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猫と布団

作者: 卯月猫

「ミケ、おいで」


 寝室は2階、僕は寝る前になると同居人、いや同居猫に声を掛ける。幼い頃から一緒に居るからその存在が当たり前すぎて離すことが出来なかった。

 高校までは実家暮らしで、大学生になり、一人暮らしをする事になったがどうしてもミケと一緒に居たい。我儘だと言う事は十分分かっている。猫は本来、家に付くと言われている。環境の変化に敏感な子が多いからいつもの場所から移動する時には細心の注意を払わなければならない。

 家族からは「老猫だし、このまま実家に居た方がミケは幸せかもしれないよ」と怪訝な顔をされた。ミケは我が家のアイドルで、最大の癒し隊長でもあるのだ。皆ミケの事が大好きだから、母さんは専業主婦で常に家に居る事が多い。たまの友人とのランチで昼間数時間家を空ける程度だ。僕が一人暮らしなんて始めたら、日中は大学、夜はバイトと家に居る時間が極端に減る=ミケの世話をしている暇が無い。と、そこを危惧しているようだった。

 それはそうだ。家族の言っている事が正しい。ならば、実家から通える距離の大学へ進学すれば良かったのに。けれども、

 結局、平日は新しい家で、土日と祝日はミケを連れて家族の元へ帰る。と言う生活に落ち着いた。

勿論、帰省する事に負担があるからそれも様子を見ながら少しずつ。体調の変化が少しでも見られれば頻繫に連れていくのは止めようと思っていたが、結果、ミケは何かどっしりしているというか、どんな時も慌てず動じなかった。

 キャリーの中にお気に入りの玩具とタオルを入れておくと、玩具を抱っこするようにしてスヤスヤと眠り、到着した後に目を覚ます。といった具合だった。実家に着いたら匂いチェックをしてまわり、それからトイレを済ませる。

 僕が出て行ってから1年が経過した頃、実家では保護猫預かりのボランティア活動を始めると連絡があった時も、ミケを連れてって喧嘩でもしたらどうしようか、もう連れて帰っては来れないだろうかと不安だった。しかし、先住猫だぞと威嚇するなんて事は一切なくて、どんな猫ともすぐに仲良くなってこちらが拍子抜けした程。

 特に、子猫の面倒見が良く良いおばあちゃんと言う風にも見えた。

 猫の世界は初対面では上手く行かない事が多いのに、相手が威嚇して近づいても素知らぬふりで向こうから興味を持って来るのをじっとした姿勢で待っているのだ。

他の猫と喧嘩もせず、毛繕いし合っている様は何と言うか逆に自分の社交性の無さが露呈してちょっとダメージ食らったりして。

 残された3年間の大学生活を思いながら、「学ばせていただきますミケ様」と膝で丸くなる背中を撫でながら頭を下げる。



 そうして今日もベットへ飛び乗るミケの姿は、年老いているとは思えない程元気だ。大学の講義が難しく分からない時、友人と喧嘩をした時、店長に怒られた時。どんな時にも側に寄ってきて頭をコツリコツリとぶつけてくる。名前を呼ぶと「にゃあ」と短い返事をしてくれる。

 何事にも代えがたい程、大切で愛おしい時間。

「ミケ、ごめんね家族と離して。一緒に居てくれてありがとう」

 言葉による意思疎通なんて出来ないだろうけど、どことなく通じて合えているような気もするからついつい話しかけてしまう。

 布団に潜って、僕の顔の側で思いきり伸びの姿勢をした後に大きな欠伸を一つ。

猫の欠伸は見ているだけで幸せになる、何事にも衒う事の無い自然体。流れる時間に身を任せ、日々を生きる。あれをしなければ、これもやらなければ、急く時程猫を見る。そうすると、その伸びやかな姿勢に自分もふと立ち止まり、いつの間にか深呼吸が出来ている。

「僕と一緒に居て、ミケは幸せだろうか?」

 そんな疑問が口をついて出ると、ミケは小首を傾げて見上げてくる。言わなくても解るでしょう?と言いたげに。(な気がするだけかもしれないが)


 毎日生きていくのに必死な人間と、のんびりに見えるようで早い時間の中を生きる猫とが共有する時間は存外短くて、大切にしようと思うのだ。

 1日の終わりに遊んで、一緒に布団へ潜る。プスプスと寝息を感じる程の距離とそのまろくてやわっこいモフモフな体温が全てを包み込んで疲れを夢の彼方に持って行ってくれるから、また明日からも頑張れる。

 この限られた愛おしい時間を大切にしようと、頭や頬の柔らかい毛を撫でながら思う。

 猫が埋もれながら伸びたり丸まったりして寝息を立てている布団を見るのも陽だまりに居るような幸せで、猫と一緒に潜る布団もまた、これ以上どの事とも比べようもない程に幸せなのである。

 

ワンライ(一時間ライティング)チャレンジその①です。

猫と眠れる布団には幸せが詰まっていると思います。

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