遺体発見
新作サスペンス小説です。
探偵・氷上恭一の活躍をお楽しみください。
氷上のスマートフォンに表示されていた画像は、以前のものよりもさらに抽象的な雰囲気だった。三つの横線が引かれている。
上から順番に黄色、真ん中が青、下が緑。
その中心には何か赤いペンキをぐちゃぐちゃになすりつけたような文様。
「……わけがわからない」
芽衣は率直にそう言った。
氷上は困ったような表情を浮かべた。
「正直言うと、僕もよく分からないんです」
「この間はもう少しはっきりしていましたよね?」と芽衣が聞いた。
「うーん……この《《能力》》は何かの物や人を使い、僕の精神的なフィルターを通して発現するようなのです。気分や雰囲気に左右されることもある、ちょっとあやふやな能力です」
芽衣は視線を落とした。
「ただ」
氷上は微笑を浮かべた。
「考えたりするきっかけにはなります。僕は探偵ですからちゃんと現代的なツールを使って調査することもできますから」
「……はい」
「この写真も何かを示唆しているのでしょう。ただ気になるのは前は明らかに死……亡くなっていること、そしてどこか土の中であることを示していたようです。今回はどうもそうではない。何を表しているのかは僕にも分かりませんが……」
「……」
「この事案は思っていたよりももっと複雑なのかもしれませんね」氷上は虚空を見つめた。何かを考えているのだろう。
「ぶしつけなお願いかもしれませんが、お兄様の部屋を見せていただくことはできますか?」氷上が聞いた。
「いえ……野島の家もいろいろあるので」
芽衣の表情に何かを察したのか氷上は神妙な表情になる。
「もう少しお兄様の最後の足取りを教えてください」
「……そういわれると思っていたので、まとめてきました……わたしの携帯の中のデータですけど」
「メールで送れますか?」
「SNSでなら」
氷上はふっと笑い、スマートフォン上でSNSのフレンド登録のQRコードを表示した。そのアイコンが秋田犬の子犬の写真だったので芽衣は思わず笑った。
「よくSNS交換するときに言われますけど僕、もふもふした犬が好きなんです」
「いい写真ですねそれ……コピーした本文を送りますね」
「ありがとうございます……うん、よくまとまっているようなので助かります」氷上は一人でふむふむとうなずいていた。
「ところで……」氷上が言いかけた時、外でパトカーのサイレン音が鳴った。
「おや?」
氷上は気になるのか、すっと談話室を出て行った。
芽衣は何となくその後を追った。
廊下を出て受付のロビーまで行くと、駐在所のものと思われるミニパトカーがサイレンを鳴らして止まり、近所の住人らしき人々が集まっていた。その中にこの旅館の女将も混じっている。
「何かありましたかぁ?」
陽気に氷上が声をかけると、じろりと住民たちの視線が突き刺さった。
誰も答える気はないようだ。
芽衣が出ていくと住民たちはお互いに顔を見合わせてひそひそと何かつぶやいている。
ミニパトカーの中から若い警察官が出てきた。
芽衣の知らない顔だった。いつもは年配の駐在員が自転車で駆け回っているだけだ。ミニパトカーが動いている様子などここ数週間は見たことがない。
「あれぇ、氷上さん何やってらっしゃるんですか? 福岡市のほうの事件以来じゃないですかぁ」警察官が頓狂な声をあげた。
「やぁ……田沼巡査」
若い警察官は笑顔で氷上に駆け寄ってきた。小柄だが俊敏そうな成年だ。
「……見たことねぇ警察官だ」
住民の誰かが言った。
「田沼巡査、この町でどうしたの?」氷上が聞く。
「ああいやぁ……実は市のほうの応援に呼ばれてたんですけどね……」
田沼巡査は氷上に顔を近づける。
「どうもこっちでもご遺体があがったらしくて……」
遺体発見。
その報に芽衣は心臓を掴まれたような感触を味わった。
そのまま視界が暗転する。
「ご遺体……あ、野島さん、どうしました? 大丈夫ですか?」
氷上の声が妙に遠くから聞こえてくるのだった。
第4話です。
事態が少しづつ変わっていきます。
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