寄合
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そこは古びた畳の間……というより広間だった。
換えたばかりだろうか、青々とした畳の間だ。
そこに何人かの人間が集まっていた。薄暗く顔は見えづらい。
和服を着た者もいればスーツ姿の者もいる。
彼らはだまって飲み食いしていたが、申し訳程度に置いてある小さな文机ではなく、それぞれの膝元にいわゆる和膳が置いてあり、そこから器をとって食べているのだった。
「……よそもんが来ちょるようやな」
その中の一人が鼻をならしながら言った。60歳くらいの恰幅のいい男だ。
「探偵だっちゅう話やが本当か?」
「さぁねぇ……井ノ瀬さんとこに泊まっとるっちゅう話やが?」
その人物の向かいに座った老婆がくぃっと冷酒を飲んで答えた。
井ノ瀬はじろりと老婆をにらみつけた。
「……呼んだのは野島家……お前さんのとこの若い娘やっちゅうやないか」
野島と呼ばれた老婆はにたりと笑う。
「勘当した五ノ井のとこの娘じゃ……わしは知らんよ」
「まぁまぁ野島さんも井ノ瀬さんも……」
若い男が仲裁の声をあげた。品のいい黒スーツに身を包んでいる。髪の毛をほんのり染めているのか茶色っぽさが仄暗い灯の中で目立っていた。
「ちょっとした雑談のための会合だったんじゃないですか? なんだか空気が重いですよ」
野島がけっと声をあげた。
「なぁにが若造が……」
井ノ瀬はその様子をにやにやと眺めた。
「野島のところは昔から汗部が嫌いやからなぁ」
「先祖代々の因縁じゃからな」
野島はつまみにしていた沢庵をぽいと口に放り込んでばりばりと食べた。
「おお怖い、89歳とは思えんがな」
井ノ瀬がにやにやと笑う。
「高槻も梁田も欠席やけん、来ているだけでも偉いではないか……」
野島は噛みつかんばかりの目で井ノ瀬をにらんだ。
「まぁまぁ……」
汗部と言われた若者がふたたびたしなめる。
「それよりも……警察が来ているという話じゃないですか?」
野島と井ノ瀬がぎろりと汗部を見た。
「警察?」野島が言う。
「いつもの駐在さんじゃないのかね」
汗部は楽しそうに低く笑った。
「違いますよ、県警ですよ……ほら例の件で」
井ノ瀬と野島は黙った。
汗部はその間に和膳に置いてある瓶ビールをとってぐいっと飲む。
「あれがばれたのか?」
「いや……あれはまだ押さえてあるじゃろ……まだ出てこんはずじゃ」
「駐在なら何とかなるが県警となるとな」
「県警なら押さえてみせると普段豪語しとるじゃろうが」
「限界がある……あれが出てきてしまうとな」
汗部はくくくと笑った。
「さっきから何じゃうるさいのぅ」野島が食ってかかる。
「そうやぞ、いくら我が街の五大家といっても格式は下のほうなんやぞ」井ノ瀬は顔を赤くして怒気をたたえていた。
「いやいやすみません、まだ慣れていないもので……」
「この間の祭の時の寄付金も少なかったじゃろうが」
「いや……本当にすみません、若造なものですから」
「ふん……それよりも問題は県警じゃ」
野島は和服の帯のあたりからタバコを取り出してマッチで火をつけ吸った。
「なんとかならんのか井ノ瀬よ」
「まぁ抑えられるやろう……任せておけ」
「……その間、汗部にも働いてもらうぞよ」
「……わかりました」
汗部は表情を消して頭を下げるのだった。
第7話です。
那珂湊の名家の登場です。
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