奇妙な依頼人と念写探偵
新作サスペンス小説です。
探偵・氷上恭一の活躍をお楽しみください。
氷上恭一の探偵事務所は東京都内の雑居ビルの中にある。新宿から少し西に外れたオフィス街。青梅街道から奥に入ったあたりにある小さなビルで、その3階の奥の部屋だ。
野島芽衣がその事務所を訪れたときはちょうど春先だっただろうか。狭苦しいエレベーターを上がり3階段へ。3階にはいくつかの鉄の扉が並んでいるが、プレートに小さく「~興産」だの「~企画」だのが並んでいる。
芽衣は顔をしかめた。
どうも良い雰囲気ではない。雑居ビルの下にある喫煙所ではガラの悪そうな男たちがタバコを吸っているのも気に入らなった。
彼女は「氷上探偵事務所」のプレートが張られたドアの脇の呼び鈴を押した。向こうでばたばたと音が聞こえ、しばらくしてガチャリとチェーンが外れる音とともにゆっくりとドアが開いた。
ぼさぼさの髪に無精ひげ、ひょろりと背の高い男が照れたような笑いを浮かべている。
「いやぁすいませんね、そういえば依頼の時間でしたっけね……」
この男が探偵・氷上恭一なのだろうか?
「野島です」
「いやお待たせしてすいませんね……小汚いですが中へどうぞ」
氷上探偵事務所……といってもほぼ1LDKか何かのマンションタイプだ。
リビング兼事務所には仕事用らしい大きめのデスクがひとつ、本人のための椅子と、依頼人向けの2人掛けくらいのソファ。
デスクの上には書類がごちゃっと乗せられている。
壁際には適当に詰め込まれたファイルケースの類と撮影技術書やら法律関係の本。
床はあんがい散らかっていなかった。
「さぁどうぞどうぞ……何か飲みます?」
「では……お茶を」
「冷たいのならアイスティーとかありますよ、水出しのハーブティーとかも」
「じゃあハーブティーで」
芽衣は少しだけ笑いの衝動にかられた。
このごちゃごちゃした事務所のわりにこの探偵は水出しのハーブティーなんて常備しているのか。
「さてさて……」
少し酸味のあるハーブティーに口をつけていると氷上はデスクの向こう側に座った。何やら書類をひっくり返している。
「えぇと……先日ご依頼いただいた……件だと思いますが……」
氷上が言った。
「はい、電話したと思います」
芽衣はそう答えた。
「んあぁ……はいはい……これですかね?」
「そう……ただ送った件とはちょっと違う件を依頼したいのです」
「違う件……とは?」
氷上は目を細めた。愛想のいい表情が一瞬消え、探るような目つきになる。
芽衣は居心地の悪さを感じた。
「人探しをお願いしたいのです」
「人探し?」
「行方不明になった私の兄です。そして私は貴方の《《能力》》を知っています」
「あぁ……《《そっち》》の依頼でしたか……ただ《《特別コース》》になりますよ」
「構いません」
「では《《念写》》コースのほうということで……着手金は30万円をいただきます。何か……手掛かりになる物はお持ちですね?」
「はい」
芽衣は聞いていた通りだと内心震えながら、バッグからそれを取り出した。
それは腕時計だった。スポーツタイプでタフなタイプの腕時計をジップロックに封入していた。
「では……」
氷上はそれを左手に持ち、目をつぶった。
スマートフォンを取り出しカメラを自らのほうにむける。
シャッター音。
「……スマートフォンのカメラで撮れるんですね」
「ん……はいまぁ何でもいけますけどね、映るものなら」
氷上は無表情でスマートフォンを操作していた。
「うーむ……この時計の持ち主は……残念ながら死んでいるようです。ただ場所がなぁ……」
「見てもよろしいですか?」
「いいですけど結構抽象的なものしか映らないですよ」
そういって氷上はスマートフォンの画像を見せてきた。
その画像には人間の腕のように見えるもの……まるで子供が描いたような絵が映っている、ただし青と緑をぐちゃぐちゃに塗ったようで、変色してすでに生きている姿ではないことを表しているように見えた。そして周囲は暗く他には何も映っていなかった。
「ひっ……」芽衣は思わず小さな悲鳴をあげた。
「あぁすいません……僕こういうのに慣れちゃってるんで……」
「……ば、場所はわかりませんか」
「もう少し別の手がかりがあれば……」
「……ではいらしてください、私の街……那珂湊に……」
第1話です。
果たして那珂湊で何が起きているのか?
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