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やわらかなつの  作者: 遥々岬
日常怪奇
6/15


「千歳ちゃんが同じ帰り道で良かったあ」


 美化委員会の会議が長引いたせいで帰り道はすっかり真っ暗だった。

 小さな町とはいえ不審者っていうのは何処にでも出没するもので、街灯が少ない道を一人で歩かなくて良かったと、私は心の底から安堵していた。


「何がついて来るか分からないもんね」

「えぇ~、それってオカルト的な意味で?」

「うん」


 千歳ちゃんとは同じクラスだけど、委員会に行く時くらいしか喋ったことがない。

 程よく大人しい子、って印象の子。

 帰り道が同じ、しかも割と家が近いこともさっき知った。


「ねえ、千歳ちゃん」

「うん?」


 千歳ちゃんは教室では良く本を読んでいるから、もしかして怖い話とか好きなのかもしれない。


「あのさ、本気半分、冗談半分だと思って聞いて欲しい話があるんだけど」


 暗がりの道を歩いている時に話すことではなかったかもしれない。

 何せ、千歳ちゃんは私の家より先にあって、今から怖い話をしたら彼女が一人になった時に怖い思いをするかもしれないから。

 それでも、私はどうしてか千歳ちゃんに話したいと思った。




 あのね、私の家の直ぐ後ろには小さな山があってね、裏山っていうのかな。てっぺんまで登ればまあまあ町を見下ろせるような、大して高くもない山なんだけど。

 小さい頃からその山で遊んでいたし、怖い、なんて思ったことがなかったの。

 でもね、ある日、変な人に会ってから山には行かなくなっちゃった。

 これから話すのは、その時の話ね。


 私の家の隣って空き家でしょ?

 あ、あー。空き家なんだよね。あそこね、小さい頃は同じ年の女の子が住んでいたの。それでね、私達は良くその山で遊んでてさ。わざわざ着せ替え人形を家から持ち出して遊んだりもして……。

 でも、ある日ね、隣の家の子が引っ越していっちゃったの。お引越し自体は珍しいことではないけれど、突然だったし、とても寂しかった。

 それでさ、引っ越しの日に挨拶に来たその子が、裏山に宝物があるって言ったの。そう言われるとさ、気になるじゃない? だからね、私、一人で山に登って宝物を探すことにしたの。

 でもね、幾ら小さな山だといっても、中々見つけられなかったのよ。全然見つけられないから、本当にあるのかなって、嘘つかれたのかなって、私、あの子のことを疑い始めちゃったりしてさ。

 降参しても本人がいないんじゃあ宝物が本当にあるのか、はたまた本当はないのか、もう分からなくなっちゃった。

 だって、引っ越し先の住所も聞けなかったんだもん。聞く前に、その子のお父さんが出発を出てきて、急かしちゃったから……確かめようがなかったの。

 引っ越しの日、大きなトラックが来ていたけど、それまで荷造りしている様子なんて微塵もなかったし。本当、急に、突然、って感じだったよ。

 小さい頃のお別れってそんなものなのかな。あっさりしているというかね。


 日も暮れて、そろそろご飯時だ。そう思っていい加減、山を下りて家に帰ろうとした時、少し遠くに細長い物がユラユラとしているのを見つけたの。

 それを見つけた時、やばい、って思ったんだねど、目を反らすことができなくて……私が固まっていたら、ゆっくりとそのユラユラと揺れていたのが動いたの。その、怖いのに、目を凝らしてそれを見てみると、それは女の人だったの。始めは人だとは思っていなかったから、驚いたけど、悲鳴も上げられなかったよ。目立つことしちゃダメだって、多分思ったんだよね。

 それでさ、その人、地面を指さしたんだよね。

 動くとは思っていなかったから、も~怖すぎて宝物のことなんか頭から抜けちゃった。

 それでその後、その女の人、声を掛けて来たの。

 まさか話しかけられるとは思っていなくて、私はどうしたらいいのか分からなくなっちゃった。


「ここ」


 女の人はそう言っていた。


「ここ」


 女の人はもう一度、そう言ったの。


 近づくのは怖かったけど、そのまま無視して帰ろうとして家までついて来ても嫌だったから、私は恐る恐るその人に近づいたの。

 髪の毛は肩位の長さで、細見だった。

 空には山に帰って来た烏の群れがギャアギャアと鳴いて騒いでいたよ。その全ての要素が不気味さを際出せてた。


「ここ」


 私は、地面を指さして”此処”と言い続ける女の人の意図を汲むと、此処を掘れ、と言っているんだと解釈した。

 だから私は地面に膝を付いて、女の人が指を指す所を掘ったの。

 でもね、掘れども掘れども何も出てこない。何かを見つけ出さないと何か怖いことをされるんじゃないかって必死に穴を掘ったのに、それでも、何も出てこなかった。

 これはどうしたものか、と勇気を出してすぐ傍に立っている女の人を見上げると、そこには誰もいなかった。

 見上げた先の空はすっかり真っ暗になっていた。

 女の人がいなくなった安堵と、夜に一人で山にいることの恐怖でいっぱいになった私は、慌てて家に帰ったんだ。


 家に帰って、女の人の話をすると「一人で山には行くな」って親に怒られちゃった。

 特にお母さんの怒り様は凄まじかったと思う。随分と心配させちゃったなって反省したよ。


 でもね、私は次の日も山に行ったの。あのまま何も見つけられない方が怖いって思ってね。

 女の人は、その日もいたよ。

 だから、私はその人の傍で膝を付いて、また穴を掘った。もっと効率よく掘れるようにガーデニング用のスコップを持ってね。

 準備、いいでしょ。


 夕暮れになってきて、今日は此処までにするって女の人に言って帰ろうとしたんだけど、スコップの先が何かに当たって、思わず女の人を見上げたの。そうしたらね、女の人は「開けて」っていうの。まだ掘り起こしてもいないし、何があるのか分からないから私は帰るのは止めて、その何かを掘り起こすことにしたんだ。


 出てきたのは小さな壺だったよ。

 なんか、布を二本の紐で硬く結んであってね……うーん、なんていうのかな、梅干しの入れ物みたいな感じかな。それで、女の人が言う「開けて」って、この蓋のことを言ってるんだって理解して、私は紐をなんとか解いたんだ。

 一本目はすぐ解けたけど、もう一本は本当に硬かったんだよ。大変だったのを覚えてるよ。

 それで、中を見たんだけど、中には何もなくてさ。あ、これってあの子が言っていた宝物なのかなって思ったんだ。

 それで、私は女の人を見上げたんだけど、その女の人ね、どうしてか口元しか見えてなかったんだけど、ニィィって笑っていたの。


「少しずつ、良いことがその壺に溜まっていくから捨ててはいけないよ」


 これまでは目の前の人が変質者か何かかと思っていたんだけど、その女の人の雰囲気がどうも不気味過ぎて、この時になって漸く、そういうもんじゃないって思ったんだ。


「壺には水が溜まっていくけど、それも捨ててはいけないよ。捨てたら分かるからね。捨てたら、許さないからね」


 凄むとか、脅すとかじゃないんだけど、兎に角その言い方が怖くて、私はその壺を大切に抱える様にして、何度も「分かりました」って頷いたんだ。

 そしたら、女の人は地面を指さしていたように遠くを指さしたの。


「帰って良いの?」


 指の先には私の家があった。

 この人の言う事を聞いていて良かったと思ったよ。だって、家がバレていたんだもの。

 帰って良いかって問いに、女の人が頷いたから私は壺を大事に持って家に帰ったの。




「……それって人に話してもいいの?」

「捨てるなって言われたけど、誰にも話すなとは言われてないから大丈夫。それに、この話をするのは千歳ちゃんが初めてだし」


 千歳ちゃんは少し複雑そうな顔をして口を尖らせた。

 あ、もしかして拡散型の呪いって思っちゃったかな。前に呪いのメールが流行ったもんね。

 私の体験談はそういう類じゃなさそうだから大丈夫だと思うんだけど……大丈夫だよね?


「その壺、捨てた方が良いんじゃないの?」

「え、でも」


 千歳ちゃんは、変な話に自分が巻き込まれたとは考えていない様子で、黒目の大きな真ん丸目で私を見つめた。

 彼女の提案に私は言葉を詰まらせる。


「捨ててはいけないって言われてるから……」


 歯切れ悪く私がそう言えば、千歳ちゃんは「そう」とだけ、残念そうに呟いた。




 不思議な話でね、その壺には徐々に水が溜まっていったんだ、!

 私は何もしてないのに。それでね、気づいたの。その水が増える条件ってね、私が災難があった時に増えてるって。

 あ、でも、災難っていっても小さなことだよ? 派手に転んで膝を擦りむいた、とか、理科の実験でアルコールランプで髪の先を焼いてしまった、とか、運動会の組体操でバランスを崩して怪我をした、とか。そんなに珍しいことではないんだけど……だけど、災難だった日に壺を見ると、水が増えているような気がしたんだ。

 あの女の人は、この水のことを言っているんだって、直ぐに分かった。

 だから、




「やっぱり、その壺は直ぐ壊した方が良いよ」


 千歳ちゃんは、強い口調で私の話を遮った。それまでは静かに話を聞いてくれていたのに。

 私は驚いて、何度も瞬きを繰り返す。


「どうして?」

「その壺はいずれ割れるよ。水が溢れるよりも前に、割れる。そうなったら取り返しがつかないことになるよ」


 まるで彼女の口ぶりは、その壺とは何か知っているようなものだった。


「あの壺が何か知ってるの?」

「さあ。でも、知らない人から貰った物は早く捨てた方が良いと思う」


 何を知っているのか、そう問いただそうとする私の空気を感じたのか、千歳ちゃんは気まずそうに目を反らした。

 そりゃあ私だってあんな壺捨ててしまいたいよ。でも、捨てたら許さないって言うんだもの。家もバレちゃってるし、壊したらあの女の人が家に来るかもしれないよ?

 そうしたら山に行っていたことも、変な人に関わっていたことも親ににバレて怒られるかもしれないじゃない。

 小さい頃の話なのに、今更怒られるなんて嫌だよ。

 だって、あの日のお母さん、本当に怖かったんだから。


「あ、じゃあ……」

「うん。今日はお疲れさま。また明日ね」

「うん、また明日」


 微妙な空気のまま、私の家に着いてしまった。

 千歳ちゃんは手をヒラヒラと振ると、帰って行った。

 その後ろ姿を見ていると、あの壺を持っていることが恐ろしくなった。


 彼女の背中が小さくなっていくのを見届け、家に入ろうと玄関扉に手を掛けた時、ふと隣の空き家が気になってそっちを振り向く。

 以前の姿とは変わり、綺麗に整えられていた庭は荒れ果てていた。


 今、あの子は何処の学校に通っているのかな。



 自室に向かうと、部屋の電気を付けて机の上に鞄を乗せる。

 ああ、今日は疲れたなぁ。

 プリントを振り分けたり、記録を書いたり、そんな大した仕事をしてる訳じゃないけど。

 帰りが遅くなったって思うだけで疲れちゃった。

 今日なんて、プリントで指を切っちゃったし。

 何気に紙で切った傷って痛いんだよね。痒いというかさ。


 私は、暗くなるまで長引いた委員会の不満を心の中で呟きながら、お弁当箱を取り出そうと鞄に手を突っ込んだ時、底が濡れていることに気が付いた。


「え、水筒の蓋あいてたかな?」


 教科書も何もかもがビショビショ。最悪。


「あれ」


 しかし、水筒を取り出してみても蓋が開いてるなんてことはなかった。

 蓋が緩んでいる、なんてこともない。じゃあ、この水は一体、なに?

 不思議に思いながら鞄を床に置くと、気が付いた。


「うそ」


 私は、驚きに息を飲んだ。

 机の上に置いていた例の壺が割れて、中に溜まっていた水が溢れていた。

 鞄を置いた時に割れてしまった? いや、そんな音も衝撃もなかったはず。じゃあ、この壺は既に割れていた?


 許さない、そういった女の人の恐ろしい姿が鮮明に思い出される。


 その日の夜は、怖くて眠れなかった。

 しかし、金縛りにあうとか女の人が覆いかぶさって来るとか、そんなこともなく、私は無事に朝を迎えた。




「また明日ー」

「またねー」

「ばいばーい」


 今日は明るい内に帰ることができた。いつも通りの時間だ。

 校門を出て、友達に別れの挨拶をして帰路に着くと、道路の反対側、その少し先に千歳ちゃんが歩いているのを見つけた。


「千歳ちゃん!」


 昨日の壺のことを話そうと思って駆け寄ろうとした時、名前を振り向いた千歳ちゃんが驚いた顔をして私の名前を呼んだ。


 キキキィー!!


 大きなブレーキ音が辺りに響く。

 ……流石に、死んだかと思った。


「危ないだろう!」

「ご、ごめんなさい」


 周りにいた生徒がチラチラとこちらを見ていた。

 よく確認もせずに車道に飛び出た私はトラックに轢かれそうになった。

 もう少しでトラックのおじさんの人生、そして私の人生が終わるところだった。

 しかし、間一髪のところで、私の背中を押し出す様に突風が吹いたのだ。その風のお陰で小走りの速度が加速され、衝突を免れた。

 それは、例えようのない不思議な感覚だった。


 私が謝るとトラックのおじさんはクドクドと怒ることもせずに、私を置いて走り去っていった。


「約束を守ってくれたから、かえちゃんのことは許してあげる」


 それは、聞き覚えのある声だった。

 未だバクバクと脈打つ心臓を抑え、俯いていた姿勢のまま私は固まってしまった。


「漸く、呪いが返って行く」


 冷や汗が米神を伝った。

 あの日、壺を掘れと言った女の声が直ぐ横の方から聞こえる。

 その声はあの日に聞いたものとは違い、恍惚とした声だった。

 ――呪い。やっぱり、あの壺は呪いの何かだったのだろうか。それが割れて……まさか、昨日プリントで指を切ったことで水が満杯になって、それで壺が割れたのだろうか。

 私の災難が条件となり、それを満たすことによってあの壺に溜まった呪いが誰かに返ったのだろうか。


「早く帰った方が良い」


 千歳ちゃんが私の傍に駆け寄って来て力強く肩を掴んだ。

 彼女はトラックに轢かれそうになった私に「大丈夫?」と声を掛けずに、慌てた様子で家に帰れといった。どうしてか、私もそうした方が良いと思い、「うん」と頷いて、私は駆け出した。

 なんで? どうして。――嫌な予感がする。


 家に着くと母親がホースを手に持って庭に立っていた。


「ただいま!」


 母親の返事はない。

 私は不審に思い家に入るのを止めた。

 いつもなら返事がないだけで不審に思ったりしない。しかし、この時ばかりは可笑しい、と思った。

 恐る恐る母親に近づくと、母の足音には大きな水溜まりできていて、足を濡らしていた。

 それなのに、母はそんなことを気にもせずにただ突っ立っていた。


「お母さん?」


 どうしたの?

 何をしているの?

 足が濡れているよ。

 母親の向かいに回り、声をかけようとした私は、母の顔を見て、動けなくなってしまった。


「壺をあけてくれて、ありがとう」


 母親は、あの日、穴を掘れと言った女と同じ顔をしていた。

 あの日、掘り起こした時と同じように、ニィィィと笑っていた。





 なんの前ぶりもなく、同じ美化委員だったクラスメイトは引っ越しして行ってしまった。

 なんでも母親が心の病に掛かったとかで大きな町の病院に通うことにしたのだとか。


 彼女の母親に降りかかったことは、心の病なんて言葉で片づけられる話ではないだろう。

 しかさそれ以外のことを筋を立てて理解して貰うのは難しい。


「無理やり壊してやれば良かったんじゃないの?」


 酢昆布をしゃぶりながら、橋の青い手摺りに腕を乗せて遠くを見つめている幼馴染の千秋は怪訝そうに呟いた。


「あれは、あの子の母親が悪いし」

「でもさー、その子は千歳の友達だったんだろう?」


 友達、ね。

 一緒に帰ったりしたし、そうだったのかもね。


 私は、落胆から出た溜息に嫌気がさして、千秋と同じように橋の手摺りに腕を乗せた。

 この川も、随分と綺麗に整備されたものだ。


「呪っている所を誰かに見られた事が、そもそも悪い」


 隣からジュッと音が鳴った。昆布を執拗にしゃぶっているのだろう。

 全く、お行儀が悪いんだから。

 千秋は、私の怪訝な視線に気づきながらも「まあ、それもそうか」と何を考えているのか分からない様子で相槌を打った。


 クラスメイトに挨拶もせずに引っ越していったあの子は、あの壺をどう解釈するだろうか。

 最後の最後であの子を救い、あの子に不本意にもできた借りを返した、あの女の行動は母親の性とでもいうべきか。相容れぬ濁ったものが混ざり合い、酷く不恰好な者が生まれてしまった。

 自身の意識と離れて、あんな紛い物になってでも――恨めしい女の子供といえど、巻き込むことはできなかったらしい。


 しかし、まあ。運が悪いというのだろうこ。

 あの子の母親も、行動力がある癖に慎重さが欠けていた。


 此処からは憶測。

 元々あの壺はクラスメイトの女の子の母親の物だったのだろう。

 では、あの子の母親は誰を呪っていたのか。

 答えは簡単だ。

 隣の空き家――そこに元々住んでいた家族。それしか考えられない。


 壺に呪いの言葉を吐き溜めて、固く紐で結んで穴に埋めるなど、随分と古い呪いを用いたものだ。

 あの母親が呪っている姿を見た人――、それが隣の家の子供だったのではないだろうか。

 その子はそれが呪いだってことも知っていて、壺を掘り起こして紐を解こうとした。しかし、その紐を解くことはできなかった。

 あの呪いは紐を解くこと――壺の蓋を開けることで呪いが本人に返るものだった筈。そして、紐を解くことができないまま、隣の家の子供の母親が呪いの効力で可笑しくなってしまった。

 見た者に影響を与えるのではなくて、クラスメイトの母親は初めから隣人宅の母親を呪っていたのだろう。

 だから、話の中で、引っ越しの挨拶の時に出てきたのはその子の父親だけだった。

 普通、同じ年の娘がいて交流がある家同士なら、母親同士は挨拶を交わすだろう。しかしクラスメイトの子の話では、幼馴染の母親の話は一度も出てこなかった。

 気が触れたような家族を隠すため、慌てて引っ越ししなくてはいけなくなった。

 だから、挨拶をしなかったのかもしれない。

 しかし、少し違和感があった。

 もし、呪いを解く方法として、その者の血縁者なら解けるかもしれないと考えたとして……。

 隣の家の子供は紐を解くことを諦めて、再び壺を穴に埋めるとき、更に呪いを掛けたのかも知れない。何せ、紐は二重に掛けられていたらしいからね。

 この壺を見つけて、呪いを解け、と。だから宝物がある、と言って壺を探させた。

 よく遊んでいた割に、引っ越し先の住所や電話番号を教えないなんて、そんなことがあるだろうか?

 それはまるで、関りを断ちたかったのだではないかと、そう思わざるを得ない。

 あの子が見た不気味な女は、隣人宅の母親ではなくて――彼女が話していた、幼馴染の子の念だったのだろう。だからこそ、許してしまった。

 怖がりつつも壺を見つけ出し、呪いが満潮になるまで約束を守った――友達だけは。


「何せよ、呪い返しを喰らえばタダでは済まない。……あの母親にそう仕向けた子供も、今後どうなるかは分からないね」

「家庭的な嫉妬とか、性格の不一致で安易に人を呪った結果がこの話だっていうなら、難儀なもんだよなあ」


 お行儀悪くしゃぶっていた昆布を漸く口に入れてモグモグと口を動かしている千秋を横目に、私は腕の上に顎を乗せる。

 橋の上は風が冷たい。

 くせ毛で波打つ前髪を悪戯に風が靡かせた。


 注意深く呪いを遂行することができなかったあの子の母親が悪かった。

 呪いなんて使うな……とは思わないが、呪うならうまくやれとは思う。


「相変わらず、人間は怖いねぇ」









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