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やわらかなつの  作者: 遥々岬
御伽噺
5/15

時雨、降りしきる前に 第二話

「時雨、降りしきる前に」は全三話完結予定です。


 むかしむかし、あるところに奇異な少女がおりました。

 少女の顔には半分も覆うほどの赤い突起があるのです。それは飴細工のように透けて、固い。

 出来物と呼ぶには気味の悪いものでした。

 いつからできたものなのかは分かりません、ただ、両親は少女の顔を見るのが辛くてしかたないのだと言って、我が子である少女を虐げました。


 ある日、少女は村から抜け出して山奥に駆けて行きました。

 目的もないまま、ただ、ただ真っすぐと。

 走っていると、柔らかな風が少女の背中を押しました。

 誘われるようにして奥へ進んで辿り着いた場所は、花や木々に囲まれた洞窟でした。

 少女は無意識に柔らかな頬を擦ります。

 理由もなく打たれた頬を、無造作に。


 少女が奥へ進むと、突き当りで青く光る何かを見つけました。

 少女がその光に近づこうとした時、その傍らに何者かがいることに気が付きました。

「だぁれ」

 水面に滴が落ちて広がるように、少女のか細い声が響きました。

「誰とは。貴様こそ誰だ」

 地を這うような低い声は人間の男のものでした。

 少女は不安げに一歩下がります。

「あたし……」

「子供か?」

「……そうだよ」

 男は深い溜息を吐いたっきり、黙ってしまいました。

 少女は暫し立ち尽くしていましたが、一歩前に出ました。

「ここは、あなたのいえ、ですか?」

「そうだ」

「かぞくがいるんですか」

「いいや、私一人だ」

「……あたしはじゃまですか?」

 少女は不安げに尋ねます。

 すると、男はもう一度溜息を吐きました。

「いいや。しかし、邪魔かどうかも分からない。お前は何もしていない」

 少女はもう一歩、男に近づきます。

「あたしは紫由(しらゆい)っていうの。あなたは?」

「私の名は虫黑(むくろ)だ」

「ここはさびしくないの?」

「寂しいさ」

「……そうなの?」

 紫由は、一歩、一歩と虫黑に近づきます。

 そして、手を伸ばせば触れられるところまで近づき、青い輝きを明かりにして虫黑の顔を覗き込みました。

 紫由は「ひ!」と短く悲鳴を上げると体を強張らせました。虫黑は、乱雑に瞼を縫い付けられていたのです。

 恐ろしいと思いながらも、紫由は虫黑の顔から視線を外せません。

「……そぉら。怖いだろう? ここには化け物しかいない。だから、ほら。日が暮れる前に帰りなさい」

 恐怖で激しく打つ鼓動とは裏腹に、紫由の口から洩れたのは柔らかな空気。それは、まるで安堵しているかのような息でした。

「何を安心しているんだ」

「わかるの?」

「分かるさ」

「みえないのに?」

「見えなくても分かる」

 紫由は眉を八の字に下げ、視線を下げました。

「じゃあ、あたしのこともわかる?」

「あぁ、分かるよ。お前はこんな所にいてはいけないことくらい、分かるさ」

 紫由は首を傾げます。そして不思議そうに「どぉして?」と尋ねました。

「子供がこんな山奥にいてはいけないんだよ」

「……いえにかえりたくなくても?」

「どうして帰りたくないんだ」

「……打たれるから」

「誰にだ」

「おっかあとおとお」

「お前を打つのか? 親が子供を?」

「しかたないんだよ。あたしはみにくいから」

 紫由は「ほら」と言って虫黑の手を取ると、自身の顔の半分を覆う突起を触らせました。

 予告もなく触れられた虫黑は驚きましたが、手を握る小ささに眉を潜めるとされるがままに少女に委ねました。

 虫黑の手が固い突起物に当たると、指の先でなぞり形を確認します。

「これはお前の顔か?」

「そうだよ。こわいでしょ?」

「怖いものか。こんなもの、怖くなんかない」

 紫由は目を丸めます。

 虫黑はもう片方の手をふらふらと伸ばすと、紫由の柔らかな頬に触れました。

「きみがわるいでしょう?」

「見えぬものをどうやって気味悪がれば良いのだ」

 虫黑の言葉は、紫由の心に染み渡りました。そして、これが嬉しいという気持ちなのだと理解したのです。

 紫由が頬を高揚させると、赤い突起はぼんやりと鈍い光を灯しました。まるで、洞窟の奥で青く輝く花と相対するような赤に。

 しかし、そんなこと二人は知りません。

 なんせ、虫黑は目が見えず、紫由もまた突起を見ることができないのですから。

「ねえ、むくろはずっとここにいるの?」

「あぁ。私はずっとここに居る」

「あしたも?」

「……まさかお前、明日も来ると言うんじゃないだろうな」

「あしたもくる。あたし、きっとむくろがすき。あたしをみれないむくろ、すき」

 紫由は、虫黑が次に何を言うか予想していました。

 だから、虫黑が口を開く前に立ち上がり、洞窟の出口に駆けました。すると、洞窟の奥から「あ、こら!」という声が聞こえました。

 

 紫由は来た道を走りました。

 もう、打たれた頬の痛みなど忘れて。

 引き攣る頬など気にせず、口元に笑みを浮かべて。




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