され上に、ぶち切りされた。


風歌は遠い目をする。


(なんかもう、どうでもいいや……)


などと考えていたら、気持ち悪いのが治まってきた。どうやら、目的の場所に着いたようだ。


「まったく、たったの5分しか飛んでいないのに…汚らわしい!」


「人形には分からんだろうよ、この辛さっ!」


「あなたのような人間のことなど、分かりたくもないですから」


この、丁寧なようで丁寧じゃない喋り方が腹立ってくる、と風歌は思う。


「つか、ここどこ?」


辺りを見回してみる。分かることは、この空間はコンクリートで造られているということと、春の季節にしては暖かいということ。


「ここは、もともとデパートだった廃屋ですのよ」


いつの間にか、マティルドは風歌の足元にいた。


「ぎゃっ!?」


「本当にはしたないレディですこと」


「レディじゃない! 乙女だよ」


妙なところにこだわるんですのね、と言いつつ続きを話し出す。


「たしか……有升ありますデパートだったと記憶してますわよ」


有升デパート。


風歌の家からそう遠くない、駅前にあるデパートだ。


客もそこそこ入っていたが、近くにできた他のデパートに客が流れ込み、2年前、倒産となった。


「人間も近寄ってこないからね。基地にするには丁度いいんだよ」


と、グリアラが説明してくれる。


「へぇ」


「なんて間抜けな返事だこと! グリアラ様に向かって……身の程を知りなさい」


マティルドはぴょこぴょこと風歌に近づいては足をポコ、と叩く。


ため息を零し、謝ろうとするとグリアラがそれを遮るように話しだした。


「いいさ、マティルド。僕は気にしてないよ」


「まあ、さすがグリアラ様ですのね! 心がお広いですわ」


マティルドの風歌とグリアラに対する態度が違いすぎて、嘆息する。


(なんか、疲れた)


「ちょっと人間!」


「風歌だよ」


「貴女、今疲れたって思ったでしょう! 大変失礼なことではなくて?」


マティルドに指摘され、風歌の肩が少し跳ね上がる。


(読心術!? おっかな……寿命縮むしっ)


「きいぃぃっ!! おっかないですって!? その口縫ってさしあげましょうか!?」


これをおっかない以外、なんといおうか。 笑ったままこんな言葉を言うと、おっかなさ倍増だ。


「おおおもおもっ、思っておりませぇん!!!」


手と首を左右にぶんぶん振り、全面否定を主張してみる。


「本当ですの?」


「イエスイエスイエス!」


今度は首を縦にぶんぶん振る。振りすぎて頭がぐるぐるし始めた。


「人間はよく平気で嘘をつきますのよね――」


「えっ、」


マティルドが言った「人間」という言葉に、アルジェントのことも含まれているような気がした。


背筋に、嫌な汗が流れるのが分かる。


「私、人間が大嫌いですの」


急に、マティルドの声が低く冷たくなる。


(なっ…に……!?)


「そして、嘘をつくモノも大嫌いですの」


心臓の鼓動が早くなり、鷲掴みされたような感覚に陥る。息も、少し乱れてきた。


「ましてや、人間が嘘をつくと――それは何が何でも、許せないですの」


「―――っ!」


息が、止まった。


マティルドは危険だ。グリアラも相当だが、たぐいが違う。マティルドのは、もっと、こう――。


「ま、貴女が嘘ついてないって言うなら信じてさしあげます」


――グリアラ様の人形マリオネットですから――


(アルンっ――!)


風歌は拳を握り、アルジェントを思う。


「じゃあさ、うちが嘘ついてたらマティルドはどうすんの?」


震えで歯が鳴るのを堪え、できるだけ平然を装い尋ねる。


「――そんな問いは愚問ですの。 じわじわ痛みを炙りながら殺してさしあげますのよ」


世界中の時間が止まったような気がした。少なくとも、風歌はそう感じる。


(やばいやばい……!)


この空気を、なんとか崩そうとする。


「ほらっ、マティルドおっかないじゃんか!」


「まあ! 貴女、まだその言葉を言いますの!? あの時縫ってしまえば……」


さっきのマティルドに戻った。いや、戻してくれたのか。


定かではないが、空気が一瞬にして変わった。


(よか、た……)


キャンキャン吠えるマティルドを見ていると、頬が緩む。


「なに笑っていますの?」


マティルドが怪訝そうに尋ねてくる。


「ん~? マティルドっておっかないけど、可愛いなって」


風歌の予想だにしなかった言葉に一瞬、動きが止まる。が、すぐに元に戻る。


「今更気がつきましたの? 一言余計ですけれど」


「褒めてんだから素直に頷けばいいじゃん」


「私が可愛くて美しくて華やかなのはとっくに知っていましてよ」


「うん。二言多いね、明らかに多いね」


「だまらっしゃい!」


マティルドは風歌の足を、思いっきり蹴る。


「痛っ!! え、ちょ…なんで!?」


さっきのは痛くも痒くもなかったのに!と叫ぶ。


「これだから人形は…この!」


「いったい! 今のマティルド可愛くない!!!」


「何ですって!? こんな口、閉じてやりますの!!!」


「ぎゃああぁああぁぁあ!!!!!」


「静かになさい!人間っ!」




(――で、そっちの状況はどうなのよ?)


その日の夜、アルジェントからこんなことを聞かれた。


(マティルドがうざくて可愛い)


(はっ倒すわよ)


(有升デパートの駐車場にいますぅ! ちなみに廃屋です!!)


(そう。じゃあ、また明日連絡するわ)


(オスっ!お待ちしておりますっ!!)


その日の晩、寝ている風歌にマティルドが延々と悪口あっこうを言い続けられていた。


「人間起きなさい! 私がいるのに寝るだなんて失礼極まりなくてよ!!!」


(誰か助けてっ!)


風歌は涙を流しながら寝ていたとか寝ていないとか。


翌朝、風歌の目の下にひどい隈とひどい充血があったのはいうまでもない。



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